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5章 団長の親友と愛人契約せよ
3 身の上ばなし
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「——俺ちょっと外に出て来る」
いたたまれない気持ちを抱えたまま、レネはケープを羽織って甲板の上に出た。
船の手すりに掴まって、静かに流れていく川辺の景色を見つめる。
すっかり葉を落した柳の木々と水面に浮かぶ水鳥たち。
自分の足で進まない旅はこんなにもゆっくりと時間が進むものなのか。
荒んでいた胸のうちが、目の前の穏やかな冬のドゥーホ川のように凪いでいく。
外の船員たちも、行きは川を下って行くだけなのでなんだかのんびりとしていた。
テプレ・ヤロまでは、船で一泊と聞いている。
上りは帆を張って、風次第では倍以上の時間がかかると言っていた。
レネたちはそれを見越して帰りは馬車で帰る予定だ。
甲板に出てからチラチラと視線を感じるが、どうも船員以外にも七、八名のガラの悪い男たちがいる。
(なんなんだ? こいつらは……)
用心棒かなにかの目的でマチェイが雇っている男たちなのだろうか?
もしかしたら、ハヴェルが『身の危険を感じる』と言っていたことに繋がるかもしれない。
「——船旅は気に入って頂けたかな?」
そろそろ船室の中に戻ろうかとしていたところに、マチェイが外へと出て来た。
(あーーめんどくさ……)
「こんなにゆっくりした旅は初めてです」
レネは笑顔を作って、裏でなにを企んでいるかわからない狸爺と対峙した。
「地上は騒々しいからね」
マチェイは船でドゥーホ川を行き来する船を何十隻も所有しており、海外から輸入した品物をメストまで運ぶことで財を成し遂げた商人だと聞いている。
「それにしても、あのハヴェルが君のような美しい青年を連れて来るなんて思いもしなかったよ」
(やっぱ、あのって付けたくなるよね……)
マチェイからも女好きと思われているようだ。
「実は、ハヴェルには子供のころから世話になっているんです」
事前の打ち合わせで、ボロが出るといけないのでハヴェルに対しての敬語は無し、身の上話もできるだけ事実に近い話を作ってある。
「ほう……よかったら詳しく話してくれるかい?」
マチェイは興味を示したようで、少し身を乗り出し気味に訊いてくる。
「オレは小さいころに両親を亡くして、ハヴェルの知人に引き取られたのですが、昔からなにかと目をかけてくれて、住み込みで読み書きを習っている時期もありました」
実際は礼儀作法も教わったのだが、この口調で「礼儀作法?」と白い目で見られそうなのでやめた。
「そんなことがあったんだね。でもどうして今のような関係に?」
「オレの引き受け先が、ハヴェルに多額の借金をして、そのカタとしてオレが引き取られたんです」
「でも君には、不思議とそういう悲壮感みたいなものは感じないね」
(悲壮感をオレに求めんなよ……)
残念ながらレネにはそんな器用な演技までできない。
「ハヴェルの元でなに不自由なく暮らさせてもらってますし……それにこういう関係なってまだ間もないものですから……正直よくわからないんです」
なにか訊かれて困ったら言えと教えられていた台詞を口にする。
「——ああ、君は擦れてないんだね。ハヴェルと一緒に君みたいな子が来てくれて私も嬉しいよ」
決して直接的ではないが、言葉の節々にハヴェルとの関係を覗き込みたいというマチェイの欲望を感じ、レネは脇に妙な汗を掻く。
まだ見知ったおっさん相手に、愛人の振りだけしているだけだからいいが、同性に対しなにかするなんて絶対無理だ。
先ほど紹介されたマチェイの愛人であるダミアーンという名の金髪の少年は凄い。
こんな狸爺と本当に愛人関係を結んでいるのだ。
尊敬に値する。
(オレはぜったい無理無理)
「冷えて来たんで、部屋に戻ります」
レネは逃げるようにその場から離れた。
室内に戻ると、ハヴェルは連れて来た使用人の青年にお茶を淹れさせながら、なにかの書類に目を通していた。
「ここに来ても仕事してんだ」
「俺だって本当は遊んでる暇なんてないんだよ」
「ふーん……それよりも、さっき外でガラの悪い男たちが七、八人いるのを見かけたけど、テプレ・ヤロって治安が良くないのか?」
「高級温泉保養地だぞ、治安が悪いわけないだろ」
だったらマチェイはいったいなんのつもりであんな男たちを船に乗せているのだろうか?
「じゃあやっぱ、ハヴィー……ふっ……をどうにかしようとでも思ってんのかな?」
「おい、そこで笑うな」
さすがに愛人が『おっさん』呼びはないと、人がいない時でもレネはハヴェルを愛称で呼ぶ努力をしているが、どうしても上手くいかない。
「だって……『ハヴィー』とか……呼んでる自分に鳥肌立ってくるって。——そういやさっき、マチェイさんと外で話した時も言われたんだけど、借金のカタにされた割には悲壮感がないってさ……やっぱオレに男の愛人役とか無理だって……」
「いや……お前はそのままでいい。俺の愛人役はちょっと気が強いくらいでちょうどいいんだよ」
「そうなの? オレにはまったくわかんない世界だ……」
「そこの演出は俺に任せとけ」
ハヴェルは机で作業をしながら、自信ありげにレネを見上げた。
一つしかない寝台を見て、二人で動揺していた先ほどよりも、なにか吹っ切れた顔をしている。
短い時間で気持ちの整理がついたのだろう。
そこは自分よりも大人だと思う。
しかし、本来なら頼もしいはずなのに……それがよけいにレネの不安を増幅させた。
いたたまれない気持ちを抱えたまま、レネはケープを羽織って甲板の上に出た。
船の手すりに掴まって、静かに流れていく川辺の景色を見つめる。
すっかり葉を落した柳の木々と水面に浮かぶ水鳥たち。
自分の足で進まない旅はこんなにもゆっくりと時間が進むものなのか。
荒んでいた胸のうちが、目の前の穏やかな冬のドゥーホ川のように凪いでいく。
外の船員たちも、行きは川を下って行くだけなのでなんだかのんびりとしていた。
テプレ・ヤロまでは、船で一泊と聞いている。
上りは帆を張って、風次第では倍以上の時間がかかると言っていた。
レネたちはそれを見越して帰りは馬車で帰る予定だ。
甲板に出てからチラチラと視線を感じるが、どうも船員以外にも七、八名のガラの悪い男たちがいる。
(なんなんだ? こいつらは……)
用心棒かなにかの目的でマチェイが雇っている男たちなのだろうか?
もしかしたら、ハヴェルが『身の危険を感じる』と言っていたことに繋がるかもしれない。
「——船旅は気に入って頂けたかな?」
そろそろ船室の中に戻ろうかとしていたところに、マチェイが外へと出て来た。
(あーーめんどくさ……)
「こんなにゆっくりした旅は初めてです」
レネは笑顔を作って、裏でなにを企んでいるかわからない狸爺と対峙した。
「地上は騒々しいからね」
マチェイは船でドゥーホ川を行き来する船を何十隻も所有しており、海外から輸入した品物をメストまで運ぶことで財を成し遂げた商人だと聞いている。
「それにしても、あのハヴェルが君のような美しい青年を連れて来るなんて思いもしなかったよ」
(やっぱ、あのって付けたくなるよね……)
マチェイからも女好きと思われているようだ。
「実は、ハヴェルには子供のころから世話になっているんです」
事前の打ち合わせで、ボロが出るといけないのでハヴェルに対しての敬語は無し、身の上話もできるだけ事実に近い話を作ってある。
「ほう……よかったら詳しく話してくれるかい?」
マチェイは興味を示したようで、少し身を乗り出し気味に訊いてくる。
「オレは小さいころに両親を亡くして、ハヴェルの知人に引き取られたのですが、昔からなにかと目をかけてくれて、住み込みで読み書きを習っている時期もありました」
実際は礼儀作法も教わったのだが、この口調で「礼儀作法?」と白い目で見られそうなのでやめた。
「そんなことがあったんだね。でもどうして今のような関係に?」
「オレの引き受け先が、ハヴェルに多額の借金をして、そのカタとしてオレが引き取られたんです」
「でも君には、不思議とそういう悲壮感みたいなものは感じないね」
(悲壮感をオレに求めんなよ……)
残念ながらレネにはそんな器用な演技までできない。
「ハヴェルの元でなに不自由なく暮らさせてもらってますし……それにこういう関係なってまだ間もないものですから……正直よくわからないんです」
なにか訊かれて困ったら言えと教えられていた台詞を口にする。
「——ああ、君は擦れてないんだね。ハヴェルと一緒に君みたいな子が来てくれて私も嬉しいよ」
決して直接的ではないが、言葉の節々にハヴェルとの関係を覗き込みたいというマチェイの欲望を感じ、レネは脇に妙な汗を掻く。
まだ見知ったおっさん相手に、愛人の振りだけしているだけだからいいが、同性に対しなにかするなんて絶対無理だ。
先ほど紹介されたマチェイの愛人であるダミアーンという名の金髪の少年は凄い。
こんな狸爺と本当に愛人関係を結んでいるのだ。
尊敬に値する。
(オレはぜったい無理無理)
「冷えて来たんで、部屋に戻ります」
レネは逃げるようにその場から離れた。
室内に戻ると、ハヴェルは連れて来た使用人の青年にお茶を淹れさせながら、なにかの書類に目を通していた。
「ここに来ても仕事してんだ」
「俺だって本当は遊んでる暇なんてないんだよ」
「ふーん……それよりも、さっき外でガラの悪い男たちが七、八人いるのを見かけたけど、テプレ・ヤロって治安が良くないのか?」
「高級温泉保養地だぞ、治安が悪いわけないだろ」
だったらマチェイはいったいなんのつもりであんな男たちを船に乗せているのだろうか?
「じゃあやっぱ、ハヴィー……ふっ……をどうにかしようとでも思ってんのかな?」
「おい、そこで笑うな」
さすがに愛人が『おっさん』呼びはないと、人がいない時でもレネはハヴェルを愛称で呼ぶ努力をしているが、どうしても上手くいかない。
「だって……『ハヴィー』とか……呼んでる自分に鳥肌立ってくるって。——そういやさっき、マチェイさんと外で話した時も言われたんだけど、借金のカタにされた割には悲壮感がないってさ……やっぱオレに男の愛人役とか無理だって……」
「いや……お前はそのままでいい。俺の愛人役はちょっと気が強いくらいでちょうどいいんだよ」
「そうなの? オレにはまったくわかんない世界だ……」
「そこの演出は俺に任せとけ」
ハヴェルは机で作業をしながら、自信ありげにレネを見上げた。
一つしかない寝台を見て、二人で動揺していた先ほどよりも、なにか吹っ切れた顔をしている。
短い時間で気持ちの整理がついたのだろう。
そこは自分よりも大人だと思う。
しかし、本来なら頼もしいはずなのに……それがよけいにレネの不安を増幅させた。
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