菩提樹の猫

無一物

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1章 伯爵令息を護衛せよ

7 強力な助っ人

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◆◆◆◆◆

 レネがアンドレイの手を引いて逃げたのを確認すると、デニスは剣を構え男たちと対峙した。
 顔じゅう髭に覆われた男の攻撃を避けたが、腕を掠って血が滲む。

「相手は一人だッ、怯むなよっ!」

 道の両側から挟んできた敵の片側を、突っ切って活路を開き二人を逃したので、デニスが通さない限り敵は狙いのアンドレイには近づけない。しかしいくら腕に自信があるとはいえ、一人で相手するには賊の数が多すぎた。

「クソッ……」

 デニスが悪態をついたその時、馬が駆ける蹄の音が鳴り響く。

 馬に跨って現れた二人の男が、あっという間に複数の刺客たちをなぎ倒す。武装した男たちに怯むことなく、まるで騎士のように馬の扱いを心得ていた。

「——助太刀する!」

 そう叫ぶと、槍を持った赤毛の青年は馬から降り苦戦するデニスに加勢した。

「こっちは俺たちがなんとかするんで、あんたは坊ちゃんの方に賊が行かないよう守ってくれ」

 もう一人の優男もレイピアを抜くと赤毛の男の後に続いた。

(……坊ちゃん? この男たちはアンドレイの正体を知っているのか?)

 デニスがよけいなことに頭を使っている間にも、助太刀に入った二人は次々と賊を倒していく。
 助太刀を申し出るだけあり、どちらも見事な戦いぶりだ。

 純粋に剣の腕を磨くのと実戦とはまったくの別物だ。この二人は複数の敵と対峙し戦うことに手慣れている。
 その姿に負けじとばかりに、デニスも剣で敵を薙ぎ払う。

「——よし、終わったか?」

「ああ」

 赤毛の男は槍の血を振り払いながら、周りを見渡す。
 すべての賊たちが道端に倒れていた。まだ息のある者もいれば死んでいる者もいた。

「助太刀かたじけない」

 デニスは改めて助けに入った二人を見る。
 派手な顔立ちの赤毛の青年と、アッシュブロンドの優男。

(どこかで、見覚えが……)

「あんたたちは昨日宿の食堂にいた……?」

 レネにちょっかいを出していた連中だ。
 部屋に戻ってきた時にそうとう参っていた様子だったので、この二人から質の悪いイタズラでもされたのかと思っていた。その場に放置してきたのは自分だが、デニスは少し罪悪感に駆られていたのだ。

 そんな男たちから助けられるとは、複雑な心境だ。

「——あなたに話しておかないといけないことがある」

 改まって、優男が話を切り出してきた。その表情はいたって真剣だ。

「私はリーパ護衛団から派遣されたロランド」

「同じく俺はカレル」

 続けて赤毛の男も名を名乗る。

(リーパ護衛団だって⁉)

 二人の自己紹介を聞いてデニスは固まる。
 腕に覚えのある人間なら誰もが知る、護衛専門の傭兵団の名前が出てきたので、デニスは事態の大きさを改めて知る。

「じゃあ、あんたたちはリンブルク伯爵から……」

 チェスタから伯爵に早馬を使って手紙を送っていたので、もうそろそろなんらかの反応があるだろうとは思っていた。

「そうだ。話が早くて助かる。伯爵から御子息をポリスタブまで無事に守り抜くよう依頼された。伯爵は誰が御子息の命を狙っているかもご存知のようだ」

 ロランドが手短に説明を加える。

「でも問題は、坊ちゃまには俺たちが伯爵に依頼された護衛だってことは黙ってろってことなんだよ」

 カレルは困った顔をしてデニスを見る。

「伯爵もよく自分の息子をわかってらっしゃる。あいつはあんたたちが、父親が付けた護衛だと知ったら、絶対に受け入れない」

 親子の難しい関係を知るデニスは苦笑する。
 護衛だとバレないように警護するなど、依頼を請けた方はたまったもんじゃないだろう。

「やっぱりそうなのか……めんどくせー親子だな。とりあえず俺たちはこのまま旅人の振りを続けて、またなにかあったらちょくちょく顔を出すからよろしく」

 カレルは片目をつぶって、陽気に挨拶する。

「正直、俺一人でどうしようかと困っていたところだ」

 いきなりの展開であるが、伯爵が寄こした護衛は、デニスにとって頼もしい存在だった。

「じゃあそういうことで話を合わせておこう」

 ロランドはそう言うと、それぞれ逃げていたレネの馬と自分たちの馬を集めに行った。
 内緒話が終わったので、デニスはアンドレイたちが逃げた方向に振り返り叫ぶ。

「アンドレイ、レネ、無事か?」

 呼びかけに応じ、少し離れた横の藪から二人がゴソゴソと姿を現す。

「大丈夫だった?」

 アンドレイが心配そうな顔で、デニスの下に走ってくる。
 まだ小さかった頃のように、ぽすっとデニスの腰に抱きついてきた。久しぶりのその行為に、デニスは温かいものがジンワリと心の中に広がって行くのを感じた。

(俺は絶対こいつを守る)

 アンドレイの背を優しく叩くと、デニスは微笑した。

「デニスさんも笑うことあるんですね」

 とつぜん割り込んできた第三者の声に、デニスはふと我に返る。
 レネが意外なものを見たような目でこっちを見つめていた。

「お前は、俺をなんだと思ってるんだ……」

 渋面で睨み返したが、レネは黄緑色の目を見開き、他のことに気をとられていた。

「——猫ちゃーん無事だったかい?」

 いつの間にか近くに来ていたカレルが、レネに抱きついていたのだ。

「お前はっ、昨日レネを虐めてた奴だろっ!」

 その様子を見ていたアンドレイは、敵愾心を剥き出しにしてカレルに吠えた。

「アンドレイ……⁉」

 とつぜんの豹変に、レネは驚きのあまり名前を呼んだまま固まっている。
 デニスはカレルの正体を先ほど知ったので、冷静に事態を観察する余裕があった。

「虐めたってひどい言いようだな……どっちかと言やあ俺の方が虐められたぞ」

 そう言うと、カレルは苦笑いしながら腕を捲る。そこには赤紫色に変色した歯形がくっきり残っていた。

「あ……昨日レネの口に血がついてたのって……」

 アンドレイは昨日のレネの様子を思い出して合点がいったようだ。

(こいつも意外とやるんだな……)

 デニスはどうでもいいことに感心していた。

「馬鹿め、お前は猫の扱いがぜんぜんわかってないからそんな目に遭うんだよ」

 ロランドがレネの馬を引いて来て本人に渡すと、呆れ顔でカレルを見た。

「あ、ありがとう」

 レネは素直にロランドに礼を言う。
 礼を言われたロランドはカレルの方を向いて、これ見よがしにニヤリと笑った。

 この男たち……任務中だというのに人をからかう余裕を見せている。だがこれも護衛だとバレないようにアンドレイを騙す演技なのだとしたら、仕事熱心だともいえた。

「アンドレイも、カレルとロランドに礼を言っとけ。二人が助太刀してくれたから、助かったんだぞ」

 デニスはアンドレイを護衛二人の方に向かせ、礼をするように促す。

「助けてくれてありがとう。でも、レネに手を出すな」

 アンドレイは、何人もの男たちを切り倒した屈強な青年二人に、礼を言いながらも睨みつけた。
 デニスは我が主の思わぬ反撃に苦笑する。
 こう見えても、切れ者と名高いリンブルク伯爵の嫡男。まだまだ世間知らずだが、気の強い所がある。
 キャンキャン吠える子犬みたいだと呆れながらも、剣を捧げる騎士として少しだけ誇らしい気持ちになる。

「ほう、俺に口出しするとはいい度胸だ。でも命を狙われてるのはお前だろ? それに巻き込まれて猫ちゃんが賊に攫われないように助太刀したんだからな。こっちは勝手にやらせてもらうぞ」

 カレルはレネの頬を撫でると、余裕たっぷりの顔でアンドレイにウインクして見せる。

「……」

 痛いところを突かれ、アンドレイは悔しそうに歯噛みする。

(なるほど。レネに気のある振りをしていれば、アンドレイはこの二人が絶対自分の護衛だとは思わないな……)

 昨日レネにちょっかいを出したのも、ここへ繋げるための行動だったのかとデニスは感心する。

「もう日が傾きかけて来た。急がなきゃ歩きだと日があるうちに次の村まで辿り着かない。後は二人で片付けとくから、早く行った方がいい」

 ロランドが先に行くように急かす。
 死体の後処理など汚れ仕事だ。旅先でなにも知らない相手に、ふつうはここまで親切はしない。事情を知らなかったら、なにか裏があるのではないかとデニスは怪しんだだろう。
 そんな剣を持つ者の事情など知らないレネは、能天気に答える。

「確かに、次はシルニス村だったかな……急がないと夜になるかも。この人たちどうせ馬だし任せましょう」

 レネは色々ちょっかいを出されているせいか、この護衛二人に気を遣う素振りはない。

 戦いの後処理もリーパの任務の一環だと思うと、デニスもロランドの言葉に素直に甘えることができる。
 それにデニスの最優先事項は、主であるアンドレイを守ることだ。

「この辺りは夜になったら今より物騒になるから急ごう。助太刀だけでなく後始末まで頼むとは申し訳ない」

「なに、いいってことよ」

 カレルが気にするなと手を上げて、さっそく作業にとりかかる。
 まだ息のある者もいるし、敵の情報を聞き出すのはこの二人に任せた方がいいだろう。
 デニスは、怪我した敵に尋問する様子をアンドレイには見せたくなかった。
 
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