菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

13 うまく逃げ出したと思ったのに

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 捕えていた二人を逃がすものかと追いかける盗賊たちに、レネはさっきまで盾として使っていた男の死体を蹴り飛ばして時間稼ぎすると、自分も出入口に向かって走りだした。

(よし……)

 ベドジフが二人をアジトの中から外の通路に連れ出したのを確認する。

「おいっ……一緒に出るぞっ」

 レネに向かってベドジフが叫んだ。

「いや、早く行けっ、もう一つの出口から回り込まれるぞっ!」

 レネ自身も続いて通路に出ながら、アジトの内部を振り返る。
 反対側から回り込まれる可能性も拭いきれないが、三人を確実に逃がすためにはある程度ここで足止めしておきたかった。それに広い空間よりも狭い通路で戦う方が、レネにとって有利だ。

「……女か?」

 日の光に照らされたレネの姿を見て、盗賊たちは色めきだつ。

(こいつら……籠城しすぎて頭が馬鹿になってやがる……)

 しかしできるだけ時間稼ぎをしたいので、どういう理由でも油断してくれるならありがたい。

「おい、騙されるな格好を見てみろっ」

 松葉色のサーコートを見て、男たちは顔色を変える。

「——こいつ……リーパなのか!?」

 盗賊と言えども、元傭兵だ。リーパのことを知っている人間がいてもおかしくはない。

「さっき見ただろ? 油断するな……」

 声をかけ合って盗賊たちが警戒する。
 レネはサーベルを前に構え、改めて男たちと対峙した。幅がそれほど広くない通路なので、相手も一気に攻められない。

 戦争に参加していた元傭兵たちということもあり、相手も殺すことに躊躇などない。迷うことなく斬りかかって来る。
 レネは身体を後ろに逸らし攻撃を避け、サーベルを自分の背後から鞭のように斜めに振り下ろし攻撃へと転じた。
 男は避けようとしたが脇腹を掠って血が滲み出す。
 レネはその勢いのまま膝を落して、今度は男の足元を真横に切り込んだ。

「ぐっ……」

 脹脛ふくらはぎを斬り横へ倒れたところへ、上から止めを刺す。
 その間も、動作をまったく途切れさせることなくレネは次の敵へと攻撃の手を進める。

(……ん!?)

 背後から足音が聞こえる。

(回り込まれたかっ!)

 後ろに注視しながらも、目の前の敵との戦いに手を緩めることはない。
 複数人の足音がだんだんと近付いて来る。

「レネっ!」

 後ろから聞こえたのはよく知った声だった。
 隙を見せるわけにはいかないので、振り向かずにそのまま敵と対峙していると、声の主はレネの脇から槍で急所を一突きして敵を殺した。

「代われっ!」

 素直にレネはカレルに前を譲った。

(よかった……)

 この様子だと、ベドジフたちもどうやらうまく合流できたようだ。
 狭い通路での戦いは自分よりも、槍使いのカレルの方が有利だ。
 後ろから団員たちが、次から次へとレネの所にやって来る。

「反対側からも盗賊たちが出て来てるから、お前は後ろに下がって、巫女さんたちを遠くに逃がすのを手伝ってやれ」

 レネは頷くと、ヤンやゼラと入れ違いながら回廊を抜けて、石柱群の外側へと出た。
 外には、先ほどまで一緒だったベドジフたち三人と、ダヴィドにボリスがいた。
 ヨナターンとテレザは、返り血を浴びたレネの姿を、まるで別人でも見るかのように凝視している。
 人殺しの場面を見たら、同じような態度をとる人間が大半なのでレネは慣れていた。

「全部で何人いた?」

 ベドジフは全体をざっと見回すだけで正確に人数を把握できる。

「三十二人」

「オレは五人やったけど、あんたは?」

「六人」

 二人で十一人倒したので残りは二十一人だ。

「三人で二十一か……」

 一人当たり七人の計算になるが、あの三人ならなんとかするだろう。

「よし、早くこの場から離れよう——」

「——待て! 宝珠を大人しくこちらに渡してもらおうか」

 予想外の方向から男たちがやって来る。

(どうして、こいつらが外へ!?)

 いつの間にか、アジトの入り口とは違う方向から三人の盗賊が現れると、レネたちに襲いかかった。
 よく見ると、首領のシャーウールもいる。

(クソっ……)

 元傭兵をまとめている男だ。弱いはずがない。厄介な相手と対峙することになり、レネは思わず舌打ちした。
 二人の男が村人から引き離すようにレネを挟むと、シャーウールが巫女へと向かう。

(やばいっ……)

 応戦しながらも、意識は宝珠を持つテレザの方へと行ってしまう。
 ボリスと接近戦が苦手なベドジフでは、シャーウール相手にテレザを守り切るのは難しいかもしれない。
 レネの視界の隅でシャーウールが、ダヴィドに斬りかかるのが見えた。

「ヨナターンっ!?」

 斬られたはずのダヴィドの声が聞こえる。
 ヨナターンの名を呼んでいるということは、ヨナターンがダヴィドを庇って父親に斬られたのだろうか?

「——おいおい、綺麗な兄ちゃん、そっちばかり気にしないで俺たちを相手してくれよ」

 気を取られている隙に、一人が後ろに回り込んでレネは男たちの一人から羽交い絞めにされる。

「マジでこいつ男かよ……」

 男は匂いを嗅ぐ犬のようにレネの首筋に鼻先を埋め、あろうことかそこに舌を這わせてきた。

「クソッ!」

 レネは腹筋を使って両膝を胸まで上げ、その反動で正面にいる男を両足で蹴り倒す。都合のいいことに、尻もちをついた際に男は持っていた剣を落とした。
 同時に後ろの男へ頭突きを食らわせ、手が緩んだ所を羽交い絞めから脱出する。

「ガッ……」

 額を押さえ痛さを堪える後ろの男の足の甲を、レネはサーベルで突き刺した。

「ぐわぁぁぁぁっ……」

 今度は正面の男が、体勢を整え回し蹴りを仕掛けてきた。

「グッ……」

 レネは左脇腹に敢えて回し蹴りを受けると、衝撃に呻き声が漏れる。
 しかし怯むことなく、逆手に持ったサーベルで男の首を刺した。
 サーベルをしならせ血を払うと、足を貫かれた背後の男へ向き直り、横薙ぎの攻撃を入れる。
 目の前の障害物は消した。

「——大丈夫かっ!」

 レネは急いで意識を切り替え村人たちの方へ向かうと、ベドジフとボリスがシャーウールと対峙していた。ベドジフは肩を斬られている。
 その後ろでは、血を流して倒れたヨナターンをテレザが必死に介抱し、二人を庇うようにダヴィドが立っていた。

「オレがやるから、二人は下がってろ」

 レネはボリスとベドジフと場所を入れ代わった。
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