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1章 伯爵令息を護衛せよ
12 虹鱒亭
しおりを挟むカレルが馬で迎えに来てくれたので、思っていたよりも早くジェゼロに到着すると、レネは急いで鈴蘭通りの[虹鱒亭]に向かった。
「おやじっ、荷物ここ置かせてくれ。お前はこの書置き持って」
荷物を宿の亭主に預けると、カレルはレネに紙切れを渡し、勢いよく肩に担ぎあげた。
「なんだよっ⁉ いきなりっ……」
レネはあたふたと暴れるが、カレルから片手で太ももの辺りを固定されると身動きが取れない。
きっと傍から見たら、獲物の鹿みたいに担がれ、暴れている様は滑稽に見えるだろう。
「こらっ、暴れるな! 階段の上から落とすぞ!」
子供にお仕置きでもするかのように、カレルはちょうど顔の横にある尻をパチンと叩く。
「うわっ⁉」
ビクッと身体を震わせ、目の前に広がる十数段の段差から放り出される恐怖に身を竦める。
(なんで、オレがこんなこと……)
レネはカレルのぞんざいな扱いに憤りを感じながらも、抵抗しても無駄に体力を消耗するだけだと悟り脱力した。
「そうそう、そうやってしおらしくしてればいいんだよ」
カレルは、まるで軽い荷物を持つようにズンズンと進んで行く。レネの視界からはゆらゆら揺れる廊下の板張りしか見えない。
「どうだ、坊ちゃんの様子は」
「今は薬を飲んで眠ってる」
相変わらずレネの視界からは床しか見えないが、声から推測するに、アンドレイが休んでいる部屋の前で見張りをしているロランドに話しかけているのだろう。自分のことなどまるで見えてないような二人の会話は癪に障るが、今はアンドレイの様子の方が気になった。
ノックとともにカレルは部屋の中へと入る。
「連れて来たぞ」
「おい、大丈夫か?」
肩に担がれているレネを見て、デニスは驚きの声を上げる。
「ほいっ」という掛け声とともに床に降ろされたレネは、ぐらぐら揺られて来たせいか平衡感覚が戻らず床にへたり込んでしまった。なんとか立ち上がるとアンドレイのいる寝台へと向かい、寝台の横の椅子へ座るデニスに容体を尋ねる。
「熱は?」
「薬を飲んで今は落ち着いてる」
レネは毛布に包まれ眠るアンドレイを確認してホッとすると、今までの疲れがドッと出てきた。
「お前の気転のお陰で大事にならずに済んだ。ありがとう」
デニスはレネに向かって頭を下げた。
「え、そんな……頭なんて下げないでくださいよ」
いきなり真摯な態度をとったデニスに、レネは戸惑う。
「お前が無事にここに辿り付けなかったらどうしようと思ってた。よかった無事で……」
「まあ、俺が迎えに行ってあげたからね」
カレルが「レネの無事なのは自分のお陰だ」と言わんばかりに、会話の中に割り込んでくると、デニスは呆れた顔をして、カレルを見る。
「迎えに行ってくれたのはありがたいが、もう少し扱い方があるだろう……そんなことしてるとよけいに嫌われるぞ」
デニスからの苦言を受けても、まるでそれが誉め言葉だと言わんばかりに、カレルはニヤリと笑って部屋を出ていった。
(デニスさんが優しい……?)
あんなに冷たい対応をしていたデニスが、なぜ自分に対して優しくなったのかとレネは首を傾げた。
「そう言えば……お前は知り合いの所に行くんじゃないのか?」
デニスは洗面器で濡らしたタオルを絞り、アンドレイの額の上に乗せる。
核心の話題が来たと、レネは身構える。
「それが……困ったことになったんです」
レネはカレルの筋書き通りに説明して、自分もポリスタブまで向かわなければいけないことを告げる。カレルから渡された書置きをデニスに見せた。
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用事ができたので、先にアネタと一緒にポリスタブへ行きます。
ボリス
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さっき渡されたばっかりだったので、レネ自身も初めて読む書置きの内容を読んで戦慄した。
(——なにこれっ……本人の字じゃん⁉)
それは、休暇を一緒に過ごすはずだった人物の字で書き綴られていた。
(カレルが適当に内容を書いたんだと思ってたのに……)
もしかしてこの内容も事実で、わざわざ、カレルがボリスの所を訪ねて書いてもらったのだろうか……。
レネは、驚愕して言葉を失った。
「そんなこともあるのか……」
渡された書置きを読んで、デニスも溜息をつく。
「オレがここに来るのが遅くなったんで、知人も待ちきれなかったのかもしれません……」
読み終わった書置きをデニスから返されると、それを手に乗せたままレネは俯いた。
演技ではない。本当にレネは落胆していた。
「そんな落ち込むなよ。俺たちののろまな歩きに付き合わせたせいだな……そのままポリスタブまで一緒に行くか?」
「……よろしくお願いします」
愕然としたまま、レネは力なく頷く。
「そうと決まれば、お前も風呂に入って身体を温めてくるといい」
「デニスさんは?」
「俺はもう入ったから大丈夫だ」
よく見れば服も着替えているし、きっとロランドがデニスと交代でアンドレイの看病をしていたのだろう。
レネも疲れていたし、言葉に甘えて少し休むことにした。
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