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2章 猫の休暇
7 公園で日向ぼっこ
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◆◆◆◆◆
昨日の午後はレネが体調を崩していたこともあり、今日はレカ川の河口近くにある緑の多い公園でゆっくりと寛いでいた。
恋人たちが眺めの良いベンチに座りイチャイチャしている間に、レネは一人で公園内の散策をしていた。
河口を見下ろす高台にあるこの公園は、秋の気配が漂い木々も赤や黄色に色付いている。
川面が太陽の光をキラキラと反射して、レネは思わず目を細める。
こんなにゆっくりするなんて久しぶりだ。
本当は芝生にゴロンと寝そべって日光浴をしたかったが、そのまま寝入ってしまいそうでそれは我慢した。
(さっ、そろそろ昼飯のこと考えないとな)
太陽の光を浴び、すっかり良い気分で姉たちのいるベンチの方へと戻る。
「ほら、焼き栗売ってた」
アネタに油紙で包んだ熱い栗を差し出す。
「わーもうこんな季節なのねー」
気の利く弟に、途端に姉は笑顔を見せる。
「この年になると一年たつのが早いよ」
今年三十歳になるボリスが、苦笑いしながら栗に手を伸ばす。
それを聞いたアネタが、ハッとしたようにレネに向き直る。
「あんたいま二十でしょ? 誰かいい人いないの? 独りじゃさみしくない?」
意外な方向からきた姉からの攻撃に、レネは一瞬固まった。
(おせっかいおばさんみたいなこと言うなよ……)
「なに、やっぱり一緒にいたらオレお邪魔?」
とぼけた顔をして、姉を横目で窺った。
「そんなことないけど、あんなむさ苦しい集団の中にいたら潤いがないでしょ?」
綺麗に剥いた栗を見て満足した顔をすると、ポイっと口の中に入れながら、アネタは弟を睨む。
「だってさ……出会いもないし、メストにずっといるわけじゃないし、彼女作るなんて無理」
レネも栗の皮をぱりぱりと剥きながら自分の恋愛事情を話す。
「なにそれ、若いのに枯れすぎじゃない?」
「こういう仕事してると、それどころじゃないんだよ」
悟ったような顔をして、ホクホクとした実を口の中に入れる。
「レネはモテるんだけどね」
ボリスが、なにか匂わせて肩をすくめる。
「えっ、そうなの?」
アネタは興味津々で、身を乗り出してきた。
(これ以上言うなよ!)
レネはキッと睨んでボリスを牽制した。
ボリスは両手を上げ降参するが、レネはそれを無視して反撃を開始する。
「あんたの方がモテるじゃないか。姉ちゃんのために、オレはあんたが浮気しないよう見張ってんだからな」
仕返しだとばかりに、レネはアネタが知らないであろう情報を告げ口する。
「なにそれ? どういうこと?」
案の定、アネタが片眉を上げて興味を示すと、レネはしたり顔でボリスを見返し、ニヤリと笑う。
ボリスは額に手を当てながら溜息をついた。
(よし、困ってる困ってる)
「ボリスは背も高くて男前で、優しいだろ? みんなで飲みに行ったら、いっつも両手に花なんだから」
姉の恋人の弱みを握った気になり、レネは黄緑色の目をニッと細める。
「レネ……そういう顔をしてると、『猫』って呼ばれてる意味がよくわかるよ」
「そんなことより、ボリスなにやってんのよ、駄目じゃない!」
アネタは真剣な顔でボリスを睨む。自分の知らない所で、恋人が他の女と戯れ酒を飲んでいるのを、笑って許せるほど姉の懐は深くない。
「君が心配するようなことはなにもないよ。そんな時はね、レネを隣に呼んでちょっと肩を抱くと、女性はみんな尻尾を巻いて逃げていくから」
ボリスはニッコリと微笑んでアネタの頬を両手で包み込む。
しばらく見つめ合っていたアネタがいきなり吹きだした。
「ふっ、想像しただけで笑えてくる」
(ん?)
レネはなぜ姉が笑い出したのか事情が飲み込めず考え込む。
確かに、ボリスに女たちが群がっている時に、隣へ呼ばれることはよくある。彼女もいない自分に気を使って女たちに紹介してくれているんだと思っていたが——違うのだろうか?
「私が浮気しないように見張るんだろ? いつもすぐ隣で見てないと駄目だぞ」
「ははっ、ぜんぜんわからないって顔してる。我が弟ながら、そんな鈍感な所は可愛いわ」
さっきまでの険悪な雰囲気はどこへ行ったのだろうか、二人はまだ事情の飲み込めないレネを面白そうに見ていた。
形勢を逆転したと思ったのに、いつの間にかやり返されてる。ボリスにかかればレネなんて、簡単に子供扱いされてしまう。
「なんだよ二人して」
レネは歯噛みしながら、プイッとそっぽを向いた。きっとこの態度も子供っぽいと思われるのだろう。
(……あれ?)
さっき、一人で公園内を散歩していた時には感じなかった気配をレネは掴んだ。
「姉ちゃん、そろそろなんか食べようよ。腹減った……」
(このまま移動しても尾行してくるか?)
レネはベンチから立ち上がり、身体を伸ばして欠伸しながらも神経を張り巡らせて気配を探る。
「そうね、確かにお腹空いたかも」
「川辺の広場に、お昼時には屋台がたくさん出るから行ってみるかい?」
土地勘のあるボリスが提案する。
「いいね、サバパンあるかな?」
レネは一度食べて見たかった屋台料理を思い出す。
サバパンとは、炭焼きにしたサバを玉ねぎの薄切りと一緒に固いパンに挟んで、これでもかというほどレモンの搾り汁をかけたものだ。
「ポリスタブ名物だからね、屋台には必ずあるさ」
「じゃあ決まりね!」
昨日の午後はレネが体調を崩していたこともあり、今日はレカ川の河口近くにある緑の多い公園でゆっくりと寛いでいた。
恋人たちが眺めの良いベンチに座りイチャイチャしている間に、レネは一人で公園内の散策をしていた。
河口を見下ろす高台にあるこの公園は、秋の気配が漂い木々も赤や黄色に色付いている。
川面が太陽の光をキラキラと反射して、レネは思わず目を細める。
こんなにゆっくりするなんて久しぶりだ。
本当は芝生にゴロンと寝そべって日光浴をしたかったが、そのまま寝入ってしまいそうでそれは我慢した。
(さっ、そろそろ昼飯のこと考えないとな)
太陽の光を浴び、すっかり良い気分で姉たちのいるベンチの方へと戻る。
「ほら、焼き栗売ってた」
アネタに油紙で包んだ熱い栗を差し出す。
「わーもうこんな季節なのねー」
気の利く弟に、途端に姉は笑顔を見せる。
「この年になると一年たつのが早いよ」
今年三十歳になるボリスが、苦笑いしながら栗に手を伸ばす。
それを聞いたアネタが、ハッとしたようにレネに向き直る。
「あんたいま二十でしょ? 誰かいい人いないの? 独りじゃさみしくない?」
意外な方向からきた姉からの攻撃に、レネは一瞬固まった。
(おせっかいおばさんみたいなこと言うなよ……)
「なに、やっぱり一緒にいたらオレお邪魔?」
とぼけた顔をして、姉を横目で窺った。
「そんなことないけど、あんなむさ苦しい集団の中にいたら潤いがないでしょ?」
綺麗に剥いた栗を見て満足した顔をすると、ポイっと口の中に入れながら、アネタは弟を睨む。
「だってさ……出会いもないし、メストにずっといるわけじゃないし、彼女作るなんて無理」
レネも栗の皮をぱりぱりと剥きながら自分の恋愛事情を話す。
「なにそれ、若いのに枯れすぎじゃない?」
「こういう仕事してると、それどころじゃないんだよ」
悟ったような顔をして、ホクホクとした実を口の中に入れる。
「レネはモテるんだけどね」
ボリスが、なにか匂わせて肩をすくめる。
「えっ、そうなの?」
アネタは興味津々で、身を乗り出してきた。
(これ以上言うなよ!)
レネはキッと睨んでボリスを牽制した。
ボリスは両手を上げ降参するが、レネはそれを無視して反撃を開始する。
「あんたの方がモテるじゃないか。姉ちゃんのために、オレはあんたが浮気しないよう見張ってんだからな」
仕返しだとばかりに、レネはアネタが知らないであろう情報を告げ口する。
「なにそれ? どういうこと?」
案の定、アネタが片眉を上げて興味を示すと、レネはしたり顔でボリスを見返し、ニヤリと笑う。
ボリスは額に手を当てながら溜息をついた。
(よし、困ってる困ってる)
「ボリスは背も高くて男前で、優しいだろ? みんなで飲みに行ったら、いっつも両手に花なんだから」
姉の恋人の弱みを握った気になり、レネは黄緑色の目をニッと細める。
「レネ……そういう顔をしてると、『猫』って呼ばれてる意味がよくわかるよ」
「そんなことより、ボリスなにやってんのよ、駄目じゃない!」
アネタは真剣な顔でボリスを睨む。自分の知らない所で、恋人が他の女と戯れ酒を飲んでいるのを、笑って許せるほど姉の懐は深くない。
「君が心配するようなことはなにもないよ。そんな時はね、レネを隣に呼んでちょっと肩を抱くと、女性はみんな尻尾を巻いて逃げていくから」
ボリスはニッコリと微笑んでアネタの頬を両手で包み込む。
しばらく見つめ合っていたアネタがいきなり吹きだした。
「ふっ、想像しただけで笑えてくる」
(ん?)
レネはなぜ姉が笑い出したのか事情が飲み込めず考え込む。
確かに、ボリスに女たちが群がっている時に、隣へ呼ばれることはよくある。彼女もいない自分に気を使って女たちに紹介してくれているんだと思っていたが——違うのだろうか?
「私が浮気しないように見張るんだろ? いつもすぐ隣で見てないと駄目だぞ」
「ははっ、ぜんぜんわからないって顔してる。我が弟ながら、そんな鈍感な所は可愛いわ」
さっきまでの険悪な雰囲気はどこへ行ったのだろうか、二人はまだ事情の飲み込めないレネを面白そうに見ていた。
形勢を逆転したと思ったのに、いつの間にかやり返されてる。ボリスにかかればレネなんて、簡単に子供扱いされてしまう。
「なんだよ二人して」
レネは歯噛みしながら、プイッとそっぽを向いた。きっとこの態度も子供っぽいと思われるのだろう。
(……あれ?)
さっき、一人で公園内を散歩していた時には感じなかった気配をレネは掴んだ。
「姉ちゃん、そろそろなんか食べようよ。腹減った……」
(このまま移動しても尾行してくるか?)
レネはベンチから立ち上がり、身体を伸ばして欠伸しながらも神経を張り巡らせて気配を探る。
「そうね、確かにお腹空いたかも」
「川辺の広場に、お昼時には屋台がたくさん出るから行ってみるかい?」
土地勘のあるボリスが提案する。
「いいね、サバパンあるかな?」
レネは一度食べて見たかった屋台料理を思い出す。
サバパンとは、炭焼きにしたサバを玉ねぎの薄切りと一緒に固いパンに挟んで、これでもかというほどレモンの搾り汁をかけたものだ。
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