菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
37 / 473
2章 猫の休暇

10 猫のマウンティング

しおりを挟む

「ヴィート、オレともう一度勝負してみないか? お前が勝ったら、オレを煮るなり焼くなり好きにしていいぞ。そのかわりに、オレが勝ったらお前をオレの好きにさせろ」

「は?」

 レネは、ズボンのウエストとブーツに隠し持っていたナイフを取り出し、ボリスに預け、肘まである革の手袋をはめる。

「おい、レネ」

 その意味にすぐに気付いたデニスが止めようとするが、レネは無視して言葉を続ける。

「——オレは武器なしでいい。お前は好きな得物を使え」

「は?」

 自分ばかりが優勢な条件にヴィートは驚きの声を上げる。

「どうした? 負けるのが怖いのか?」

 わざとヴィートを煽るような言葉をかける。

「お前、舐めてんのか? 俺が勝ったら、お前みたいな綺麗な男を探してる人買いがいるから、そいつに売り付けてやる!」

 どこかで聞いたような話だが、ヴィートが乗り気になってきて良かった。後は簡単だ。

「はっ、勝手に言ってろ。裏庭に出てさっさとやるぞ」


 三人は廊下の突き当りにある扉から裏庭に出ると、植え込みを避けながら中央のなにもない場所まで移動する。

「お前たち、本当にやるのかい? まったく……」

「オレは本気。こうしないとこいつはわからないから」

 レネはボリスを真剣な顔で見つめる。

(あいつは、まだオレを舐めてる。そんな奴に口でなにを言っても聞き入れない)

 だったら叩きのめすしかない。

 ボリスが両者の間に入ると、二本の線を引いて二人を立たせる。
 背はレネの方が高いが相手の方が身体つきはしっかりしている。

 ヴィートはナイフを持った右手を手前に引いて構えた。
 実戦経験を積んだ無駄のない構えだ。まともに向き合って、こんな相手に素手で勝つ方法なんてない。

 それでもレネは、自分の方が有利な立場にあることを知っていた。

「降参した方が負けでいいな。危なかったら私が止める。ヴィート本当にいいのか?」

「俺よりあっちだろ?」

 ヴィートはナイフを鞘から出しながらレネの方に目配せする。
 無謀な条件を出したレネの方が、不利だと思っているからだろう。

「いいみたいだな。じゃあ二人とも位置について——始めっ!」

 ヴィートは迂闊に急所の腹を狙った攻撃をしてはこない。腹を狙うとどうしても動きが大きくなってしまう。
 前回やられたように最初の一撃を躱され、そのまま腕を押さえられナイフを奪われる可能性が高いからだ。
 左手で掴みかかりながら小さな攻撃を繰り返す。

 レネは機会を窺っていた。
 ナイフを持っている反対側に逃げたら相手の思うつぼだ。多少の攻撃は受けてもナイフを持った腕の外側に回り込みたい。
 胸の前に両手を構え守備の姿勢をとる。

 革の手の袋裏には金属の生地が縫い込んであるので、よっぽどザックリと斬られない限り大怪我にはならない。
 本気でレネを殺そうと思ったら、左手で髪か頭を掴んで首か腹を刺すのが確実なのだが、ヴィートの攻撃に戸惑いがあるのをレネは見逃さなかった。
 傷つけるのを恐れてか、顔さえも狙ってこない。

「やっぱり武器があった方がいいんじゃねーのか?」

 ヴィートはレネを挑発してくる。
 腕には防御の際にヴィートが付けた傷から血が流れていたが、レネは一向に気にしなかった。
 この闘いは手合わせではない。
 殺す気がないのに刃物を選んでいる時点で、ヴィートは判断を誤った。

『俺が勝ったら、お前みたいな綺麗な男を探してる人買いがいるから、そいつに売り付けてやる』

 ふざけた言葉を聞いた時点で、レネは勝利を確信していた。
 例え冗談だとしても、『綺麗な男』のまま相手を負かそうなんて発想が甘いと思った。
 血を流しても一向にかまう様子もないレネに、ヴィートは動揺している。
 このままだとレネをますます傷付けることになる。その前に決着を付けなくては……と。

 相手の心の動きを読み取りレネは内心ニヤリと笑った。
 大きく下から掬うように振り上げたヴィートの右腕を、レネは捉えガッチリと両腕で抱え直し、そのまま身体を入れて股間に容赦なく膝蹴りを入れた。

「ぐぅおっ!?」

 急所を蹴られた衝撃で、ヴィートはとうとうナイフを取り落としてしまった。
 レネは続けざまに腹を蹴り、その身体に乗上げマウントポジションをとる。

「ガッ……グっ…ッ……」

 そして容赦なく上から両手で交互に殴りつける。
 金属の埋め込まれた手袋をはめたパンチは強烈だ。殴るたびに血が飛び散り顔にかかろうとも、レネは攻撃の手を緩めない。

「ッァ……ッ……」

 顔なので命に関ることはないが、精神的ダメージは計りしれない。
 歯向かうことができないように、レネは殴り続ける。
 次第にヴィートの身体から力が抜けていった。

「やめっ!」

 ボリスの制止で勝負は決まった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

Ωの皇妃

永峯 祥司
BL
転生者の男は皇后となる運命を背負った。しかし、その運命は「転移者」の少女によって狂い始める──一度狂った歯車は、もう止められない。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...