菩提樹の猫

無一物

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3章 宝珠を運ぶ村人たちを護衛せよ

5 名誉挽回のために

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 それからと言うもの、ヨナターンとテレザは、あからさまにレネに冷たく接した。
 昼食の時も、テレザがみんなに淹れた茶が、レネの分だけただのお湯だった。
 姉のことがあるだけで、別にテレザにはなんの恨みもないし、誤解を解けばわかってもらえると思っている。
 しかし今は牽制のためこのままにしておいた方がいい。
 だからこんな笑って許せる嫌がらせなど、レネは特に気にしない。

 ヨナターンの場合は違った。
 あの男は、ダヴィドにまで嘘をついているし、このまま放置していい問題ではない。

(なんとかしないと……)

 重い空気が流れる中、いつの間にかオブロック橋を渡り、一晩過ごす予定の猟師小屋が見えてきた。
 川を越えて森に入ると気温が低くなってきた。きっと明日の朝は霜が降りるくらいに冷えるだろう。

(よかった。今日は野宿じゃない)

 寒さにあまり耐性がないレネは内心ホッとしていた。

「お前、後ろで言い争いしてなかったか?」

 小屋の横で、今日も狩りの準備をするレネを捕まえて、カレルが尋ねてくる。

「ああ……それね……」

 カレルに向かって力なく笑う。

「どうした?」

「オレ……昨日、ヨナターンが知らない猟師風の男と会ってたのを見ちゃったんだよ。ボリスに話そうと思ったけど、巫女さんがアレだろ? そうこうしてる内にヨナターンから言いがかりを付けられて、こっちもムッとして、男と会ってたことをダヴィドの前で本人に訊いたんだ。そうしたら急に怒りだしてこのざまだ。よけいなこと言ったって反省してるよ。——でもアイツちょっと怪しいと思うから、みんなにも言っといて」

 カレルは思わず肩をすくめる。

「馬鹿か……でもなんで巫女さんまでお前にキレてるんだ?」

 やはり傍から見ても、自分に対してだけ態度が違う風に見えるようだ。
 あまりよくない傾向だ。

「……言い争いをしてる時に、ボリスが顔出してなにごとか訊いてきたから『あんたが浮気ばかりしてるからだよ』ってついつい言っちゃったのを、巫女さんにまで聞かれたんだよ……」

 今思うと、これもよけいな一言だったなと、レネは後悔している。

「はぁ……」

 思わずため息が漏れる。

「そう落ち込むなよ……テレザについては、お前は完全にとばっちりだ。焚きつけたボリスが悪い。これ以上言いがかりをつけられないように気を付けろよ。俺たちは庇ってやれないからな」

 カレルはお調子者の一面もあるが、よく周りを見ている。気になることがあれば、こうやって話を聞いて色々アドバイスしてくれる。

「うん。わかってるよ……」

 レネは力なく頷く。
 弓矢を入念に点検しながら、狩り仲間のベドジフにも事情を説明した。

「そういうことなら、大物を狙って名誉挽回するしかないな」

 ベドジフは明るくレネの背中を叩く。
 昨日も村人たちはゼラの料理を喜んで食べていた。
 大物を獲ってきて、美味しい物を腹いっぱい食べたら、少しは機嫌を直してくれるかもしれない。

「うん、がんばるよ」

 弓矢を背中に背負って、二人はそれぞれ森の中へと別れて行った。


 移動の後の狩りは、身体の負担が大きい。
 しかし手ぶらでは帰れない。レネは疲れるのも顧みずに獲物を探して歩き回った。

 木の幹に巻き付いた蔦までも赤くなり、森の中は秋一色だ。
 落ち葉を踏みしめながら、その中を暫く彷徨っていると『クァークァー』という独特の鳴き声が聞こえた。
 レネは鳴き声のする方に向かって歩き出すと、視界を遮っていた木々が途切れ、目の前に池が現れた。

(やった、白鳥だっ!)

 歩きまわり身体は疲れていたが、池に集まる白鳥の群れを見つけ、レネは心の中で歓喜の声を上げた。
 白鳥の若鳥は美味だ。メストの市場でも高値で取引されている。
 こんなところで白鳥の群れに出会えるとは幸運だ。

 どこか適当に身を隠す場所を探す。
 池のほとりに生えるガマの草陰を見つけ、物音を立てないよう細心の注意を払って移動すると、じっと群れを観察した。

 レネは群れの中からまだ灰色の羽毛をした若鳥を探し出し狙いをつけると、物陰に身を潜め気配を殺し弓矢を構える。
 鳥たちは気付いた様子もなく水中で餌探しに夢中だ。
 はやる気持ちを抑えて平常心を保ち、レネは呼吸を整えた。

(……落ち着け)

 狙いを定めた若鳥に意識を同調させる。

 視界がぐんと狭くなり、目の前に若鳥がいるかのように大きく見える。
 聴覚が消え……そこにはレネと若鳥しか存在しなくなった。

(——今だ……)

 若鳥と自分が完全に同調した時、レネは力いっぱい弓を引いた。

 バサバサと音を立て、白鳥たちが池から一斉に飛び立つ。
 水面には……残された一羽の白鳥が浮いていた。

 レネはそれを確認し、先端に大きな掛け針を付けた縄を、仕留めた白鳥めがけて投げた。
 羽に針が掛かったのを確認すると、外れないように手繰り寄せる。
 白鳥はカモの十倍近く重さがあるので、慎重にやらないと難しい。

 岸まで無事に獲物を引き寄せると、首を掴み持ち上げた。
 ズシリと重い。

「はぁ……やった……」

 高揚感がレネの身体の疲れを吹っ飛ばす。
 村を出て二日間、護衛らしいことはまだなにもしていないので、村人たちとの信頼関係が築けていないのも無理はない。

 すっかり嫌われてしまったが、これで少しは関係が良くなればいいと思いながら、レネは帰路についた。
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