菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

16 試される犬たちの忍耐

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◆◆◆◆◆

「お前っ、あからさまに勃ててんじゃねーよっ! 異変を察して猫ちゃんが逃げ出したじゃねーかよ。俺はもう少し眺めてたかったわ……」

 カレルがヤンを睨む。

「仕方ねーだろっ! 戦った後はムラムラしてくんだよ」

「………」

 レネが去った後、残された三人の間で淀んだ空気が流れる。

「だいたい反則なんだよ……」

「あれはナシだよな……」

「………」

「ゼラ、お前なんか言えよ」

 団員最強の男はいつも無言だ。
 ふだんレネと一緒に風呂へ入っている時は、ここまで興奮はしない。
 しかし、戦いの後の気のたった状態で、あんなのが一人紛れ込んでいたら駄目だ。
 顔が綺麗なのは、いつも見てるから慣れている。

 だがあの猫は脱いだらもっと凄いのだ。
 同じものがぶら下がっているはずなのに……とにかく凄いのだ。

 カレルは思う。殺し合いは性交に似ている。
『雌雄を決す』と言う言葉がすべてを言い表しているようだ。
 殺し合う時に、雄としての動物の本能がギラッギラに解き放たれる。
 一度解き放ってしまうとなかなか元には戻らない。

 そんな時にレネのような美しい男がいたら、完全に獲物としてロックオンしてしまう。
 それが今回みたいに、相手も欲望に濡れたギラギラした目をしていたら、征服して滅茶苦茶にしてやりたくなる。

 雄同士に愛なんて甘ったるいものなどない。
 上に乗るか乗られるかのマウントの取り合いだ。
 きっとレネに本気で手を出したら、最後は命懸けの大乱闘になるだろう。
 想像しただけで闘争本能が疼くが、仲間相手に絶対そんなことはできない。
 少し前に、ロランドにも言われたばかりじゃないか。

「俺たちは団長に忍耐を試されてるな……」

 普段はみな平気なふりをしているが、犬の中に一匹だけ猫が混じっていると大変なのだ。
 ただの猫ならまだ我慢のしようがあるが、それがとびきりの美猫ときた。

「いや……信頼されてるんだろ……きっと……」

 カレルの言葉に、ヤンが自信なさそうに言い返す。
 

◆◆◆◆◆


「聞いたわ。ボリスさん、あなたのお姉さんと付き合ってるって」

「えっ……なんでそんな話……」

 ボリスは自分の恋人のことを身近な人間にしか話していない。どうして今ごろになってテレザに話したのだろうか?

「あたしがあんまりあなたに辛く当たるから、本当のことを知らせようと思ったって言ってた」

「ボリスが?」

「そう」

「言わなくてよかったのに……」

 ボリスは癒し手だ。
 それを利用しようとする人間に狙われる可能性もある。
 だから姉のことが知られたら、そちらにまで危険が及ぶかもしれないので、他人には言わない方がいい。どこから話が広がるかわからない。

「あなたのことも大切に思ってるから、ボリスさんはあたしに話したのよ。ぜったいに誰にも話したりしないから安心して」

「……」

(村へ帰り着くまであと何日か我慢すれば済むことだったのに……)

 せっかく大変な目にまで遭ってがまんしてたのに、ボリスはどこで心変わりしたのだろうか……。

「それにヨナターンとあたしであなたに辛く当たってたのに、アジトに乗り込んで二人を助けに来てくれた時はびっくりした」

 先ほど、ヨナターンにも同じことを言われたばかりだ。
 嬉しいような恥ずかしいようなこそばゆい気持ちになって、レネはぶっきらぼうに答える。

「仕事ですから」

 初めて興味を示したという風に、テレザはレネに深緑色の瞳を向ける。
 クジャクの羽みたいな不思議な色合いだ。

「まだ気がたってるの? あたしはなんとなく気の流れがわかるんだけど、あなた戦っている時は雄の気がムンムン出てるわ。その外見とアンバランスさに敵もてられておかしくなってたわね。綺麗で強いなんてズルい……」

「結局なにが言いたいんですか」

 さっきから、褒められているのか、それとも貶されているのか、わけがわからない。

 テレザは身を寄せ、レネの顎を親指と人差し指で掴み自分の顔へと近付けた。
 女にしては背が高いので、向き合っても視線があまり変わらない高さになる。
 レネは護衛対象には無抵抗だ。

 新人のころ未亡人相手に、大変な目に遭ったことがあるが、今回はそんなことにはならないだろう。
 唇が触れる寸前でテレザは動きを止める。

「ふっ……ちょっと味見したくなっちゃったけど、ボリスさんが自分の時より怒りそうだから我慢するわ」

 クスリと目を細めて笑うと、身を翻してレネから離れていった。

「なんなんだよ……」

 ヨナターンとはわかり合えることができたのに、テレザはなにを考えているのかまったく理解できない。
 巫女とはそういう存在なのだろうか……ただテレザが変わっているのか。
 レネは面倒くさいと、これ以上考えることを止めた。
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