菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

14 あっ……

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「これ以上、無茶はやめてっ! あなた死ぬ気なのっ」

 テレザがパニックになって後ろで叫んでいた。
 目の前で敵を倒したのに、それでもテレザは自分のことが信用ならないのだろうか。

「オレたちは最初にあんたを『死守』するって言ったろっ、黙って護られてろ!」

 ムカついたので思わず叫び返してやった。

「——護衛も大変だな? こんな奴らのために命を懸けなきゃならんとはな……」

 会話を聞いていたシャーウールが、皮肉気に笑う。

「傭兵やってたならあんたもわかるだろ?」

 口髭を生やし、浅黒く汚れた肌の男を睨み返す。黒い髪と灰色の瞳はヨナターンを連想させる。やはり親子なのだ。

「ふん。それが嫌で盗賊に鞍替えしたのさ」

 シャーウールはまたニヤリと笑った。
 この目を見ていたらよくわかる。
 男が今までどれだけの人間を殺してきたか……。

「誰に剣を習った? お前を見てるとムラムラしてくるぜ。俺が東国で傭兵をしていたころ、お前と同じ太刀筋の男たちと戦ってきた。奴らは強くてな……思い出すだけで興奮しちまう。だからお前はどうしてもこの手で殺したかった」

 レネも殺気にてられた興奮で背中がゾクゾクしている。

 シャーウールが戦った相手は、間違いなく副団長のルカーシュと同じコジャーツカ族のことだ。部族の男たちは国境を挟んで敵味方同士で戦い合う戦闘民族だ。
 きっとルカーシュの弟子であるレネも、同じような戦い方をしているのだろう。
 そう言われると悪い気はしない。

 しかしコジャーツカ族と戦った過去があり、先ほどのレネの太刀筋も見ているこの男の方が、戦いにはだんぜん有利だ。
 レネはこの男が手に持つバスタードソードしか情報がない。
 片手剣にも両手剣にもなるこの剣は、戦う側からすれば厄介だ。

(スピードでなんとかするしかないな……)

 サーベルを前に構えて相手がどう出て来るか、じっと観察する。
 シャーウールは片手で剣を持つと斜め斬り下ろしてきた。レネは咄嗟に後ろへ飛びずさり紙一重で攻撃を躱した。
 片手でも攻撃はじゅうぶん重いし、スピードもある。若いころはきっと鬼のように強かったのだろう。
 今度は足元を狙って来たので前転しながら攻撃を避け、振り返りざまにシャーウールへ反撃した。
 レネの動きを予測できていたのか、剣でたやすく止められる。
 少し身を離し体勢を整え、左上から斬りかかるとシャーウールが剣で防御した。

(今だッ!)

 狙っていたとばかりに手首をクルリと返して、無防備になっている右側を狙い素早くサーベルを振り下ろす。

「くっ!」

 シャーウールの肩から胸に赤い血が滲んだ。
 だが怯むどころか、逆に元傭兵の本能に火を付けた。
 今だとばかりに円を描くように反動をつけたレネの攻撃を、両手に剣を持ち替えたシャーウールが迎え撃つ。

 ガキイィィィィーンッ——
 けたたましい音と共に、サーベルが折れた。
 勢いよく飛んでいった剣先が、先ほど倒した盗賊の死体に刺さって止まる。
 衝撃でレネは後ろに倒れ込むと、シャーウールがそこへ馬乗りになる。

「あっ……」

 声と共にレネの黄緑色の瞳が見開かれる。

「なんだよ、急にしおらしくなって、変な声出すんじゃねぇよ。このまま犯したくなるじゃねえか」

 黄色い歯を剥きだして笑うシャーウールの後ろに——黒い影ができる。

「どうした? 怖いのか——」

 ザンッ——
 なんとも不気味な音と共に、シャーウールの首が斬り飛ばされ、膝立ちで立ったままの首なしの身体から、噴水のように血が噴き出る。
 レネの上まで血が降り注いだ。

(ああ……)

 長い足がシャーウールの胴体を蹴り飛ばす。
 そこには、黒い肌をした美しい男がいた。
 日の光に照らされた群青色の冷たい瞳が見下ろす。

「——ゼラ……」

 レネは茫然としたまま……その名を口にした。
 すぐ横ではシャーウールから斬られたヨナターンを、ダヴィドとテレザが囲んでいた。

「ヨナターンっ……」

 テレザと場所を代わると、ダヴィドは自分を庇って傷を負ったヨナターンを抱え込み、抱きしめる。

「——ダヴィド……お前が無事で良かった……」

 灰色の瞳を細めて、ヨナターンはダヴィドに微笑んだ。

「馬鹿野郎っ! なにしてんだよっ!」

「……テレザも……巻き込んでごめん……」

 ヨナターンは悲しそうな、でもすべてをやり切った顔をしていた。
 死を覚悟した表情に、ダヴィドとテレザも動きを止める。

「——二人とも、取込み中かもしれないが——ちょっとそこをどいてくれるかい?」

 いつの間にかボリスが、微笑みを浮かべて立っている。
 二人はその迫力に押され場所を空けた。
 ヨナターンの傷口に手を当てると、ボリスの瞳がエメラルドグリーンに光り出す。
 そして、まるで奇跡のような光がヨナターンを包み込んだ。

「どういうことだっ!?」

「あなたは……」

 山吹色の光を纏わせて、ボリスはヨナターンの傷を見る見るうちに塞いでいった。

「……癒し手なのか?」

「——ああ……これはきっとズスターヴァの神のお導きだわ……」

 神殿以外の場所で癒し手がいることなど、まずありえない。
 こんな辺鄙な場所で大怪我をして、すぐに癒し手の治療を受けられるなど、二人からすれば奇跡以外の何者でもない。
 テレザは涙を流しながら神に祈りを捧げた。
 


「——お前は?」

「六人」

 ベドジフの問いにヤンが答える。
 各人がアジトで倒した敵の人数をベドジフが集計していた。

「これで三十二——ということは、全部やっつけたってことでいいか?」

「首領の首も獲ったし、もし下っ端が生き残ってたとしても逃げ出してるだろ」

「討伐に来たつもりはなかったんだけど、結果やっつけちまったな」

 そんな会話をしながらも、いつも温厚な大型犬だったヤンの目が、獲物を目前にした猟犬のように血走っている。 
 戦いの興奮がなかなか冷めないのだ。
 後衛に回ったベドジフとボリス以外は皆同じ状態だ。
 こんな時は、敢えて理性が戻って来るような話題を上げてクールダウンさせる。

「俺たちは後を追っただけだから詳しくわかんねーんだけど、ヨナターンが裏切ったのか?」

 身体の奥に灯った火を抑えながら、カレルが尋ねる。

「——ああそうさ……」

 ヨナターンは虚空を見つめて呟く。
 首だけになったシャーウールの瞳と同じ色をしているだけ、それは不気味だった。
 ダヴィドを庇って負った傷は、ボリスによって綺麗に塞がれている。
 早めに処置できたので、この前のレネのように出血で意識を失う事態は避けられた。

「ヨナターンのお父さんが盗賊になっていたのよ。宝珠を持ってきたら村人には手を出さないと言われて、ヨナターンは騙されてたの」

 テレザは攫われた際に自分で見聞きしたことをそのまま話す。

「えっ!? お父さんは死んだんじゃなかったのか?」

 アジトでのやり取りを一切知らないダヴィドが、驚いた顔をしてヨナターンを見た。
 それもそうだろう。
 戦争で父親を亡くし、ヨナターンはずっと苦しんでいたのに、その父親が生きていたのだ。
 それも盗賊となって。

 地面に転がっているのは、ヨナターンの大好きだった父親の首だ。
 ヨナターンはダヴィドを庇って父親から斬られ、ボリスがいなかったら死んでいたかもしれない。

「あたしは、なんだかヨナターンのことが憎めないわ……ずっと苦労してきたのも知ってるし」

 茫然と黙り込んでしまったダヴィドの隣で、テレザがヨナターンを擁護する。

「お前っ、なんで俺に相談しなかったんだっ!」

 怒りに任せて、ダヴィドはヨナターンの胸倉を掴み殴りつける。
 村長の息子として恥ずかしくないようにと改めていた口調も、いつの間にか崩れていた。

「ッ……」

 反動でヨナターンは地面に崩れ落ちた。

「ダヴィドっ、なにやってるの! ヨナターンは傷が塞がったばっかりなのよっ!」

 テレザが倒れたヨナターンを心配する。

「一人で悩みを抱え込むんじゃねーよっ! お前は一人で……死んでもいいって思ってたのかっ!」

 殴ったダヴィドの方が泣きそうな顔をしている。

「俺を……俺を……一人で置いて行くんじゃねえよっ!」

「ごめん……」

 謝りながらもヨナターンは満たされた表情をしていた。
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