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5章 団長の親友と愛人契約せよ
7 放蕩息子
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◆◆◆◆◆
温泉から上がり、宮殿を彷彿とさせる造りの天井の高い豪奢な部屋で、利用者たちは思い思いの場所で食事をしていた。
男と女、それぞれ別で入浴するテプレ・ヤロは自然と施設ごとに男女が分かれるようになった。
今ハヴェルたちのいるこの豪華な施設は、男の客しかいない。
正直言うと、こんな男しかいない場所よりも、ハヴェルは『女の園』の方に今すぐにでも潜り込みたい気分だ。
客たちが自由に食事ができるこの部屋は、金持ちたちの社交場になっていた。
こことは別に、ちゃんとした席を設けた食堂もある。
今晩は船旅を終えての温泉上りということもあり、ゆっくりと寛げる場所で食事をすることになった。
ハヴェルたちは、マチェイから勧められるままにゆったりとした長いすに腰掛けると、目の前のテーブルに次々と豪華な料理が並べられていく。
椅子に置かれた房付きのシルクのクッションに肘を乗せながら、ハヴェルは辺りを見回す。
煌びやかだがどこか異国の雰囲気を醸し出すシャンデリア、テーブル上の燭台には蝋燭に見立てたオレンジ色の夜光石が輝き、まるで高級娼館のようだった。
部屋中に、どこか爛れた空気が漂っている。
それに隣に座っているのが、濃い紫色の異国風のガウンに赤い幅広の帯を胸元で複雑に結んだ、なんとも艶めかしい装いの美青年ときた。
足を組んで気だるげに座る姿も(ただ不機嫌なだけだが)、この絢爛な部屋に恐ろしく馴染んでいる。
この青年の本職を誰が想像できるだろう。
先ほど湯に浸かっている時に、マチェイの愛らしい愛人との思わず噴き出してしまうような会話が、ハヴェルの耳にも入ってきた。
二人とも美青年・美少年なのだが中身は男だということがよくわかる内容だった。
普段は色気などあったもんじゃない粗暴な中身を知っているだけに、ちょっと整えてやるだけでもこの嵌り具合なのが、逆に恐ろしい。
「さっきは随分と仲良く二人でお喋りしてたみたいだけど、なにを話してたんだい?」
マチェイがダミアーンの顔を覗き込んで尋ねる。
脂下がった狸爺だが、まだ年若い愛人のことを可愛くて仕方ないと思っているのが、随所から伝わってくる。
「う~ん……二人の秘密。ね~レネ」
ダミアーンは思わせぶりな笑顔を作ると、レネに同意を求める。
「絶対教えられません」
レネもわざとツ~ンとそっぽを向いて返事をする。
ハヴェルは思わず先ほどの会話の内容を思い出して噴き出した。
「なんでそこで笑うんだよ」
行儀悪くもレネは毛皮の室内履きを履いた足で、ハヴェルの脛を蹴った。
「会話の中身は気になるけど、二人が仲良くなれたようで私は嬉しいよ。君たちがじゃれ合っている姿を眺めているだけでも心が癒される。そこのヤキモチ焼きが嫉妬するくらい仲良くしてなさい。ここでは愛人同士の戯れは無礼講だからね。主人たちはいちいち口を挟んではいけない」
また初めて聞くここの『お作法』にハヴェルはあんぐり口を開けるが、ダミアーンとなら猫がじゃれ合っているようにしか見えないので、狼たちから熱い視線を向けられるよりはぜんぜんマシだ。
(自分の知らない世界がまだまだたくさんあるのだな……)
この年になって社会勉強をしている気分になる。
美味い料理と酒を堪能し、マチェイと喋るのも意外と悪くない。
親子以上に年の離れた金髪の愛人に鼻の下を伸ばす狸爺を、ハヴェルは憎めなくなってきていた。
「——ちょっと私たちもお邪魔していいかな?」
臙脂色と金色の高そうな織物のガウンを着た男が、こちらへと近付いて来る。
くすんだ金髪をこれ見よがしに搔き上げて見せる。いかにも遊び人といった風情だ。
「これはこれは、バルチーク伯爵家のご子息ではありませんか」
(バルチーク伯爵家?)
ハヴェルは瞬時に頭の中の顧客名簿をパラパラと捲った。
商いで屋敷を訪れた時に嫡男は何度か見たことがあるので、目の前にいるのは放蕩息子と噂高い次男なのだろうか。
後ろには屈強といってもおかしくない若い男を連れている。肉厚な肌色の唇が目につく。
(なんだ……こいつが放蕩息子の愛人なのか?)
「あなたたちがあまりにも美しい連れを同伴しているから、私たちも混ぜてほしいと思って」
「どうぞ、こちらへお座りください」
マチェイは席を空けて二人分の席を作ろうとするが——
「——私の連れも、あの二人に混ぜてもらっていいかい?」
「どうそどうそ。ほらそこを空けなさい」
自然と隣同士で座っていたレネとダミアーンの間に、若い連れの男が割って入る。
伯爵家の子息に、身分が下の商人は逆らえない。
「私のことはレオポルトと呼んでくれ、それとあっちはサシャ」
当たり前のようにこの場に乱入してきたレオポルトたちは、なに食わぬ顔で居座った。
(面倒臭いことになったな……)
一日目から波乱の予感がする。
温泉から上がり、宮殿を彷彿とさせる造りの天井の高い豪奢な部屋で、利用者たちは思い思いの場所で食事をしていた。
男と女、それぞれ別で入浴するテプレ・ヤロは自然と施設ごとに男女が分かれるようになった。
今ハヴェルたちのいるこの豪華な施設は、男の客しかいない。
正直言うと、こんな男しかいない場所よりも、ハヴェルは『女の園』の方に今すぐにでも潜り込みたい気分だ。
客たちが自由に食事ができるこの部屋は、金持ちたちの社交場になっていた。
こことは別に、ちゃんとした席を設けた食堂もある。
今晩は船旅を終えての温泉上りということもあり、ゆっくりと寛げる場所で食事をすることになった。
ハヴェルたちは、マチェイから勧められるままにゆったりとした長いすに腰掛けると、目の前のテーブルに次々と豪華な料理が並べられていく。
椅子に置かれた房付きのシルクのクッションに肘を乗せながら、ハヴェルは辺りを見回す。
煌びやかだがどこか異国の雰囲気を醸し出すシャンデリア、テーブル上の燭台には蝋燭に見立てたオレンジ色の夜光石が輝き、まるで高級娼館のようだった。
部屋中に、どこか爛れた空気が漂っている。
それに隣に座っているのが、濃い紫色の異国風のガウンに赤い幅広の帯を胸元で複雑に結んだ、なんとも艶めかしい装いの美青年ときた。
足を組んで気だるげに座る姿も(ただ不機嫌なだけだが)、この絢爛な部屋に恐ろしく馴染んでいる。
この青年の本職を誰が想像できるだろう。
先ほど湯に浸かっている時に、マチェイの愛らしい愛人との思わず噴き出してしまうような会話が、ハヴェルの耳にも入ってきた。
二人とも美青年・美少年なのだが中身は男だということがよくわかる内容だった。
普段は色気などあったもんじゃない粗暴な中身を知っているだけに、ちょっと整えてやるだけでもこの嵌り具合なのが、逆に恐ろしい。
「さっきは随分と仲良く二人でお喋りしてたみたいだけど、なにを話してたんだい?」
マチェイがダミアーンの顔を覗き込んで尋ねる。
脂下がった狸爺だが、まだ年若い愛人のことを可愛くて仕方ないと思っているのが、随所から伝わってくる。
「う~ん……二人の秘密。ね~レネ」
ダミアーンは思わせぶりな笑顔を作ると、レネに同意を求める。
「絶対教えられません」
レネもわざとツ~ンとそっぽを向いて返事をする。
ハヴェルは思わず先ほどの会話の内容を思い出して噴き出した。
「なんでそこで笑うんだよ」
行儀悪くもレネは毛皮の室内履きを履いた足で、ハヴェルの脛を蹴った。
「会話の中身は気になるけど、二人が仲良くなれたようで私は嬉しいよ。君たちがじゃれ合っている姿を眺めているだけでも心が癒される。そこのヤキモチ焼きが嫉妬するくらい仲良くしてなさい。ここでは愛人同士の戯れは無礼講だからね。主人たちはいちいち口を挟んではいけない」
また初めて聞くここの『お作法』にハヴェルはあんぐり口を開けるが、ダミアーンとなら猫がじゃれ合っているようにしか見えないので、狼たちから熱い視線を向けられるよりはぜんぜんマシだ。
(自分の知らない世界がまだまだたくさんあるのだな……)
この年になって社会勉強をしている気分になる。
美味い料理と酒を堪能し、マチェイと喋るのも意外と悪くない。
親子以上に年の離れた金髪の愛人に鼻の下を伸ばす狸爺を、ハヴェルは憎めなくなってきていた。
「——ちょっと私たちもお邪魔していいかな?」
臙脂色と金色の高そうな織物のガウンを着た男が、こちらへと近付いて来る。
くすんだ金髪をこれ見よがしに搔き上げて見せる。いかにも遊び人といった風情だ。
「これはこれは、バルチーク伯爵家のご子息ではありませんか」
(バルチーク伯爵家?)
ハヴェルは瞬時に頭の中の顧客名簿をパラパラと捲った。
商いで屋敷を訪れた時に嫡男は何度か見たことがあるので、目の前にいるのは放蕩息子と噂高い次男なのだろうか。
後ろには屈強といってもおかしくない若い男を連れている。肉厚な肌色の唇が目につく。
(なんだ……こいつが放蕩息子の愛人なのか?)
「あなたたちがあまりにも美しい連れを同伴しているから、私たちも混ぜてほしいと思って」
「どうぞ、こちらへお座りください」
マチェイは席を空けて二人分の席を作ろうとするが——
「——私の連れも、あの二人に混ぜてもらっていいかい?」
「どうそどうそ。ほらそこを空けなさい」
自然と隣同士で座っていたレネとダミアーンの間に、若い連れの男が割って入る。
伯爵家の子息に、身分が下の商人は逆らえない。
「私のことはレオポルトと呼んでくれ、それとあっちはサシャ」
当たり前のようにこの場に乱入してきたレオポルトたちは、なに食わぬ顔で居座った。
(面倒臭いことになったな……)
一日目から波乱の予感がする。
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