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5章 団長の親友と愛人契約せよ
21 親友の息子
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あれから、どうやって部屋に戻って来たのかあまり覚えていない。
まだ目を覚まさないレネが、寝台に横たわっている。
「——ハヴェルさん、リンブルク伯爵が部屋を訪ねていらっしゃいました」
「ああ、すぐ行く」
応接間に行くと、アルベルトとラデクが立ったままハヴェルを待っていた。
「夜遅くに申し訳ない。でもどうしてもハヴェルさんに伝えておきたいことがあって」
「どうぞ、お掛けになって下さい」
「ああ、お邪魔する」
「——実はあの、サシャとかいう男が、レオポルトを身代金目的で誘拐しようと企んでいて、レネ君も一緒に連れ去ろうとしていたんだ」
「えっ!?」
だからレネは悪行を阻止するために、一人で男たちに立ち向かったのだ。
悪夢のような計画が、あの山小屋の中で実行されていたのかと思うと、もう過ぎたことながら背中に冷たい汗が伝う。
(——レオポルトはサシャにいいように利用されていたのか?)
「いくら誘拐されようとしていたとはいえ、レオポルトがレネ君とダミアーン君に行ったことは決して許されたものではない。バルチーク伯爵にも報告して対処してもらうつもりだ——それと、なんといったらいいか……レネ君が倒れたのは、どうやら眠り薬を飲まされたからで、無体は最後まで行われていないとレオポルト本人は言っていて……」
伯爵は、レオポルトの言葉を信用していいのかまだ迷っているようだ。
「ああ……安心してください。レネは無事でした」
あの後、部屋に帰ってすぐにロランドと二人でレネの身体を調べたが、蹂躙の後はなかった。
「よかった……」
アルベルトもほっとして安心の溜息をついている。
(なんて会話をしてるんだ……)
おっさんが二人で、野郎の貞操が無事だったことを安心しているなんて、傍から眺めたらさぞや滑稽だろうとハヴェルは内心苦笑いする。
「それにしても……レネ君が倒れた時のハヴェルさんの取り乱しようが尋常ではなかったのですが……」
(話していいものか……)
少し迷ったが、別に隠す必要もないと正直に話すことにした。
「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。実は……レネは親友の養子なんです。だから私も子供のころに家に預かったりした時期もあって、気持ち的には親戚のおじさんみたいなもんなんです」
「…………え!? では団長の?」
「実はあの男には庶子がいたのですが、母親から一目も会わせてももらえず苦しんでいました。そんな時に、たまたま両親を殺されて孤児になったレネと出会い、引き取って自分の養子にしたんです」
女の子なので一緒には暮らしてはいないが、レネの姉のアネタも戸籍上はバルナバーシュの娘だ。
ここまで来るのに、色々あったのだ。
ハヴェルは当時のことを思い出し目を細める。
「——そんなことが……私はなにも知らず、レネ君に無理を頼んでしまった」
「といいますと?」
「山小屋へ向かう前に、あんなレオポルトでも私の親友の息子なので、なにかあったら助けてほしいとお願いしていたんだ。レネ君が無理をして倒れたのも私のせいだ」
(親友の息子か……)
レネと自分の関係を思うと、アルベルトがレオポルトの心配をする気持ちもわかる。
きっとアルベルトの方も、ハヴェルがレネを思う気持ちに共感できるので、申し訳ないと思っているのだろう。
「レオポルトも今ではああだが、昔はとても良い子だったんだ。そんな彼を知っているので見捨てられなくてね……」
「それでレネに?」
「ああ。レネ君とロランド君には以前、うちの長男の護衛も担当してもらったことがあってね、彼なら頼んでも大丈夫だと思い、レオポルトにもしなにかあった時の護衛を依頼したんだ。そうしたら今はハヴェルさんの護衛なので無理だと断られてしまってね」
「…………」
二人の間に裏でそんなやりとりがあっていたなんて、ハヴェルはまったく知らなかった。
そういえば……伯爵の部屋に行った時、レネだけ残るよう言っていた。
「しかし、護衛は人が目の前で襲われていたら勝手に身体が動くようになっていると、レネ君が言ったので、私はその言葉に甘えてしまったんだ……」
アルベルトは深く溜息をついた。
「お気になさらないでください。伯爵のその一言があったので、レネは動いたんですよ。もしなにもおっしゃらなかったなら、そのままレオポルト様は誘拐されていたかもしれない。レオポルト様もご無事でよかったではありませんか」
酒を運んできたロランドが口を出す。
「まあ、そうかもしれないが……君たちには迷惑をかけっぱなしで、本当に申し訳ない……」
その後も暫く酒を飲みながら、アルベルトは貴族社会の悪癖を愚痴ると、ロランドが「うんうん」と頷く。
親友からチラリと聞いたことがあるが、ロランドも元は貴族の出らしい。
だから伯爵相手でもこうやって物怖じしないのだ。
最後はラデクが長居しようとするアルベルトを窘めて、この場はお開きになった。
(色々と闇が深い世界だ……)
ハヴェルは自分が平民でよかったと改めて思った。
まだ目を覚まさないレネが、寝台に横たわっている。
「——ハヴェルさん、リンブルク伯爵が部屋を訪ねていらっしゃいました」
「ああ、すぐ行く」
応接間に行くと、アルベルトとラデクが立ったままハヴェルを待っていた。
「夜遅くに申し訳ない。でもどうしてもハヴェルさんに伝えておきたいことがあって」
「どうぞ、お掛けになって下さい」
「ああ、お邪魔する」
「——実はあの、サシャとかいう男が、レオポルトを身代金目的で誘拐しようと企んでいて、レネ君も一緒に連れ去ろうとしていたんだ」
「えっ!?」
だからレネは悪行を阻止するために、一人で男たちに立ち向かったのだ。
悪夢のような計画が、あの山小屋の中で実行されていたのかと思うと、もう過ぎたことながら背中に冷たい汗が伝う。
(——レオポルトはサシャにいいように利用されていたのか?)
「いくら誘拐されようとしていたとはいえ、レオポルトがレネ君とダミアーン君に行ったことは決して許されたものではない。バルチーク伯爵にも報告して対処してもらうつもりだ——それと、なんといったらいいか……レネ君が倒れたのは、どうやら眠り薬を飲まされたからで、無体は最後まで行われていないとレオポルト本人は言っていて……」
伯爵は、レオポルトの言葉を信用していいのかまだ迷っているようだ。
「ああ……安心してください。レネは無事でした」
あの後、部屋に帰ってすぐにロランドと二人でレネの身体を調べたが、蹂躙の後はなかった。
「よかった……」
アルベルトもほっとして安心の溜息をついている。
(なんて会話をしてるんだ……)
おっさんが二人で、野郎の貞操が無事だったことを安心しているなんて、傍から眺めたらさぞや滑稽だろうとハヴェルは内心苦笑いする。
「それにしても……レネ君が倒れた時のハヴェルさんの取り乱しようが尋常ではなかったのですが……」
(話していいものか……)
少し迷ったが、別に隠す必要もないと正直に話すことにした。
「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。実は……レネは親友の養子なんです。だから私も子供のころに家に預かったりした時期もあって、気持ち的には親戚のおじさんみたいなもんなんです」
「…………え!? では団長の?」
「実はあの男には庶子がいたのですが、母親から一目も会わせてももらえず苦しんでいました。そんな時に、たまたま両親を殺されて孤児になったレネと出会い、引き取って自分の養子にしたんです」
女の子なので一緒には暮らしてはいないが、レネの姉のアネタも戸籍上はバルナバーシュの娘だ。
ここまで来るのに、色々あったのだ。
ハヴェルは当時のことを思い出し目を細める。
「——そんなことが……私はなにも知らず、レネ君に無理を頼んでしまった」
「といいますと?」
「山小屋へ向かう前に、あんなレオポルトでも私の親友の息子なので、なにかあったら助けてほしいとお願いしていたんだ。レネ君が無理をして倒れたのも私のせいだ」
(親友の息子か……)
レネと自分の関係を思うと、アルベルトがレオポルトの心配をする気持ちもわかる。
きっとアルベルトの方も、ハヴェルがレネを思う気持ちに共感できるので、申し訳ないと思っているのだろう。
「レオポルトも今ではああだが、昔はとても良い子だったんだ。そんな彼を知っているので見捨てられなくてね……」
「それでレネに?」
「ああ。レネ君とロランド君には以前、うちの長男の護衛も担当してもらったことがあってね、彼なら頼んでも大丈夫だと思い、レオポルトにもしなにかあった時の護衛を依頼したんだ。そうしたら今はハヴェルさんの護衛なので無理だと断られてしまってね」
「…………」
二人の間に裏でそんなやりとりがあっていたなんて、ハヴェルはまったく知らなかった。
そういえば……伯爵の部屋に行った時、レネだけ残るよう言っていた。
「しかし、護衛は人が目の前で襲われていたら勝手に身体が動くようになっていると、レネ君が言ったので、私はその言葉に甘えてしまったんだ……」
アルベルトは深く溜息をついた。
「お気になさらないでください。伯爵のその一言があったので、レネは動いたんですよ。もしなにもおっしゃらなかったなら、そのままレオポルト様は誘拐されていたかもしれない。レオポルト様もご無事でよかったではありませんか」
酒を運んできたロランドが口を出す。
「まあ、そうかもしれないが……君たちには迷惑をかけっぱなしで、本当に申し訳ない……」
その後も暫く酒を飲みながら、アルベルトは貴族社会の悪癖を愚痴ると、ロランドが「うんうん」と頷く。
親友からチラリと聞いたことがあるが、ロランドも元は貴族の出らしい。
だから伯爵相手でもこうやって物怖じしないのだ。
最後はラデクが長居しようとするアルベルトを窘めて、この場はお開きになった。
(色々と闇が深い世界だ……)
ハヴェルは自分が平民でよかったと改めて思った。
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