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4 黒く塗りつぶされる心
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◆◆
レーリオは自分が出した無理な条件を、断られるものとばかり思っていた。
しかしシリルは、以前に自分と別れてまでも断った件を、あの小僧のために了承した。
(俺の時は別れるほど嫌がったくせに、あいつのためならやれるのか……)
自分で話を振っておきながら、レーリオは突きつけられた現実に目の前が真っ黒になった。
ロメオが除名処分になれば、またシリルとよりを戻すことができるかもしれないと甘く考えていた。
『このことは絶対ロメオには黙っておいてくれ』
シリルはなによりも大切な者を守るかのように言い残し、公園から去っていった。
初めてシリルと出会ったのは、仕事で行商人として忍び込んでいた隣国レロの貴族の屋敷だった。それも古代王朝の血を受け継ぐとされる最古参の名門貴族だ。
こんなに美しい少年がこの世に存在するのかと我が目を疑った。
一目惚れだった。
古代王朝の血を引く証と言われるその淡藤色の瞳は、特にレーリオの心をとらえた。
シリルは庶子で、ゆくゆくは自分の息子を脅かす存在になるかもしれないと恐れた正妻から殺されそうになっていた。そんな少年を攫って、レーリオはセキアへと連れ帰り一緒に暮らしはじめた。
世間知らずのシリルに、レーリオは仕事や私生活も一から全て教えた。なにも知らなかった真っ白な存在を、自分色へと染めていくのがなによりも快感だった。
レーリオもシリルと同じく貴族の家に生まれ、ゆくゆくはその家督を継がなければいけない身だったが、シリルと一緒に自由気ままに暮らしていた。
シリルとラバトで生活しながら組織で活動を続けるためには、大金が必要だった。
実家から金を得るために、好きでもない相手と結婚し跡取りを作るという最低限の義務も果たした。これに関してシリルが嫉妬するかと思ったが、貴族の出であるからなのか、それとも自分自身が愛人の子だからなのか、案外すんなりと受け入れられた。
それもそうだろう。貴族にとって家柄の合う相手と結婚し後継者を残すことは、恋愛感情を挟むものではなく、ただの義務であり、人生の中の一行事でしかない。
もう一つ問題があった。
神の存在した古代王朝時代の古文書を盗むついでに、庶子とはいえ、そこの息子まで連れ去ってきたレーリオに、他のメンバーたちから非難の声があがった。
しかし、シリルは非常に賢い少年だった。レーリオが盗み出してきた古文書は、暗号をちりばめた古代語で書かれており、組織の中に誰も解読できる者がおらず手を焼いていた。そんな古文書の暗号をシリルが次々と読み解いていったので、表立ってシリルを攫ってきたレーリオをとやかく言う声はなくなった。
シリルの居場所をもっと強固なものへとするために、レーリオは盗賊業にも力を入れ組織での自分の発言権を強めていった。
同業者に手柄を横取りされないよう、情報収集も自らの手で行った。ターゲットとなる屋敷の女中を篭絡するのに手間がかかったが、レーリオは好んでその手を使った。例え情報を漏らしたことが主にバレたとしても、女たちは決してレーリオのことを喋ったりはしなかった。
シリルはこの手の方法を嫌っていたようだったが、レーリオは結果を残すことは後々彼のためになると思って続けた。
そんな自負があったので、シリルも仕事を成功させるために人前で抱かれるくらいやってくれると思っていた。他人に抱かれるのではない、抱くのは恋人の自分だ。
しかし、シリルはそれをよしとせず、自分から逃げるように離れていってしまった。
最初は、仕事も一人で上手くやれずに、すぐに自分の所へと戻ってくるだろうと高を括っていた。だが他の盗賊団の仲間から入ってきた噂を聞いてレーリオは愕然とする。
シリルが一人の少年を新たな相方にして熱心に仕事をこなしているというのだ。
(——そんな馬鹿なことがあるはずない!)
レーリオはシリルが新しく移り住んだ書店通りに足を運ぶと、そこで信じられない光景を目撃する。
恥ずかしがり屋で、人前では恋人らしいことをすることも許さなかったシリルが、噂の少年と手を繋いで通りを歩いていたのだ。
(俺を捨てて、あの少年を選んだのか……)
初めてロメオを目にしたレーリオの心の中は真っ黒に塗りつぶされた。
あの日から、十歳以上も年下のロメオを目の敵にしている。
そして……シリルは今回もロメオを選んだ。
「——若い恋人がそんなにいいのかよっ!」
目の前の花壇に咲いている赤黒いダリアの花をとって手の中で握り潰す。指の間から零れ出る花びらが、まるで血のようだ。
こうなったら、二人の関係を滅茶苦茶にしてやりたい。
「約束通りロメオには黙っておいてやるよ……」
いいことを思いつき、レーリオはニヤリと口を歪ませて笑った。
レーリオは自分が出した無理な条件を、断られるものとばかり思っていた。
しかしシリルは、以前に自分と別れてまでも断った件を、あの小僧のために了承した。
(俺の時は別れるほど嫌がったくせに、あいつのためならやれるのか……)
自分で話を振っておきながら、レーリオは突きつけられた現実に目の前が真っ黒になった。
ロメオが除名処分になれば、またシリルとよりを戻すことができるかもしれないと甘く考えていた。
『このことは絶対ロメオには黙っておいてくれ』
シリルはなによりも大切な者を守るかのように言い残し、公園から去っていった。
初めてシリルと出会ったのは、仕事で行商人として忍び込んでいた隣国レロの貴族の屋敷だった。それも古代王朝の血を受け継ぐとされる最古参の名門貴族だ。
こんなに美しい少年がこの世に存在するのかと我が目を疑った。
一目惚れだった。
古代王朝の血を引く証と言われるその淡藤色の瞳は、特にレーリオの心をとらえた。
シリルは庶子で、ゆくゆくは自分の息子を脅かす存在になるかもしれないと恐れた正妻から殺されそうになっていた。そんな少年を攫って、レーリオはセキアへと連れ帰り一緒に暮らしはじめた。
世間知らずのシリルに、レーリオは仕事や私生活も一から全て教えた。なにも知らなかった真っ白な存在を、自分色へと染めていくのがなによりも快感だった。
レーリオもシリルと同じく貴族の家に生まれ、ゆくゆくはその家督を継がなければいけない身だったが、シリルと一緒に自由気ままに暮らしていた。
シリルとラバトで生活しながら組織で活動を続けるためには、大金が必要だった。
実家から金を得るために、好きでもない相手と結婚し跡取りを作るという最低限の義務も果たした。これに関してシリルが嫉妬するかと思ったが、貴族の出であるからなのか、それとも自分自身が愛人の子だからなのか、案外すんなりと受け入れられた。
それもそうだろう。貴族にとって家柄の合う相手と結婚し後継者を残すことは、恋愛感情を挟むものではなく、ただの義務であり、人生の中の一行事でしかない。
もう一つ問題があった。
神の存在した古代王朝時代の古文書を盗むついでに、庶子とはいえ、そこの息子まで連れ去ってきたレーリオに、他のメンバーたちから非難の声があがった。
しかし、シリルは非常に賢い少年だった。レーリオが盗み出してきた古文書は、暗号をちりばめた古代語で書かれており、組織の中に誰も解読できる者がおらず手を焼いていた。そんな古文書の暗号をシリルが次々と読み解いていったので、表立ってシリルを攫ってきたレーリオをとやかく言う声はなくなった。
シリルの居場所をもっと強固なものへとするために、レーリオは盗賊業にも力を入れ組織での自分の発言権を強めていった。
同業者に手柄を横取りされないよう、情報収集も自らの手で行った。ターゲットとなる屋敷の女中を篭絡するのに手間がかかったが、レーリオは好んでその手を使った。例え情報を漏らしたことが主にバレたとしても、女たちは決してレーリオのことを喋ったりはしなかった。
シリルはこの手の方法を嫌っていたようだったが、レーリオは結果を残すことは後々彼のためになると思って続けた。
そんな自負があったので、シリルも仕事を成功させるために人前で抱かれるくらいやってくれると思っていた。他人に抱かれるのではない、抱くのは恋人の自分だ。
しかし、シリルはそれをよしとせず、自分から逃げるように離れていってしまった。
最初は、仕事も一人で上手くやれずに、すぐに自分の所へと戻ってくるだろうと高を括っていた。だが他の盗賊団の仲間から入ってきた噂を聞いてレーリオは愕然とする。
シリルが一人の少年を新たな相方にして熱心に仕事をこなしているというのだ。
(——そんな馬鹿なことがあるはずない!)
レーリオはシリルが新しく移り住んだ書店通りに足を運ぶと、そこで信じられない光景を目撃する。
恥ずかしがり屋で、人前では恋人らしいことをすることも許さなかったシリルが、噂の少年と手を繋いで通りを歩いていたのだ。
(俺を捨てて、あの少年を選んだのか……)
初めてロメオを目にしたレーリオの心の中は真っ黒に塗りつぶされた。
あの日から、十歳以上も年下のロメオを目の敵にしている。
そして……シリルは今回もロメオを選んだ。
「——若い恋人がそんなにいいのかよっ!」
目の前の花壇に咲いている赤黒いダリアの花をとって手の中で握り潰す。指の間から零れ出る花びらが、まるで血のようだ。
こうなったら、二人の関係を滅茶苦茶にしてやりたい。
「約束通りロメオには黙っておいてやるよ……」
いいことを思いつき、レーリオはニヤリと口を歪ませて笑った。
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