菩提樹の猫

無一物

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4章 見習い団員ヴィートの葛藤

4 面白いもの

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「いや、団長の私邸の方だよ。オレもあそこに住んでんだ」

「は?」

(なんで団長の私邸にレネが!?)

 ヴィートたち見習いは鍛練所から奥へはまだ行ったことがない。
 私邸がどういう建物なのかも知らなかった。

「あそこ、団長の私邸って言ってっけど、古株はあっちに住んでるし、宿舎みたいなもんだよ」

「えっ!?」

 ヴィートの知らない事実が次から次へと出てくる。

「お前は事情が違うだろ。俺たちを一緒にすんなよ」

 一番小さな男がレネの話に割って入る。

(どういうことだ? この中でもレネは違う事情があるのだろうか?)

「それよりもさ……お前、大丈夫なのか? 団長機嫌悪かっただろ?」

「おっかねえよな。明日ぜったい地獄行きだって」

「愛されちゃってるから仕方ないだろ」

 団員たちから口々に茶化され、レネが本気で暗い顔をしているのがヴィートは気になった。

「あーせっかく忘れてたのに、思い出させるなよ……」

 そのままレネは机に突っ伏してしまう。
 よほど明日のことが憂鬱なのだろう。

「明日ゼラも呼ばれてたよな……間違っても猫を殺すなよ」

「…………」

 ゼラと呼ばれた男は、レネを一瞥すると黙々と食事を続ける。
 ヴィートはこの漆黒の肌を持つ男の存在が、一番恐ろしかった。

(たぶん、コイツが一番強い……)

 よく事情が飲み込めないが、明日レネにとって憂鬱な事柄があって、それにゼラという危険な香りのする男も参加するのだろう。

「なあレネ、明日なんか嫌なことでもあんの?」

 ヴィートは突っ伏したままのレネを揺すって尋ねる。
 ハーフアップではなく髪の毛全体を束ねているので、この態勢だとうなじが丸見えだ。後れ毛が首筋に張り付いていつもより無防備な感じがする。
 この男はいちいち人の視線を引き寄せる部位を持っていて困る。

「…………」

 レネはよっぽど言いたくないのか揺すってもなにも喋ろうとはしない。

「お前、名前は?」

 赤毛の男が、ヴィートの方を向いて尋ねてくる。

「ヴィート」

「俺はカレル。なあヴィート、明日の朝に鍛練所を覗いて見ろ。面白いものが見れるから」

 ニヤニヤ笑いながらカレルと名乗った男はそう言った。

「よけいなこと教えんなよっ……」

 レネは突っ伏したまま横を向いてカレルに向かって文句を垂れる。
 朝からだとちょうどヴィートたちも鍛練をしている時間だ。
 もしかして、レネも鍛練を行うのだろうか。
 ゼラというあの恐ろし気な男と一緒に?
 だからレネは嫌がってるのかもしれない。

「でも、俺たち朝から鍛練の時間だし、嫌でも見ちゃうよな」

 他の見習い三人も、「うんうん」と同意している。

「良かったな猫ちゃん。こいつらに応援してもらえ」

「…………」

 眉を顰めたままレネが顔を上げる。
 ご機嫌斜めのままのレネにいたたまれなくなったのか、エミルたちが空いた食器を持って立ち上がる。

「お先に……」

「なんだよ勝手に置いてくなよ」

 一人取り残されては敵わないと急いでヴィートも後に続いた。

「レネ、じゃあまたな」


 ヴィートは夕飯の後、食堂の隣にある休憩室へ来ていた。
 就寝までの時間はここで時間を潰すことが多い。
 休憩室は本を読んだりカードゲームで遊ぶ団員もいたりと、扱いとしては娯楽室のような感じだ。本当に休憩したい時は、ホールを挟んで隣にある就寝室へ行く。

「——色々あってなんから突っ込んでいいかわかんないな」

 一連のできごとを振り返り、見習いの一人がぼやく。

「それにしても、あの人たち迫力あるよな」

「確かに……おっかなくてあの場から逃げ出したくなった」

「はぁ~……近くで見ると猫さんが異次元過ぎて正視できなかった……ヴィートは普通に喋ってるし、すげぇなお前……」

「俺、ポリスタブからあいつともう一人に連行されて来たんだぜ、慣れだろ慣れ」

 とは言いながらも、ヴィートだっていまだに慣れない。

「ぎゃはははっ、連行ってなんだよ連行って」

「でも、あの中に混じってると、マジでなにかの間違いだろうって思うくらい違和感ありまくりだよな?」

「どうして他の団員たちは平気に接してるんだ?」

 その違和感を、誰も感じていないふりをしているところが、逆に恐ろしい……。
 犬の集団に猫が一匹混ざっているのだ。気にならない方がおかしいのに。

(統率されすぎだろ……この集団)

 ヴィートはここへ来た初日に会った、迫力満点の団長の顔が思い浮かんだ。

(きっとあの人がそうさせてるんだ)

 あの団長に楯突ける人物などいないだろう。
 それにあの小柄な団員も言っていた。
 レネは事情が違うと……。
 団長とレネはなにか特別な関係があるのかもしれない。

「あの人たちは仕事してる間、何日も一緒だったんだろ? 朝から晩まで……やっぱり慣れなのかな……」

「って言うか、お前もポリスタブからここまでずっと一緒に来たんだろ?」

 見習いの一人がヴィートの方を、何だか悔しそうに睨んできた。

「まあな、でも別に……俺の妹ともう一人のボリスって人とも一緒だったし、普通だったよ普通」

 あの時は比較対象がボリスしかいなかったので、そこまでレネを意識することもなかった。
 妹の世話と、これからの期待と不安でいっぱいいっぱいだったのだ。

「なんで、護衛なんかやってんだろ? お前なにか聞いてる?」

「うーん詳しくは知らないけど……身寄りがなかったからじゃないかな。家族は姉ちゃんだけみたいだし」

 そこら辺の深い話はしていない。でもなんとなくヴィートたち兄妹と境遇が似ていることは察することができた。
 妹は掏りを働き、兄は襲い掛かって来たのに、アネタもレネもヴィートたちをこのまま放っておけないという強い気持ちで、自分たち兄妹は拾われたのだ。

「おいっ、姉ちゃんがいるのかよっ!? 猫の姉ちゃんって——やっぱり美人なんだろ?」

 レネに姉がいるとわかると、見習いたちのテンションが一気に上がる。

(——こいつらなにを期待してるんだよ……)

「う~ん……髪の色と肌の色は同じかな……」

 だが他は——似ていない。
 これ以上はボリスの恋人でもあるので、情報提供はしない。
 アネタとボリスの関係は団員には教えないようにと口留めされている。

「ああ、じゃあ……あんなところやこんなところも……ピンク色なんだなきっと……」

「姉ちゃんやべぇな……」

 もしかしたら、いらんことを教えてしまったのかもしれない。
 性欲を持て余した少年たちの頭の中はえげつない。

 それから寝るまでのあいだ休憩室で、見習いたちはずっとあの屈強な男たちと『猫』の話題で盛り上がった。
 ヴィートはレネと一緒に護衛の旅に出る自分の姿を想像して興奮した。

(——俺もいつか絶対あの中に入ってやるっ!)
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