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2 盗賊団のお仕事
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翌日の夜。
ロメオは黒い服を身に着け、自分の部屋の窓から屋根の上へと移動する。
この仕事を手伝うようになって、シリルが三階に住んでいる理由がわかった。それはこっそりと外へ出かけやすいからだ。
シリルには翻訳家以外にもう一つの仕事があった。
ロメオたちの暮らすセキア、北のレロ、東のドロステア、いわゆる西国三国と呼ばれる三つの王国は、二千年前は一つの国だった。しかし内紛があり国が分裂してしまう。
国を守護していた五柱の神たちも、癒しの神以外は、全て天へと帰ってしまった。火・水・地・雷を司る神たちがこの地を去ることで、人々が恩恵を受けていた魔法の力も同時に失われる。
現在使える魔法と言えば、癒しの神が力を与える治癒魔法のみだ。
もう一度、この地を去った四柱と契約を結ぶことができれば、失われた魔法が復活する。そのためには神器をそろえ契約の儀式を行う必要があった。
失われた神の力を蘇らせる目的で、各国に散った神器を再び集めるべく結成された組織が【復活の灯火】という秘密結社だ。
古代王朝にゆかりのある人々の間で結成されたこの組織は、セキア、レロ、ドロステアの三国に散らばる神々と由縁のある品々を、各地のメンバーたちが集めている。
その方法は、導き石という不思議な力の宿った石を使い、神器を探り当て盗んでくるというものだ。秘密結社というよりも盗賊団と呼んだほうがしっくりくる。
盗賊団と言っても、集団で行動し略奪や殺人をくりかえす野蛮な者たちとは違う。普段はペアを組んで、古代王朝にゆかりのある貴族や豪商の屋敷に忍びこんでは、こっそりと神器を盗みだすという地味な活動だ。危険が迫ったとき以外は、人を傷つけたりしない。
シリルも【復活の灯火】のメンバーの一人で、セキアを中心に活動をしている。
以前の相方と別れシリルが一人で活動していた時期に、たまたまシリルの部屋へこそ泥へ入ったロメオが、そのピッキングの技術を認められ、相方として盗賊の仕事を手伝うようになった。
いつもはシリルと二人で仕事をするのだが、他の盗賊たちと仕事をする時もある。
今回がそれで、ロメオは貴族の屋敷にある小箱の解錠を頼まれた。
別によくあることなので問題はない。しかしロメオの中でモヤモヤするのが、その相手がシリルの元相方だという点だ。
(あいつは嫌だ……)
ロメオは建物の屋根を軽々と飛び越えながら、貴族の邸宅が並ぶ区画へと移動していく。通りを挟むときは脚力だけでは飛び移れないので、鈎針状の金具を付けた縄を向かいの建物へ投げて、その縄をつたって通りを渡っていく。
下の道を歩いたほうが早いが、夜間の見廻組に顔を見られるとやっかいなので、盗賊たちは屋根の上を移動するのを好んだ。
貴族たちの邸宅が並ぶ区画は、建物が繋がっておらず、一軒一軒が広い敷地を持ち高い塀で囲んであった。
ここからは屋根を下りて、それぞれの門に立っている門番たちから見つからないように、気配を消しながら、目的の場所へと近付いていく。
今回忍び込む貴族の屋敷までやって来ると、ロメオは周囲に誰もいないことを確認する。
(——よし)
先程も使っていた金具の付いた縄を投げて塀に引っかけると、その縄を掴んで塀をよじ登り中へと入っていった。
「……遅かったな。どっかで捕まったのかと思ったぞ」
邸宅の裏庭の大きな木の幹に佇む人物が一人、ロメオに向かって声をかけてくる。
「そんなことあるかよ」
遅れたわけでもないのにいちいち嫌味を言ってくる男をロメオは睨みつける。
警備の目が厳しい塀の外で落ちあうよりも、庭の中へ入ってしまったほうが安全だということで、裏庭のシンボルツリーの下を待ち合わせ場所にしていた。
真夜中の暗闇でも、その男がシリルとは対象的な精悍な美男であることがわかる。
二人が仕事でペアを組んでいて、なにもなかったはずがない。
他の盗賊からチラリと聞いた話だが、二人はどうやら恋人関係にあったらしい。
なにが原因で仕事のコンビを解消したかは知らないが、この男——レーリオがまだシリルに未練を残しているのがビシビシと伝わってくる。
なぜなら、現在の相方であるロメオに対してやたらと敵意を向けてくるからだ。
そんな男から仕事の協力を依頼されたときはなにかの間違いだと思った。
しかし話を詳しく聞いていくと、納得いく答えが帰ってきた。今回のお宝は、厳重に鍵のかけられた小箱に入っており、レーリオ一人では解錠が無理だと判断し、ピッキングを得意とするロメオへと仕方なく頼むことになったようだ。
自分に仕事が回ってきた理由に納得はしたものの、ロメオとて全てを解錠できるわけではない。
(俺が開けられる鍵だといいんだけど……)
こんな男の前で失敗はしたくないが、不安はある。
盗賊たちは事前の情報収集を徹底的に行う。シリルはそれを専門に行う仲間へ委託しているが、独占欲の強いレーリオのやり方は違った。
盗み出した品は組織が買い取るが、関わった人数が多いほど懐に入る金額が減る。レーリオはその恵まれた容姿で屋敷に出入りする侍女を籠絡し、自ら情報を引き出してから盗みに入り利益を独占するのだ。
そんな男が、助っ人を呼ぶのは不本意なことだろう。それもロメオは目の敵にしているシリルの新しい相方だ。
失敗は許されない。
「目的の物は、二階にある書斎の中だ。隣の部屋から行くぞ」
バルコニーがある部屋の隣に、レーリオの目指す書斎がある。
二人は庭からバルコニーへよじ登り、ロメオが扉の鍵を開けると部屋の中へと侵入する。
そこは来客用の部屋になっていて無人だ。こういった情報も、レーリオが侍女から上手いこと聞き出した成果だ。
部屋の中から通路側の扉をそっと開いて、埋め込まれた夜光石の光にぼんやりと照らされる廊下の様子をロメオは観察する。
「——誰もいない」
「よし、書斎の扉の鍵を開けろ」
ロメオは足音を殺して、隣の重厚な木の扉の前に行き、鍵穴に専用の道具を差し込んで、ピッキングを開始した。
「できた」
このように普通の扉は比較的簡単に開く。
二人は暗い書斎の中へと身体を滑り込ませ、レーリオは道具入れから取り出した小さな夜光石で周りを照らす。あまり明るいと外に光が漏れるかもしれないので、この仕事では極力小さな石を使う。
「俺が見張っとくから、早くそこにある小箱の鍵を開けてくれ」
レーリオが入り口の扉を少し引いて、廊下の見張りをしている間に、ロメオは真鍮の小箱を慎重に棚から取り出し、構造を確認する。
(うわ……結構複雑だな)
ロメオの見立てだと、この箱は二重構造になっていて、外側の鍵を開けても、内側にも鍵のかかった箱がもう一つあるはずだ。
本当は小箱ごと盗み出して後で鍵を開けたほうが手っ取り早い。
しかし目に付きやすい箱ごとなくなれば泥棒が入ったとすぐに大騒ぎになるだろう。中身だけ盗めば、中を確認しない限り犯行が発覚せず、時間稼ぎになるので、今回は現場で開錠する必要があった。
これは腰を据えて取り掛からなければいけないかもしれない。
奮起して作業に入ろうとした時、肘が思わず棚に飾ってあった陶器の皿に触れる。
「……あっ_!?_」
咄嗟に声を上げたが、もう遅い。
陶器の割れる音がシン……と静まり返った屋敷中に響き渡った。
ロメオは黒い服を身に着け、自分の部屋の窓から屋根の上へと移動する。
この仕事を手伝うようになって、シリルが三階に住んでいる理由がわかった。それはこっそりと外へ出かけやすいからだ。
シリルには翻訳家以外にもう一つの仕事があった。
ロメオたちの暮らすセキア、北のレロ、東のドロステア、いわゆる西国三国と呼ばれる三つの王国は、二千年前は一つの国だった。しかし内紛があり国が分裂してしまう。
国を守護していた五柱の神たちも、癒しの神以外は、全て天へと帰ってしまった。火・水・地・雷を司る神たちがこの地を去ることで、人々が恩恵を受けていた魔法の力も同時に失われる。
現在使える魔法と言えば、癒しの神が力を与える治癒魔法のみだ。
もう一度、この地を去った四柱と契約を結ぶことができれば、失われた魔法が復活する。そのためには神器をそろえ契約の儀式を行う必要があった。
失われた神の力を蘇らせる目的で、各国に散った神器を再び集めるべく結成された組織が【復活の灯火】という秘密結社だ。
古代王朝にゆかりのある人々の間で結成されたこの組織は、セキア、レロ、ドロステアの三国に散らばる神々と由縁のある品々を、各地のメンバーたちが集めている。
その方法は、導き石という不思議な力の宿った石を使い、神器を探り当て盗んでくるというものだ。秘密結社というよりも盗賊団と呼んだほうがしっくりくる。
盗賊団と言っても、集団で行動し略奪や殺人をくりかえす野蛮な者たちとは違う。普段はペアを組んで、古代王朝にゆかりのある貴族や豪商の屋敷に忍びこんでは、こっそりと神器を盗みだすという地味な活動だ。危険が迫ったとき以外は、人を傷つけたりしない。
シリルも【復活の灯火】のメンバーの一人で、セキアを中心に活動をしている。
以前の相方と別れシリルが一人で活動していた時期に、たまたまシリルの部屋へこそ泥へ入ったロメオが、そのピッキングの技術を認められ、相方として盗賊の仕事を手伝うようになった。
いつもはシリルと二人で仕事をするのだが、他の盗賊たちと仕事をする時もある。
今回がそれで、ロメオは貴族の屋敷にある小箱の解錠を頼まれた。
別によくあることなので問題はない。しかしロメオの中でモヤモヤするのが、その相手がシリルの元相方だという点だ。
(あいつは嫌だ……)
ロメオは建物の屋根を軽々と飛び越えながら、貴族の邸宅が並ぶ区画へと移動していく。通りを挟むときは脚力だけでは飛び移れないので、鈎針状の金具を付けた縄を向かいの建物へ投げて、その縄をつたって通りを渡っていく。
下の道を歩いたほうが早いが、夜間の見廻組に顔を見られるとやっかいなので、盗賊たちは屋根の上を移動するのを好んだ。
貴族たちの邸宅が並ぶ区画は、建物が繋がっておらず、一軒一軒が広い敷地を持ち高い塀で囲んであった。
ここからは屋根を下りて、それぞれの門に立っている門番たちから見つからないように、気配を消しながら、目的の場所へと近付いていく。
今回忍び込む貴族の屋敷までやって来ると、ロメオは周囲に誰もいないことを確認する。
(——よし)
先程も使っていた金具の付いた縄を投げて塀に引っかけると、その縄を掴んで塀をよじ登り中へと入っていった。
「……遅かったな。どっかで捕まったのかと思ったぞ」
邸宅の裏庭の大きな木の幹に佇む人物が一人、ロメオに向かって声をかけてくる。
「そんなことあるかよ」
遅れたわけでもないのにいちいち嫌味を言ってくる男をロメオは睨みつける。
警備の目が厳しい塀の外で落ちあうよりも、庭の中へ入ってしまったほうが安全だということで、裏庭のシンボルツリーの下を待ち合わせ場所にしていた。
真夜中の暗闇でも、その男がシリルとは対象的な精悍な美男であることがわかる。
二人が仕事でペアを組んでいて、なにもなかったはずがない。
他の盗賊からチラリと聞いた話だが、二人はどうやら恋人関係にあったらしい。
なにが原因で仕事のコンビを解消したかは知らないが、この男——レーリオがまだシリルに未練を残しているのがビシビシと伝わってくる。
なぜなら、現在の相方であるロメオに対してやたらと敵意を向けてくるからだ。
そんな男から仕事の協力を依頼されたときはなにかの間違いだと思った。
しかし話を詳しく聞いていくと、納得いく答えが帰ってきた。今回のお宝は、厳重に鍵のかけられた小箱に入っており、レーリオ一人では解錠が無理だと判断し、ピッキングを得意とするロメオへと仕方なく頼むことになったようだ。
自分に仕事が回ってきた理由に納得はしたものの、ロメオとて全てを解錠できるわけではない。
(俺が開けられる鍵だといいんだけど……)
こんな男の前で失敗はしたくないが、不安はある。
盗賊たちは事前の情報収集を徹底的に行う。シリルはそれを専門に行う仲間へ委託しているが、独占欲の強いレーリオのやり方は違った。
盗み出した品は組織が買い取るが、関わった人数が多いほど懐に入る金額が減る。レーリオはその恵まれた容姿で屋敷に出入りする侍女を籠絡し、自ら情報を引き出してから盗みに入り利益を独占するのだ。
そんな男が、助っ人を呼ぶのは不本意なことだろう。それもロメオは目の敵にしているシリルの新しい相方だ。
失敗は許されない。
「目的の物は、二階にある書斎の中だ。隣の部屋から行くぞ」
バルコニーがある部屋の隣に、レーリオの目指す書斎がある。
二人は庭からバルコニーへよじ登り、ロメオが扉の鍵を開けると部屋の中へと侵入する。
そこは来客用の部屋になっていて無人だ。こういった情報も、レーリオが侍女から上手いこと聞き出した成果だ。
部屋の中から通路側の扉をそっと開いて、埋め込まれた夜光石の光にぼんやりと照らされる廊下の様子をロメオは観察する。
「——誰もいない」
「よし、書斎の扉の鍵を開けろ」
ロメオは足音を殺して、隣の重厚な木の扉の前に行き、鍵穴に専用の道具を差し込んで、ピッキングを開始した。
「できた」
このように普通の扉は比較的簡単に開く。
二人は暗い書斎の中へと身体を滑り込ませ、レーリオは道具入れから取り出した小さな夜光石で周りを照らす。あまり明るいと外に光が漏れるかもしれないので、この仕事では極力小さな石を使う。
「俺が見張っとくから、早くそこにある小箱の鍵を開けてくれ」
レーリオが入り口の扉を少し引いて、廊下の見張りをしている間に、ロメオは真鍮の小箱を慎重に棚から取り出し、構造を確認する。
(うわ……結構複雑だな)
ロメオの見立てだと、この箱は二重構造になっていて、外側の鍵を開けても、内側にも鍵のかかった箱がもう一つあるはずだ。
本当は小箱ごと盗み出して後で鍵を開けたほうが手っ取り早い。
しかし目に付きやすい箱ごとなくなれば泥棒が入ったとすぐに大騒ぎになるだろう。中身だけ盗めば、中を確認しない限り犯行が発覚せず、時間稼ぎになるので、今回は現場で開錠する必要があった。
これは腰を据えて取り掛からなければいけないかもしれない。
奮起して作業に入ろうとした時、肘が思わず棚に飾ってあった陶器の皿に触れる。
「……あっ_!?_」
咄嗟に声を上げたが、もう遅い。
陶器の割れる音がシン……と静まり返った屋敷中に響き渡った。
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