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1章 伯爵令息を護衛せよ
20 レネの正体
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馬車に揺られながら、レネは次第に意識を失っていった。
目を閉じたレネの顔をデニスはじっくりと観察する。
南方の血が混じったデニスの褐色の肌と比べると、レネの肌は白い。ドロステア人は全体的に赤みがかった肌色を持つ者が多く、レネのように抜けるような白い肌はあまり見かけなかった。
血の気を失った皮膚の薄い瞼は、薄いピンクを通り越して薄紫色で、灰色の長い睫毛と目の下の隈の色が同化して、よりいっそう痛々しく見えた。
アンドレイはロランドの言いつけを守り、足の間にレネの身体を入れ、後ろから抱え込むように上半身を密着させている。意識のないレネは子供に抱かれている大きな人形みたいだ。
押さえている傷口はドクドクと脈打ち、熱い血潮が感じられるのに、生きているようには見えなくて……デニスはそっとレネから目を逸らし、隣にいるカレルを見た。
(ずっと気になっていたことを訊かなくては……)
「おい、レネは何者なんだ? 全部説明しろ」
赤毛の男は仕方ないなという顔をすると、軽く伸びをして居住まいを正した。
「やっぱり騎士殿もびっくりした? こいつが強くて」
強さもだが、ヨーゼフと対峙している時のまるで別人のような気迫を思い出し、デニスは背筋が寒くなる。
「俺とロランドは伯爵から護衛の依頼が入ってすぐに、街道沿いにいるだろうあんたたち二人を探してたんだ。ついでに休暇中の同僚が一人近くにいるはずだから見つけ次第どっかで合流するつもりだった」
「えっ……お前たち、父上が付けた護衛だったのか⁉」
アンドレイが、驚いた声を上げる。
「リーパ護衛団っていう護衛専門の傭兵さ。——で、シェドナの宿の食堂でその同僚とあんたたちが一緒にいたからびっくりしてさ、捕まえて事情を訊いたんだよ」
「——レネもリーパの護衛だったのか……」
あの時カレルが、強引に酒に誘っていたのはそういうことだったのか、とデニスは一人納得する。
「レネは嘘ついてたんだ……」
アンドレイが裏切られたような悲しい顔をする。
「でもな、こいつも凹んでたみたいだぞ。護衛対象と知らず知らずのうちに旅してたなんて、そんな偶然なかなかないだろ? それにあんたたちだってこいつが『護衛です』って言っても信じなかっただろうし、言いたくても言い出せない状況だったんだ」
カレルたちと食堂で会った後に、レネの様子が変だったのは今でも覚えている。
デニスは、酔っ払いに絡まれてショックを受けてると勝手に思い込んで、ついでに『自分の外見が周りからどう見られているか自覚しろ』と説教した。いま思うとアンドレイが聞いてる前でかなり酷いことを言ったかもしれない。
プロの護衛なのにアンドレイの前であんなことを言われ、かなり自尊心が傷付けられただろう。弱いならまだしも、レネは一人で複数の傭兵を殺してしまうほどの腕を持ってるのだ。
可哀想なことをしたかもしれない……と、デニスは反省する。
そして、なにも知らないアンドレイにもちゃんと事情を説明しないといけない。
「俺も実はカレルとロランドが伯爵の付けた護衛だと途中から知ってたんだ。でも伯爵がお前には知られないようにって契約に条件を付けてたんだ。お前が知ったら反発して二人を近寄らせなかったろ?」
アンドレイは苦虫を噛みつぶしたような顔をしてデニスを見上げる。
「まあ……そうだけど、レネのことは知らなかったの?」
「幾つか疑問はあったが、まったく護衛だとは思ってもいなかった」
軍馬に乗ってることや、急にジェゼロではなくポリスタブまで行くことになったのも、都合がよすぎると思っていた。
正体がわからなかったから、昨日も脅しをかけてレネに迫った。
あの時も、言いたいけど言えないことがあるような苦しい顔をしていた。
(俺は、レネをずっと苦しめてたんだな……)
もう一つ、問いただしておかなければいけないことがある。
「そう言えば、ロランドはボリスを呼んでくるって言ってたけど、ボリスは医者なのか? 記憶違いじゃなければ、レネの知人でもあったと思うが?」
「ああ、書置きを読んだのか。実はそいつもリーパの団員だ」
まだ言っていなかったとばかりに、カレルは新たな情報を付け加える。
「知人ってのは嘘だったのか」
またリーパの団員が出てきた。デニスは怪訝な顔になる。
「でもレネは一つも嘘は言ってないぞ。ボリスとは元々ジェゼロで休暇を一緒に過ごすつもりだったけど、レネを待ってるうちに用事ができてポリスタブに行っちまったんだよ。書置きのアネタってのは、レネの姉ちゃんな」
アネタがレネの姉なのはわかったが、ボリスがどういう人物なのかいまいちわからない。
(ふつう同僚と一緒に休暇を過ごしたりするか?)
デニスは自分に当てはめて考えてみるが、よっぽど仲が良くない限りそんなことはしない。
「なんでロランドはそのボリスを呼びに行ったんだ?」
「まあ、会えばわかる」
目を閉じたレネの顔をデニスはじっくりと観察する。
南方の血が混じったデニスの褐色の肌と比べると、レネの肌は白い。ドロステア人は全体的に赤みがかった肌色を持つ者が多く、レネのように抜けるような白い肌はあまり見かけなかった。
血の気を失った皮膚の薄い瞼は、薄いピンクを通り越して薄紫色で、灰色の長い睫毛と目の下の隈の色が同化して、よりいっそう痛々しく見えた。
アンドレイはロランドの言いつけを守り、足の間にレネの身体を入れ、後ろから抱え込むように上半身を密着させている。意識のないレネは子供に抱かれている大きな人形みたいだ。
押さえている傷口はドクドクと脈打ち、熱い血潮が感じられるのに、生きているようには見えなくて……デニスはそっとレネから目を逸らし、隣にいるカレルを見た。
(ずっと気になっていたことを訊かなくては……)
「おい、レネは何者なんだ? 全部説明しろ」
赤毛の男は仕方ないなという顔をすると、軽く伸びをして居住まいを正した。
「やっぱり騎士殿もびっくりした? こいつが強くて」
強さもだが、ヨーゼフと対峙している時のまるで別人のような気迫を思い出し、デニスは背筋が寒くなる。
「俺とロランドは伯爵から護衛の依頼が入ってすぐに、街道沿いにいるだろうあんたたち二人を探してたんだ。ついでに休暇中の同僚が一人近くにいるはずだから見つけ次第どっかで合流するつもりだった」
「えっ……お前たち、父上が付けた護衛だったのか⁉」
アンドレイが、驚いた声を上げる。
「リーパ護衛団っていう護衛専門の傭兵さ。——で、シェドナの宿の食堂でその同僚とあんたたちが一緒にいたからびっくりしてさ、捕まえて事情を訊いたんだよ」
「——レネもリーパの護衛だったのか……」
あの時カレルが、強引に酒に誘っていたのはそういうことだったのか、とデニスは一人納得する。
「レネは嘘ついてたんだ……」
アンドレイが裏切られたような悲しい顔をする。
「でもな、こいつも凹んでたみたいだぞ。護衛対象と知らず知らずのうちに旅してたなんて、そんな偶然なかなかないだろ? それにあんたたちだってこいつが『護衛です』って言っても信じなかっただろうし、言いたくても言い出せない状況だったんだ」
カレルたちと食堂で会った後に、レネの様子が変だったのは今でも覚えている。
デニスは、酔っ払いに絡まれてショックを受けてると勝手に思い込んで、ついでに『自分の外見が周りからどう見られているか自覚しろ』と説教した。いま思うとアンドレイが聞いてる前でかなり酷いことを言ったかもしれない。
プロの護衛なのにアンドレイの前であんなことを言われ、かなり自尊心が傷付けられただろう。弱いならまだしも、レネは一人で複数の傭兵を殺してしまうほどの腕を持ってるのだ。
可哀想なことをしたかもしれない……と、デニスは反省する。
そして、なにも知らないアンドレイにもちゃんと事情を説明しないといけない。
「俺も実はカレルとロランドが伯爵の付けた護衛だと途中から知ってたんだ。でも伯爵がお前には知られないようにって契約に条件を付けてたんだ。お前が知ったら反発して二人を近寄らせなかったろ?」
アンドレイは苦虫を噛みつぶしたような顔をしてデニスを見上げる。
「まあ……そうだけど、レネのことは知らなかったの?」
「幾つか疑問はあったが、まったく護衛だとは思ってもいなかった」
軍馬に乗ってることや、急にジェゼロではなくポリスタブまで行くことになったのも、都合がよすぎると思っていた。
正体がわからなかったから、昨日も脅しをかけてレネに迫った。
あの時も、言いたいけど言えないことがあるような苦しい顔をしていた。
(俺は、レネをずっと苦しめてたんだな……)
もう一つ、問いただしておかなければいけないことがある。
「そう言えば、ロランドはボリスを呼んでくるって言ってたけど、ボリスは医者なのか? 記憶違いじゃなければ、レネの知人でもあったと思うが?」
「ああ、書置きを読んだのか。実はそいつもリーパの団員だ」
まだ言っていなかったとばかりに、カレルは新たな情報を付け加える。
「知人ってのは嘘だったのか」
またリーパの団員が出てきた。デニスは怪訝な顔になる。
「でもレネは一つも嘘は言ってないぞ。ボリスとは元々ジェゼロで休暇を一緒に過ごすつもりだったけど、レネを待ってるうちに用事ができてポリスタブに行っちまったんだよ。書置きのアネタってのは、レネの姉ちゃんな」
アネタがレネの姉なのはわかったが、ボリスがどういう人物なのかいまいちわからない。
(ふつう同僚と一緒に休暇を過ごしたりするか?)
デニスは自分に当てはめて考えてみるが、よっぽど仲が良くない限りそんなことはしない。
「なんでロランドはそのボリスを呼びに行ったんだ?」
「まあ、会えばわかる」
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