22 / 512
1章 伯爵令息を護衛せよ
20 レネの正体
しおりを挟む
馬車に揺られながら、レネは次第に意識を失っていった。
目を閉じたレネの顔をデニスはじっくりと観察する。
南方の血が混じったデニスの褐色の肌と比べると、レネの肌は白い。ドロステア人は全体的に赤みがかった肌色を持つ者が多く、レネのように抜けるような白い肌はあまり見かけなかった。
血の気を失った皮膚の薄い瞼は、薄いピンクを通り越して薄紫色で、灰色の長い睫毛と目の下の隈の色が同化して、よりいっそう痛々しく見えた。
アンドレイはロランドの言いつけを守り、足の間にレネの身体を入れ、後ろから抱え込むように上半身を密着させている。意識のないレネは子供に抱かれている大きな人形みたいだ。
押さえている傷口はドクドクと脈打ち、熱い血潮が感じられるのに、生きているようには見えなくて……デニスはそっとレネから目を逸らし、隣にいるカレルを見た。
(ずっと気になっていたことを訊かなくては……)
「おい、レネは何者なんだ? 全部説明しろ」
赤毛の男は仕方ないなという顔をすると、軽く伸びをして居住まいを正した。
「やっぱり騎士殿もびっくりした? こいつが強くて」
強さもだが、ヨーゼフと対峙している時のまるで別人のような気迫を思い出し、デニスは背筋が寒くなる。
「俺とロランドは伯爵から護衛の依頼が入ってすぐに、街道沿いにいるだろうあんたたち二人を探してたんだ。ついでに休暇中の同僚が一人近くにいるはずだから見つけ次第どっかで合流するつもりだった」
「えっ……お前たち、父上が付けた護衛だったのか⁉」
アンドレイが、驚いた声を上げる。
「リーパ護衛団っていう護衛専門の傭兵さ。——で、シェドナの宿の食堂でその同僚とあんたたちが一緒にいたからびっくりしてさ、捕まえて事情を訊いたんだよ」
「——レネもリーパの護衛だったのか……」
あの時カレルが、強引に酒に誘っていたのはそういうことだったのか、とデニスは一人納得する。
「レネは嘘ついてたんだ……」
アンドレイが裏切られたような悲しい顔をする。
「でもな、こいつも凹んでたみたいだぞ。護衛対象と知らず知らずのうちに旅してたなんて、そんな偶然なかなかないだろ? それにあんたたちだってこいつが『護衛です』って言っても信じなかっただろうし、言いたくても言い出せない状況だったんだ」
カレルたちと食堂で会った後に、レネの様子が変だったのは今でも覚えている。
デニスは、酔っ払いに絡まれてショックを受けてると勝手に思い込んで、ついでに『自分の外見が周りからどう見られているか自覚しろ』と説教した。いま思うとアンドレイが聞いてる前でかなり酷いことを言ったかもしれない。
プロの護衛なのにアンドレイの前であんなことを言われ、かなり自尊心が傷付けられただろう。弱いならまだしも、レネは一人で複数の傭兵を殺してしまうほどの腕を持ってるのだ。
可哀想なことをしたかもしれない……と、デニスは反省する。
そして、なにも知らないアンドレイにもちゃんと事情を説明しないといけない。
「俺も実はカレルとロランドが伯爵の付けた護衛だと途中から知ってたんだ。でも伯爵がお前には知られないようにって契約に条件を付けてたんだ。お前が知ったら反発して二人を近寄らせなかったろ?」
アンドレイは苦虫を噛みつぶしたような顔をしてデニスを見上げる。
「まあ……そうだけど、レネのことは知らなかったの?」
「幾つか疑問はあったが、まったく護衛だとは思ってもいなかった」
軍馬に乗ってることや、急にジェゼロではなくポリスタブまで行くことになったのも、都合がよすぎると思っていた。
正体がわからなかったから、昨日も脅しをかけてレネに迫った。
あの時も、言いたいけど言えないことがあるような苦しい顔をしていた。
(俺は、レネをずっと苦しめてたんだな……)
もう一つ、問いただしておかなければいけないことがある。
「そう言えば、ロランドはボリスを呼んでくるって言ってたけど、ボリスは医者なのか? 記憶違いじゃなければ、レネの知人でもあったと思うが?」
「ああ、書置きを読んだのか。実はそいつもリーパの団員だ」
まだ言っていなかったとばかりに、カレルは新たな情報を付け加える。
「知人ってのは嘘だったのか」
またリーパの団員が出てきた。デニスは怪訝な顔になる。
「でもレネは一つも嘘は言ってないぞ。ボリスとは元々ジェゼロで休暇を一緒に過ごすつもりだったけど、レネを待ってるうちに用事ができてポリスタブに行っちまったんだよ。書置きのアネタってのは、レネの姉ちゃんな」
アネタがレネの姉なのはわかったが、ボリスがどういう人物なのかいまいちわからない。
(ふつう同僚と一緒に休暇を過ごしたりするか?)
デニスは自分に当てはめて考えてみるが、よっぽど仲が良くない限りそんなことはしない。
「なんでロランドはそのボリスを呼びに行ったんだ?」
「まあ、会えばわかる」
目を閉じたレネの顔をデニスはじっくりと観察する。
南方の血が混じったデニスの褐色の肌と比べると、レネの肌は白い。ドロステア人は全体的に赤みがかった肌色を持つ者が多く、レネのように抜けるような白い肌はあまり見かけなかった。
血の気を失った皮膚の薄い瞼は、薄いピンクを通り越して薄紫色で、灰色の長い睫毛と目の下の隈の色が同化して、よりいっそう痛々しく見えた。
アンドレイはロランドの言いつけを守り、足の間にレネの身体を入れ、後ろから抱え込むように上半身を密着させている。意識のないレネは子供に抱かれている大きな人形みたいだ。
押さえている傷口はドクドクと脈打ち、熱い血潮が感じられるのに、生きているようには見えなくて……デニスはそっとレネから目を逸らし、隣にいるカレルを見た。
(ずっと気になっていたことを訊かなくては……)
「おい、レネは何者なんだ? 全部説明しろ」
赤毛の男は仕方ないなという顔をすると、軽く伸びをして居住まいを正した。
「やっぱり騎士殿もびっくりした? こいつが強くて」
強さもだが、ヨーゼフと対峙している時のまるで別人のような気迫を思い出し、デニスは背筋が寒くなる。
「俺とロランドは伯爵から護衛の依頼が入ってすぐに、街道沿いにいるだろうあんたたち二人を探してたんだ。ついでに休暇中の同僚が一人近くにいるはずだから見つけ次第どっかで合流するつもりだった」
「えっ……お前たち、父上が付けた護衛だったのか⁉」
アンドレイが、驚いた声を上げる。
「リーパ護衛団っていう護衛専門の傭兵さ。——で、シェドナの宿の食堂でその同僚とあんたたちが一緒にいたからびっくりしてさ、捕まえて事情を訊いたんだよ」
「——レネもリーパの護衛だったのか……」
あの時カレルが、強引に酒に誘っていたのはそういうことだったのか、とデニスは一人納得する。
「レネは嘘ついてたんだ……」
アンドレイが裏切られたような悲しい顔をする。
「でもな、こいつも凹んでたみたいだぞ。護衛対象と知らず知らずのうちに旅してたなんて、そんな偶然なかなかないだろ? それにあんたたちだってこいつが『護衛です』って言っても信じなかっただろうし、言いたくても言い出せない状況だったんだ」
カレルたちと食堂で会った後に、レネの様子が変だったのは今でも覚えている。
デニスは、酔っ払いに絡まれてショックを受けてると勝手に思い込んで、ついでに『自分の外見が周りからどう見られているか自覚しろ』と説教した。いま思うとアンドレイが聞いてる前でかなり酷いことを言ったかもしれない。
プロの護衛なのにアンドレイの前であんなことを言われ、かなり自尊心が傷付けられただろう。弱いならまだしも、レネは一人で複数の傭兵を殺してしまうほどの腕を持ってるのだ。
可哀想なことをしたかもしれない……と、デニスは反省する。
そして、なにも知らないアンドレイにもちゃんと事情を説明しないといけない。
「俺も実はカレルとロランドが伯爵の付けた護衛だと途中から知ってたんだ。でも伯爵がお前には知られないようにって契約に条件を付けてたんだ。お前が知ったら反発して二人を近寄らせなかったろ?」
アンドレイは苦虫を噛みつぶしたような顔をしてデニスを見上げる。
「まあ……そうだけど、レネのことは知らなかったの?」
「幾つか疑問はあったが、まったく護衛だとは思ってもいなかった」
軍馬に乗ってることや、急にジェゼロではなくポリスタブまで行くことになったのも、都合がよすぎると思っていた。
正体がわからなかったから、昨日も脅しをかけてレネに迫った。
あの時も、言いたいけど言えないことがあるような苦しい顔をしていた。
(俺は、レネをずっと苦しめてたんだな……)
もう一つ、問いただしておかなければいけないことがある。
「そう言えば、ロランドはボリスを呼んでくるって言ってたけど、ボリスは医者なのか? 記憶違いじゃなければ、レネの知人でもあったと思うが?」
「ああ、書置きを読んだのか。実はそいつもリーパの団員だ」
まだ言っていなかったとばかりに、カレルは新たな情報を付け加える。
「知人ってのは嘘だったのか」
またリーパの団員が出てきた。デニスは怪訝な顔になる。
「でもレネは一つも嘘は言ってないぞ。ボリスとは元々ジェゼロで休暇を一緒に過ごすつもりだったけど、レネを待ってるうちに用事ができてポリスタブに行っちまったんだよ。書置きのアネタってのは、レネの姉ちゃんな」
アネタがレネの姉なのはわかったが、ボリスがどういう人物なのかいまいちわからない。
(ふつう同僚と一緒に休暇を過ごしたりするか?)
デニスは自分に当てはめて考えてみるが、よっぽど仲が良くない限りそんなことはしない。
「なんでロランドはそのボリスを呼びに行ったんだ?」
「まあ、会えばわかる」
86
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
愛とは呼ばないでください。
蒼空くらげ
BL
『これよりレイン・マーガレット・の処刑を始める!!』
狂ったのは僕か世界か君か?
とある罪で処刑されたはずのレインだが、処刑された10年後にレンという公爵家の三男(16)として生まれ変わっていて自分がレイン・マーガレットだったと思い出した。
新たな人生やり直しだ!と意気込んだのに、過去の知り合い達がレンを放って置くはずもなくて?!?!
「溺愛?愛?いえ!結構です!!今世は自由に生きたいので放って置いてください!!」
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2
はねビト
BL
地味顔の万年脇役俳優、羽月眞也は2年前に共演して以来、今や人気のイケメン俳優となった東城湊斗になぜか懐かれ、好かれていた。
誤解がありつつも、晴れて両想いになったふたりだが、なかなか順風満帆とはいかなくて……。
イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
男の子だと思って拾ったガキが実は女の子で数年ぶりに再会したら団を仕切っていた
けんたん
ファンタジー
「ガキってめえ親は?」こちらを見つめるが反応しない子を見捨てるに見捨てれず拾い俺が作った傭兵団に連れて行く。
「あの団長流石に子供を連れてくるのはいかがものかと?」
「はっしかたねーだろ、例の依頼で行った先で一人呆けていたんだ。あのまま放っといたほうがよっぽどひどい野郎になっちまうよ」
「仕方ないですね。その子は私がしっかり保護しますから団長はほら王国からの緊急依頼です。」
「せっかく戻ってゆっくり出来るかと思ったのにな、しかたねーそろそろこのくだらない戦も終わるだろうからもうひと頑張りしようかね」
「そのガキ頼んだぞ、おい、ボウズ戻ってくるまでにもう少し元気な姿になっとけよ。またな」
「あっだっ団長この子はっては〜行っちゃったか。まったく困ったものね、この子どう見ても女の子なのにね〜」「・・・・・」
これは1つの勘違いから始まった少女の物語の始まり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる