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6章 吟遊詩人を追跡せよ
4 背に腹は代えられぬ
しおりを挟む「——よお、兄ちゃんちょっと顔を見せてくんねーかな」
いつの間にか五、六人の男たちに囲まれていた。
馬で逃げられたショックに茫然としていたので、男たちの気配にも気付かなかった。
不覚だ。
「どれどれ」
後ろから外套のフードを引っ張られる。
「おわっ……!?」
「……マジかよ……」
「好きにしてくれって大金までもらって、こんな上玉だとはな……」
男たちが驚いている隙に、レネは人気のない方へと走る。
レネの意図の読めない男たちは縦一列になって後を追ってきた。
(——馬鹿め……)
「なんだよ、そっちに逃げても誰も助けて……」
言い終わる前に鳩尾へ肘打ちを食らわせる。
比較的筋肉量の少ないレネは、殴れば一発で気絶させることのできるツボを教え込まれていた。
男たちは次から次へと叫び声も上げぬうちに倒れて行く。
短時間ですべての男たちを倒すと、先ほどの言葉が頭を掠める。
(——誰かさっき……大金を渡されてオレを好きなようにって言ってたな……)
この国に知り合いなどいないし、恨みを買うようなこともしていない。
心当たりは、目の前を馬で通り過ぎて行ったあの男しかいない。
もしその大金があったら、馬が買えるかもしれない……。
邪な考えがレネの頭を支配する。
「クソっ——でも……元々こいつらの金じゃないし……」
まだ目を覚まさないボスらしき男の懐を探ると、財布とは別にまとまった金の入った巾着が出てきた。
(これが、もらった金とやらか……)
不本意であったが、元々はレネを痛めつけるために渡された金だ。
なにも心苦しいことはないと言い聞かせ懐にしまうと、馬を買うために先ほどの藁ぶき屋根の家へと入って行った。
つたない言葉で、有り金を渡して何とか馬を手に入れると、一路北へと走らせる。
交渉して値切るまで至らなかったのが反省点だが、こんな所で道草を食っている間にも、男は遠くへ行ってしまう。
寒空の中、足に感じる馬の体温は温かい。
馬は一人旅の寂しさからレネを解放した。
行く先々で、葦毛の馬に乗った赤い服の男の情報を入手するために、住人に話しかける。
治安が悪いこともあってか、レネの顔を見るとすぐにガラの悪い男たちがどこからか湧いてくるたびに、片っ端から倒していった。
途中でいちいち相手をするのも面倒になりレネは顔に灰を塗り、顔を判別できないようにする。
ガラの悪いのは寄って来なくなったが、今度は男の情報を尋ねても、不審がって誰も相手にしてくれなくなった。
顔を隠すのも一長一短だ。
街道沿いにある町で、物乞いの子供たちを必死に追い払いながら、レネは大人の姿を探す。
ズバレイジャから北に進路をとって、物乞いたちの数の多さに驚く。
この国では戦争で家を失い、戦いが終わった今でさえも苦しんでいる人たちがまだたくさんいるのだ。
傾きかけた藁ぶき屋根の小屋の壁に寄りかかって、口髭を生やした一人の老人が、煙管で煙草を吸っていた。
子供を引き連れたまま老人の所へ向かうと、老人は眩しそうにレネを見上げる。
『あの……アカイ上着をキタ、葦毛のうまにノッタ男をミマセンでしたか?』
レネのつたないツィホニー語を聞いて、噛み砕くように考え込んだ後、老人は口を開いた。
『見てはいないが、赤い上着はコジャーツカ族の中でも、チェレボニー村の連中だ。街道沿いにしばらく行くと、大きな川があるからそこを上流に辿るとチェレボニーの村がある』
それは、今までにない具体的な情報だった。
『ありがとうございます』
昔バルナバーシュから聞いた話だと、コジャーツカ族の集落は、オゼロとヒルスキーの国境周辺に散らばっている。
国境を隔てて分かれた同族が、戦争で敵味方に分かれて殺し合ったと聞く。
あの男はチェレボニー村の出身なのか……。
右に灰色のツイニー湖、左には真っ白に雪化粧した山々を見渡しながら、老人の話を手がかりに、レネは北へと走り続けた。
若き日のバルナバーシュもこの風景を見たのだろうか。
自分の知らない世界がまだたくさんある。
川を見下ろす高台にチェレボニー村はあった。
柵に囲まれた牧場では沢山の馬たちが、寒空の中のんびりと歩いている。
馬にも産地によって種類があるが、レネにとって、この力強い体格の馬たちはよく見知ったものだ。
ここの馬は、リーパ厩舎にいる馬たちと同じ種類の軍馬だった。
バルナバーシュは馬に特別強いこだわりを持っている。
(まさか、ここから馬を買っているのか?)
村の中へと足を進めると、男たちは頭頂部で髪を結う独特の髪型と赤い上着に、ゆったりとした幅広のズボンを穿いて、女たちは赤い刺繍を施した華やかな衣装を纏っている。
間違いなく、あの男はここにいる。
レネは確信した。
そしてレネを驚かせたのは、片足だったり、隻腕だったり、隻眼だったり、指が欠損していたり、身体の不自由な男たちの多さだった。
(これが……戦争の傷跡なのか……)
だがこの村には物乞いはいない。
身体が不自由な者たちも、力仕事ができるものは働き、女子供に支えられながら一緒に手仕事をしたりと、自分ができることをしていた。
皆、不思議と悲壮感はない。
コジャーツカ族は自治権を与えられている代わりに、オゼロに戦争が起これば最前線で戦う。
普段は国境警備の仕事と、戦争が起これば傭兵として他国へ出稼ぎに行くが、戦争がなければ職をなくす。
だが現在この村は、どうやら馬の生産地として潤っているようだ。
通り過ぎてきた町や村とは、まったくといっていいほど様相が違う。
建物も茅葺ではなく、すべて木造の質実剛健といった佇まいをしていた。
白い雪景色と風雨に晒され灰褐色になった建物。鮮やかな赤い装いで闊歩する村人たちの姿は、レネの心を大きく揺さぶった。
(ここが……コジャーツカ族の村……)
決して好きで選んだわけではないが、いつの間にか自分を動かす血肉となっていた一族。
村の中心部にある店の前に、見覚えのある葦毛の馬が繋がれている。
(……あっ、ここだっ!)
その建物には、レネも見慣れたコジャーツカ族の使う剣を象った看板が掛かっていた。
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