菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
57 / 473
3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

15 自分だけが違う

しおりを挟む
「ちょっと水浴びしてくる」

 返り血を浴びてないボリスとベドジフ以外の四人で、教えられた泉に向かった。
 テレザにはちゃんと血を洗い流しても大丈夫なのか確認済みだ。
 聖なる泉を血で穢したとなったら、白鳥どころの騒ぎではない。

 レネは血だらけになったサーコートを脱いで、その下に着ているチェーンメイル、厚手のキルトシャツもすべて取りさる。

 全身が熱い。
 戦った後はいつもそうだ。興奮して気分が高揚する。

 さっさと裸になると、レネは透明な水に身を浸す。
 ふつうだったら寒くて入れないはずだが、冷たい泉の水は火照った身体にちょうどよかった。
 他の三人を見ると身体から湯気が出ているのがわかる。それだけ発熱しているのだ。
 きっと自分も同じようになっているだろう。

「ひょーーー気持ちいい」

 カレルが叫びながら頭まで水に浸かり、犬のようにブルブルと身体を振って水を落としている。
 水に濡れると赤銅色の髪は波打って癖が出てくる。

「やめろって、こっちまで飛んでくるだろ」

 顔を顰めてヤンがカレルを睨む。
 ヤンは服を脱ぐと体毛が濃いせいか、まるで熊だ。数日髭を剃っていないだけで、顔まで褐色の毛に覆われている。

「どうせお前も濡れてんだからいいだろ」

 カレルは頭皮を揉みこむように洗いながら、意外と繊細な熊男を見遣った。
 隣ではゼラが知らん顔で、髪を解いて洗っている。
 団員たちは仕事柄あまり髪の手入れはできないので、短くも長くもない髪型だ。
 中でもゼラは特徴的な髪型をしていて、耳から上を長く伸ばしそれ以外は短く刈り込んでいる。
 ふだんは伸ばした部分を後頭部の上の方で団子状にたわませて一纏めにするのが、ゼラのトレードマークになっている。

 少し離れた所で身体を洗っていたレネはまだ、シャーウールにサーベルを折られた悔しさを消化できないでいた。
 後ろからゼラが助けてくれたが、あのままだったら自分はどう対処していただろうかと、何度も頭でシミュレーションする。

(悔しい……)

 頭まで水に浸かり、身体じゅうに浴びたシャーウールの血を洗うと、上を向いて髪を両手で梳きならがら後ろへ流す。
 頭を左右に振って髪の水滴を振り払っていると、ねっとりと肌に絡みつく視線を感じた。

 他の三人がレネを見ていた。

(——なに?)

 一般の成人男性の中では背が高い部類に入るレネでも、この中で一番小さく……そして細い。
 野宿ばかりで風呂に入れないせいか、三人とも顔には無精ひげが生えいつもより雄臭く感じた。
 一人だけ髭の生えてない自分の顔がなんだか心許なくなり、本能的に早くこの場を去りたくなる。

 まだこの三人は獲物を狩りたがっていた。
 自分だって大きな獲物を逃して悔しい思いを消化できないでいるのに……獲物を見る目と同じ目でレネを凝視する。

 ふと……魔法が解けて……自分と団員たちが別の生き物になってしまう瞬間だ。
 三半規管がおかしくなったような気持ち悪さを感じ、男たちの視線から逃れるために、レネはその場から離れた。

 身体を素早く拭くと、荷物から出した着替えを取り出し
さっと身に着ける。
 肌の露出がなくなり、やっと人心地がつく。
 だが、急いで泉を出て来たので、身体の中に燻っている熱はそのままだ。

 レネはなんだか手持ち無沙汰になり、少し離れた泉のほとりで血濡れたサーコートとシャツを洗濯していると、後ろから人の来る気配がする。

 ヨナターンだ。
 来訪者は近くにある石の上に座った。
 父親から斬られた男に、レネは言葉をかける。

「——良かったな……大事な奴が守れて」

 レネは言い争って以来、ヨナターンに対して敬語を使わない。

「お前……気づいてたのか?」

「言ってたじゃないか、宝珠や巫女さんよりダヴィドさんの方が大事なんだろ?」

「……」

 それに、一番大切なものを自分の父親から守ることができて、こんなに満ち足りた顔をしている。
 死んだはずの父親が盗賊になって、自分も宝珠を盗むのに加担していた裏切り者だ。
 しかしヨナターンはこれから自分がどういった処遇になるか、先のことなど気にもしていない。
 ダヴィドが無事だったことだけで、ヨナターンは救われたのだ。

 あまりにも潔くて、レネはこの男に対する怒りなど失せてしまった。
 だから、素直に思ったことを言ってやる。

「結局巫女さんは無事だったし、オレはあれが悪いことだとは思わない。むしろそのくらい開き直らないと大切な人間は守れない。オレまで巻き込まれたのはムカついたけどな」

 思いもよらない言葉だったのだろうか、ヨナターンはハッとして目を見開く。そして、思いつめた顔をして口を開いた。

「今さらだけど、殴ってすまない。アジトに連れて行かれて、まさかお前が盗賊たちの中に一人で乗り込んで来た時はびっくりした。お前強いんだな……俺は護衛の仕事をなめてた」

 レネは胸のすく思いがした。
 命懸けの仕事について軽んじた発言をされ腹が立っていたのだ。

「わかってくれたら別にいい。——それよりもあんたの父親に勝てなかった方が、イライラしてるんだから……」

 ガシガシと力を入れて洗うが、サーコートについたシャーウールの血がなかなか落ちない。

「俺もせっかくならお前にあいつを殺してほしかった」

「……!?」

 思いもよらない言葉に、レネはサーコートを洗う手を止める。

「斬られた後も、お前とあいつの戦いを見てたんだよ。目が離せなかった。剣が折れた時は自分のことのように悔しかったよ」

「あんた……」

「改めて言わせてくれ。——助けてくれてありがとう」

 顔を上げると、灰色の瞳と視線がぶつかった。
 二人は殴られて変色したお揃いの頬に気付き、笑いあった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話

あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった 親は妹のゆうかばかり愛してた。 理由はゆうかの病気にあった。 出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。 もう愛なんて知らない、愛されたくない そう願って、目を覚ますと_ 異世界で悪役令息に転生していた 1章完結 2章完結(サブタイかえました) 3章連載

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...