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4章 見習い団員ヴィートの葛藤
2 見て見ぬふりをせよ
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◆◆◆◆◆
リーパ団本部には、大浴場があり団員たちは仕事が終わると、いつでも汗を流せるようになっていた。
大人数が入れる浴槽は、朝と夜の二回お湯が張られる。
ヴィートはちょうど表と裏の門番を終えた見習い四人で、一日の疲れを落とすべく湯船に浸かっていた。
「なあ、俺さっき遂に見ちまった……」
一緒に裏門の警備をしていたエミルが口を開く。
「なにをだよ」
「猫だよ」
「はっ!? で、どんな奴だったの?」
「お前らも見たらびっくりするぞ」
エミルは思わせぶりに目を細める。
「さっきから猫ってなんだよ?」
ヴィートは入団してまだ日も浅いとあって、他の三人がなんの話題で盛り上がっているのかもわからない。
「リーパはな、護衛専門だから番犬の集団って言われてるのは知ってるよな?」
「……まあな」
メストに着いてすぐ、ここの近所に住む人たちが話しているのを聞いた。
「先輩がさ『リーパには一匹だけ猫が紛れ込んでいるが、見て見ぬふりをせよ』って言うんだよ」
「なんだそりゃ」
「俺も最初はなんだそりゃって思ってたけど、今日、実際見て『やべぇ』って思った」
(——ん?)
なんだろうか、自分も最近同じ気持ちになったような……。
ヴィートがそんなことを考えているうちに、ゾロゾロと洗い場に団員たちが入って来た。
湯船と洗い場はやや離れていて、湯気で少し霞んで見える。
(さっきの団員たちだ!?)
ヴィートはすぐに入って来た男たちの正体に気付いた。
見習いの団員たちは、ゼラやヤンの鍛え上げられた身体を見て、思わずため息を漏らす。
「色々……規格外すぎだな……」
男しかいない風呂場で誰も股間など隠さない。自ずと見習いたちは自分の持ち物と比べてしまう。
しかし、ヴィートの頭の中は一つのことでいっぱいだった。
(たぶんレネもいるはず……)
「あっ……猫がいる!?」
大きな男たちの後ろにいた華奢な青年の存在に、目が釘付けになっていた。
「あ……あれが……」
「うわぁ……」
「猫さ…ん……?」
見習いたちがレネを見て口々に漏らす。
(——えっ? 猫ってレネのことかよ!?)
湯船の方へくるりと背を向けて、入って来た団員たちは身体を洗い始めた。
視線が合わなくなると、見習いたちは無遠慮に、レネの後ろ姿を見つめる。
ヴィートも改めてレネの身体を観察する。
旅の途中に半裸は何度かあったが、全裸は初めてだ。
本当に護衛の仕事をしているのかと思うほど華奢なのだが、乗馬で鍛え上げられたのか太ももから尻までは他の部位と比べると肉感的だ。そのせいかよけいに腰が細くくびれて見える。少し男にしては骨盤が広いのも原因かもしれない。
細いながらも肩甲骨から背中にかけての筋肉の付き方は剣士のそれだ。
前に見た時も思ったが、少しふっくらと胸の筋肉もちゃんとある。だからよけいにメリハリがあるのだが——
(うっ……)
目を閉じても、瞼の裏にチカチカと「けしからん」色が焼き付いている。
それも胸だけじゃなかった。
「ピンクの三点盛り……」
見習いの誰かが、そう呟いたのが聞こえた。
身体を洗い終えた団員たちが湯船の方へ向かってくる。
それを察知した見習いたちは、まるで悪事を見咎められたかのように、そそくさと湯船から上がって風呂場を抜け出した。
「反則だ……」
「なんであんなのが風呂場をうろついてんの?」
「想像以上に猫だった……」
脱衣所で身体を拭きながらも、他の三人は呆けたようにブツブツとなにか呟いている。
このままいくと、ずっとレネの話題になりそうなのでヴィートは無理矢理話を中断した。
「おい、このまま飯食うよな?」
ヴィートだってレネの裸に衝撃を受けたが、他の男たちがレネについて話しているのを聞くのはあまり気分のいいものではない。
「おう、腹減ったし」
「そうだな」
「行くか」
本部の一階は玄関側と裏口側の両方に廊下があり、来客があった場合も、休憩中や風呂上がりの団員たちと顔合わせしない工夫がしてある。
だから表ではサーコートを着てきっちりした格好をしている団員たちも、裏では結構自由な格好でうろついていた。
ヴィートたちも風呂上りはサーコートを脱いでゆっくりとした私服に着替えている。
四人は裏廊下を歩いて食堂へと向かった。夕食時のピークは過ぎていたので、食堂は空いていた。
食事は決まったメニューが提供され、おかわりは自由になっている。
今日の夕食は肉団子のクリーム煮だ。
見習い四人は皆まだ十代後半の食べ盛りだ。出された食事をガツガツと食べ始める。
レモンの風味が生クリームをさっぱりさせていて、よけいに食欲をそそる。
付け合わせの茹でたジャガイモは、ミルシェが剥いたものもあるかもしれない。
ヴィートがそんな思いを巡らせていたら、さっき風呂で遭遇した団員たちが食堂へとやって来る。
風呂上りで暑いのか漆黒の肌の男と、赤毛の男は上半身裸のままだ。
レネたちが入って来るのを見て、後ろの席に着いていた見知らぬ男たちがボソリとささやき合っていた。
「あいつら護衛のついでに、騎士団が討伐しそこなった盗賊団を壊滅させてきたってよ……」
「うわーやっぱ化け物揃いだな……」
「その盗賊団は東国の戦で傭兵をやっていた奴らで騎士団も手を焼いてたって話だけどな……」
会話に聞き耳を立てて聞いていた見習い四人は、固まった。
(盗賊団の殲滅!? レネも一緒に?)
ここに来るまでは身近で親身な存在だったレネが、見習いなんかの手の届かない雲の上の存在だと知らされ、ショックを受けた。
空いた席を探していたレネが、こちらに気付く。
「——あれ? ヴィート!」
リーパ団本部には、大浴場があり団員たちは仕事が終わると、いつでも汗を流せるようになっていた。
大人数が入れる浴槽は、朝と夜の二回お湯が張られる。
ヴィートはちょうど表と裏の門番を終えた見習い四人で、一日の疲れを落とすべく湯船に浸かっていた。
「なあ、俺さっき遂に見ちまった……」
一緒に裏門の警備をしていたエミルが口を開く。
「なにをだよ」
「猫だよ」
「はっ!? で、どんな奴だったの?」
「お前らも見たらびっくりするぞ」
エミルは思わせぶりに目を細める。
「さっきから猫ってなんだよ?」
ヴィートは入団してまだ日も浅いとあって、他の三人がなんの話題で盛り上がっているのかもわからない。
「リーパはな、護衛専門だから番犬の集団って言われてるのは知ってるよな?」
「……まあな」
メストに着いてすぐ、ここの近所に住む人たちが話しているのを聞いた。
「先輩がさ『リーパには一匹だけ猫が紛れ込んでいるが、見て見ぬふりをせよ』って言うんだよ」
「なんだそりゃ」
「俺も最初はなんだそりゃって思ってたけど、今日、実際見て『やべぇ』って思った」
(——ん?)
なんだろうか、自分も最近同じ気持ちになったような……。
ヴィートがそんなことを考えているうちに、ゾロゾロと洗い場に団員たちが入って来た。
湯船と洗い場はやや離れていて、湯気で少し霞んで見える。
(さっきの団員たちだ!?)
ヴィートはすぐに入って来た男たちの正体に気付いた。
見習いの団員たちは、ゼラやヤンの鍛え上げられた身体を見て、思わずため息を漏らす。
「色々……規格外すぎだな……」
男しかいない風呂場で誰も股間など隠さない。自ずと見習いたちは自分の持ち物と比べてしまう。
しかし、ヴィートの頭の中は一つのことでいっぱいだった。
(たぶんレネもいるはず……)
「あっ……猫がいる!?」
大きな男たちの後ろにいた華奢な青年の存在に、目が釘付けになっていた。
「あ……あれが……」
「うわぁ……」
「猫さ…ん……?」
見習いたちがレネを見て口々に漏らす。
(——えっ? 猫ってレネのことかよ!?)
湯船の方へくるりと背を向けて、入って来た団員たちは身体を洗い始めた。
視線が合わなくなると、見習いたちは無遠慮に、レネの後ろ姿を見つめる。
ヴィートも改めてレネの身体を観察する。
旅の途中に半裸は何度かあったが、全裸は初めてだ。
本当に護衛の仕事をしているのかと思うほど華奢なのだが、乗馬で鍛え上げられたのか太ももから尻までは他の部位と比べると肉感的だ。そのせいかよけいに腰が細くくびれて見える。少し男にしては骨盤が広いのも原因かもしれない。
細いながらも肩甲骨から背中にかけての筋肉の付き方は剣士のそれだ。
前に見た時も思ったが、少しふっくらと胸の筋肉もちゃんとある。だからよけいにメリハリがあるのだが——
(うっ……)
目を閉じても、瞼の裏にチカチカと「けしからん」色が焼き付いている。
それも胸だけじゃなかった。
「ピンクの三点盛り……」
見習いの誰かが、そう呟いたのが聞こえた。
身体を洗い終えた団員たちが湯船の方へ向かってくる。
それを察知した見習いたちは、まるで悪事を見咎められたかのように、そそくさと湯船から上がって風呂場を抜け出した。
「反則だ……」
「なんであんなのが風呂場をうろついてんの?」
「想像以上に猫だった……」
脱衣所で身体を拭きながらも、他の三人は呆けたようにブツブツとなにか呟いている。
このままいくと、ずっとレネの話題になりそうなのでヴィートは無理矢理話を中断した。
「おい、このまま飯食うよな?」
ヴィートだってレネの裸に衝撃を受けたが、他の男たちがレネについて話しているのを聞くのはあまり気分のいいものではない。
「おう、腹減ったし」
「そうだな」
「行くか」
本部の一階は玄関側と裏口側の両方に廊下があり、来客があった場合も、休憩中や風呂上がりの団員たちと顔合わせしない工夫がしてある。
だから表ではサーコートを着てきっちりした格好をしている団員たちも、裏では結構自由な格好でうろついていた。
ヴィートたちも風呂上りはサーコートを脱いでゆっくりとした私服に着替えている。
四人は裏廊下を歩いて食堂へと向かった。夕食時のピークは過ぎていたので、食堂は空いていた。
食事は決まったメニューが提供され、おかわりは自由になっている。
今日の夕食は肉団子のクリーム煮だ。
見習い四人は皆まだ十代後半の食べ盛りだ。出された食事をガツガツと食べ始める。
レモンの風味が生クリームをさっぱりさせていて、よけいに食欲をそそる。
付け合わせの茹でたジャガイモは、ミルシェが剥いたものもあるかもしれない。
ヴィートがそんな思いを巡らせていたら、さっき風呂で遭遇した団員たちが食堂へとやって来る。
風呂上りで暑いのか漆黒の肌の男と、赤毛の男は上半身裸のままだ。
レネたちが入って来るのを見て、後ろの席に着いていた見知らぬ男たちがボソリとささやき合っていた。
「あいつら護衛のついでに、騎士団が討伐しそこなった盗賊団を壊滅させてきたってよ……」
「うわーやっぱ化け物揃いだな……」
「その盗賊団は東国の戦で傭兵をやっていた奴らで騎士団も手を焼いてたって話だけどな……」
会話に聞き耳を立てて聞いていた見習い四人は、固まった。
(盗賊団の殲滅!? レネも一緒に?)
ここに来るまでは身近で親身な存在だったレネが、見習いなんかの手の届かない雲の上の存在だと知らされ、ショックを受けた。
空いた席を探していたレネが、こちらに気付く。
「——あれ? ヴィート!」
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