菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
38 / 473
2章 猫の休暇

11 治療を受けながら

しおりを挟む
◆◆◆◆◆

「なんでこんなとこに癒し手がいるんだよっ!?」

 気付いたらもといた部屋に運ばれ、暖かい色の光に包まれていた。
 原型がないほどボコボコになっていた顔を綺麗に治療されたヴィートは、信じられないものでも見るような目で、ボリスを見つめる。

 癒し手は、聖地シエトの神殿にいるのではないのか?
 幼いころ親にそう教えられた。
 妹が財布をすった人間がまさか癒し手だったなんて、思いもよらない事態に頭が混乱している。

「股間の方は大丈夫だったかい?」

 ニッコリと笑顔で訊かれ、ヴィートは顔を真っ赤にして「なんともねーよ」とそっぽを向いた。
 容赦なく蹴り上げられた股間はまだジンジンと疼くが、治療されている光景を想像しただけで寒気がする。

「大丈夫のようだね。さてと——次はレネ」

 今まで笑顔だったボリスが、いきなり真顔になると、ヴィートをボロクソになるまで殴り続けた男に向き直った。

「いいよ、大した傷じゃないし——おいっ!?」

 レネはボリスから有無を言わせずシャツを脱がされていた。
 先ほどまヴィートに対して圧倒的な強さを示していたのに、ボリスに対してはどこか弱気な態度だ。

 腕にはナイフによる無数の切り傷ができていた。あんな力で殴ったとは思えないくらい、細くしなやかな身体つきだ。
 白い肢体に視線が吸い込まれる。

 なんだかやましい気持ちになり、一度目を逸らそうとしたがヴィートは思い直す。
 相手は野郎だというのにどうした自分、普通にガン見してやればいいのだ。
 女じゃないのだ、なにを遠慮する必要がある。

 至極まっとうな理由を見つけ出し、今度は堂々とレネの身体を観察する。
 細い割には意外と大胸筋がある……なんて思っていると、慣れない鮮やかな色彩が飛び込んできて、途中で脳味噌が停止する。

(——ピンク……)

 ぶんぶんと顔を横に振って、結局ヴィートはレネから視線を外した。
 ヴィートは気を取り直して二人の会話に意識を集中させる。

「傷があるとアネタが心配するだろ。無茶ばかりして。どうして慣れない素手で相手しようなんて思ったんだ」

 ヴィートは、「なにが素手だ、あの手袋には絶対なにか仕込んであったろ?」と文句を言いたくなったが、ボリスにとってはそういう問題ではないのだろう。

「こいつはオレがボコボコにしないといけなかったんだよ」

 レネはヴィートを一瞥すると、満足げに目を細めてボリスを見つめる。
 そんなレネの様子を見て、ヴィートは飼い主の所に獲物を運ぶ猫にそっくりだと思った。
 飼い主は呆れて怒っているのに、猫は自分の仕事に満足して毛繕いしているみたいだ。

(じゃあやっぱり俺は獲物なのか?)

 ヴィートは改めて、腕の治療を受けるレネに目を向ける。
 黄色味を帯びた神秘的な光に包まれて、神々しいほどにレネの姿が輝いて見えた。

 ゾクゾクするような美しい男からボコボコにやられたかと思うと、なぜか今になって気分が高揚する。
 虫も殺さないような顔をして、いざ勝負になると一切容赦しない徹底的なレネの態度に痺れた。
 圧倒的な強さに、自分のすべてを差し出してひれ伏したくなった。

 本当は傷の治療なんてしてほしくない。
 レネに殴られた傷の痛みをもっと噛み締めたかった。
 自然と湧き出た気持ちに、ヴィートは動揺する。

(俺ってこんなアブナイ奴だったなんて知らなかった……)

 目の前にいる綺麗な男を眺めて——改めて疑問が浮かび上がる。

「あんたはいったい何者なんだよ……」
 人を傷つけることにまったく躊躇を見せない様子は、自分みたいなゴロツキなんかと一線を画すとヴィートは肌で感じていた。

「あーまだなんも話してなかったな。お前のこれからにも関わることだ」

(そうだった……)

 戦う前にレネが言っていた言葉を思い出す。まさか負けるとは思っていなかったのであまり深く考えていなかった。

『オレが勝ったらお前をオレの好きにさせろ』

 そういう約束で勝負をしていたのだ。
 自分は負けた。
 これからはこの美しい男の言いなりだ。

(俺はどこかで、暴れる自分を支配してくれる人間を求めていたのかもしれない……)

 こんなに満たされた気分になるのは、生まれて初めてだった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

転生して悪役になったので、愛されたくないと願っていたら愛された話

あぎ
BL
転生した男子、三上ゆうきは、親に愛されたことがない子だった 親は妹のゆうかばかり愛してた。 理由はゆうかの病気にあった。 出来損ないのゆうきと、笑顔の絶えない可愛いゆうき。どちらを愛するかなんて分かりきっていた そんな中、親のとある発言を聞いてしまい、目の前が真っ暗に。 もう愛なんて知らない、愛されたくない そう願って、目を覚ますと_ 異世界で悪役令息に転生していた 1章完結 2章完結(サブタイかえました) 3章連載

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

処理中です...