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5章 団長の親友と愛人契約せよ
22 優しさと引き換えに与えたもの
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「……んっ……」
瞬きと共に、灰色の睫毛の下から……ペリドットの瞳が現れる。
「やっと眠り姫のお目覚めか……」
ハヴェルは、安堵の溜息をついた。
余程強力な薬を盛られていたのか、丸一日経って、レネは目を覚ました。
「……っれ……こっ……ッ……」
薄紅色の唇が言葉を綴っているのだが、掠れて声にならない。
「おいっ……お前、声が……——ロランドっ、レネが起きたっ! 水を持って来てくれないか」
隣の部屋にいるロランドへ呼びかけた。
レネは眉を顰めながら、喉の辺りをしきりに押さえている。
急いで水を持って現れたロランドがレネに水の入ったグラスを渡す。
慎重に水を喉に流し込んでいるが、痛みを伴うのか水を飲むのも苦戦している。
「喉を傷めたのか?」
怪訝な顔をしながらロランドがレネに尋ねると、レネはこくこくと頷く。
意識の無い時はあれやこれやと調べたが、いざ目覚めている本人を目の前にすると、なにがあったかさえも訊きだすのに躊躇する。
ハヴェルはぐっと拳を握りしめた。
(——まったく情けねえおっさんだ……)
重い空気の中、レネは首を傾げて猫のような目でジッとハヴェルを見つめる。
心中を探るような……そんな眼差しに、ハヴェルは思わずたじろいだ。
『なんでお葬式みたいになってんの?』
水を飲んで少しはましになったのか、近くにいないと届かない小さな声でレネが訊いてくる。
その口調は、まるでこの重い空気を打ち破るかのように無邪気だ。
「お前……本当に大丈夫だったのか?」
恐る恐る……ハヴェルは声に出す。
『ああ、喉? 薬を飲まされる時に瓶ごと喉の奥まで入れられたから傷めたんだよ』
あっけらかんと言う。
それも大変だったかもしれないが、ハヴェルが想像していたこととはちょっと違った。
『どうしたんだよ? レオポルトとダミアーンも無事だったんだろ?』
「お陰で二人は無事だった」
『じゃあどうしたんだよ? なに? オレが殺したからお咎め受けなきゃいけないとか?』
「いやその心配はない」
それについては、アルベルトが上手いこと後始末をやってくれた。
山小屋の中でレネの仕事ぶりを見た後に、ロランドと地下室に続く階段を見つけ中を覗いて見ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
石造りの部屋は拷問部屋に見立て、拷問器具を模してつくられたいかがわしい器具がずらりと並べられていたのだ。
後でアルベルトが説明してくれたのだが、あの山小屋は狩りともう一つ、そういう性的嗜好をもった貴族たちのお楽しみの場所らしい。
だから後片付けさえしておけば、施設側はなにも問題視しないそうだ。
ロランドの説明を受けると、今になって初めてレネが顔色を変える。
『あっぶね~な……あと少しでレオポルトにそこへ連れてかれるとこだったんだよ……』
「あの野郎、救いようのないクズだな……」
いかがわしい地下室を思い出し、ハヴェルも唸った。
『他の奴等より、助けなきゃいけないレオポルトが一番厄介だったからな……』
レネが苦笑いする。
「あんな奴……そのまま誘拐されればよかったんだ……」
アルベルトには同情するが、それがハヴェルの本心である。
これ以上レネが、レオポルトに執着されることがないよう、アルベルトには『レネの素性を明かさないで下さい』と念入りにお願いしてきた。
本人には伝えてないが、レオポルトから恩人であるレネを見舞いたいという知らせが何度も届いていた。だがハヴェルは、ずっと断り続けている。
レオポルトがここだけの流行り病に、浮かされただけであってほしい……。
ハヴェルはそう願った。
「どれだけ心配させたと思ってるんだっ!」と、どついてやりたくなるくらい、レネ本人がなにも気にしていないことが、ハヴェルにとっては救いだった。
レネにとっては、あの山小屋にいた男たちは素人に毛の生えたくらいで、普段相手にしている連中に比べたら子供相手みたいなものだったと、言い切られてしまった。
優しい愛情と引き換えに、親友は養い子になにを与えたのか。
山小屋へ行く前にハヴェルの中で渦巻いていた問いの答えを目の当たりにして、ただ笑うしかない。
どうやら感傷的になってたのは自分だけだったようだ。
ハヴェルは、寝台の上でぱたんと猫みたいに寝返りを打って、アルベルトとダミアーンたちから贈られたお見舞いの品々を無邪気に眺める美しい青年を見つめた。
瞬きと共に、灰色の睫毛の下から……ペリドットの瞳が現れる。
「やっと眠り姫のお目覚めか……」
ハヴェルは、安堵の溜息をついた。
余程強力な薬を盛られていたのか、丸一日経って、レネは目を覚ました。
「……っれ……こっ……ッ……」
薄紅色の唇が言葉を綴っているのだが、掠れて声にならない。
「おいっ……お前、声が……——ロランドっ、レネが起きたっ! 水を持って来てくれないか」
隣の部屋にいるロランドへ呼びかけた。
レネは眉を顰めながら、喉の辺りをしきりに押さえている。
急いで水を持って現れたロランドがレネに水の入ったグラスを渡す。
慎重に水を喉に流し込んでいるが、痛みを伴うのか水を飲むのも苦戦している。
「喉を傷めたのか?」
怪訝な顔をしながらロランドがレネに尋ねると、レネはこくこくと頷く。
意識の無い時はあれやこれやと調べたが、いざ目覚めている本人を目の前にすると、なにがあったかさえも訊きだすのに躊躇する。
ハヴェルはぐっと拳を握りしめた。
(——まったく情けねえおっさんだ……)
重い空気の中、レネは首を傾げて猫のような目でジッとハヴェルを見つめる。
心中を探るような……そんな眼差しに、ハヴェルは思わずたじろいだ。
『なんでお葬式みたいになってんの?』
水を飲んで少しはましになったのか、近くにいないと届かない小さな声でレネが訊いてくる。
その口調は、まるでこの重い空気を打ち破るかのように無邪気だ。
「お前……本当に大丈夫だったのか?」
恐る恐る……ハヴェルは声に出す。
『ああ、喉? 薬を飲まされる時に瓶ごと喉の奥まで入れられたから傷めたんだよ』
あっけらかんと言う。
それも大変だったかもしれないが、ハヴェルが想像していたこととはちょっと違った。
『どうしたんだよ? レオポルトとダミアーンも無事だったんだろ?』
「お陰で二人は無事だった」
『じゃあどうしたんだよ? なに? オレが殺したからお咎め受けなきゃいけないとか?』
「いやその心配はない」
それについては、アルベルトが上手いこと後始末をやってくれた。
山小屋の中でレネの仕事ぶりを見た後に、ロランドと地下室に続く階段を見つけ中を覗いて見ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
石造りの部屋は拷問部屋に見立て、拷問器具を模してつくられたいかがわしい器具がずらりと並べられていたのだ。
後でアルベルトが説明してくれたのだが、あの山小屋は狩りともう一つ、そういう性的嗜好をもった貴族たちのお楽しみの場所らしい。
だから後片付けさえしておけば、施設側はなにも問題視しないそうだ。
ロランドの説明を受けると、今になって初めてレネが顔色を変える。
『あっぶね~な……あと少しでレオポルトにそこへ連れてかれるとこだったんだよ……』
「あの野郎、救いようのないクズだな……」
いかがわしい地下室を思い出し、ハヴェルも唸った。
『他の奴等より、助けなきゃいけないレオポルトが一番厄介だったからな……』
レネが苦笑いする。
「あんな奴……そのまま誘拐されればよかったんだ……」
アルベルトには同情するが、それがハヴェルの本心である。
これ以上レネが、レオポルトに執着されることがないよう、アルベルトには『レネの素性を明かさないで下さい』と念入りにお願いしてきた。
本人には伝えてないが、レオポルトから恩人であるレネを見舞いたいという知らせが何度も届いていた。だがハヴェルは、ずっと断り続けている。
レオポルトがここだけの流行り病に、浮かされただけであってほしい……。
ハヴェルはそう願った。
「どれだけ心配させたと思ってるんだっ!」と、どついてやりたくなるくらい、レネ本人がなにも気にしていないことが、ハヴェルにとっては救いだった。
レネにとっては、あの山小屋にいた男たちは素人に毛の生えたくらいで、普段相手にしている連中に比べたら子供相手みたいなものだったと、言い切られてしまった。
優しい愛情と引き換えに、親友は養い子になにを与えたのか。
山小屋へ行く前にハヴェルの中で渦巻いていた問いの答えを目の当たりにして、ただ笑うしかない。
どうやら感傷的になってたのは自分だけだったようだ。
ハヴェルは、寝台の上でぱたんと猫みたいに寝返りを打って、アルベルトとダミアーンたちから贈られたお見舞いの品々を無邪気に眺める美しい青年を見つめた。
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