異世界結晶女子〜地味スキル『超常記憶』を駆使してお金を稼ごうと思います〜

長縄 蓮花

文字の大きさ
上 下
2 / 2

2話 藍色の美少年

しおりを挟む


「イテテ!! さっきあんだけ買ってやったのにまだ腹減ってたとか阿呆な事抜かしてんのか!? どんだけ燃費わりぃーんだよ!」

 あれはたしか……皇国上院議員のサラザース・グラリア様。
 温厚優秀で誰からも慕われる希代の若手政治家がなんでこんな所に……?

 隣には緑のフードを目深に被りながら、議員の腕を強く掴んでいる謎の小さな人物。
 反対の手には『シュルバ工房』と書かれた紙袋を握っている。

「あ、あの……グラリア議員殿……ど、どうなさいました?」

 議員はなんとか謎の人物の腕を振り解き右胸に輝く議員バッチを直すと、歩み寄って来た私に頭を下げる。

「朝から騒がしくて大変申し訳ない。皇章更新試験を受けにきたのだが、この馬鹿が腹が減ったとうるさくてつい大声を出してしまった……にしても姉ちゃんどっかで会ったか?」

「あ、ええと……」

「――グラリアのケチ……」

 私が答えようとした時、謎の人物は拗ねたように愚痴を吐き捨てる。
 ちょこんと座るローブの人物の声は想像よりも高く、何故か懐かしくも感じられた。


「おっまっえなぁー。誰のコネを使って正真正銘ラストの再再々試験までしてもらってると思うんだぁ? 俺様がいなけりゃ今頃お前は無職なんだぞ……! 全くどうやってあの『晶結祭』を突破したのか……」

「うるさいなー。ボクんとこの『晶結祭』なんて強けりゃなんでも良かったんだもん」

 呆れた返答にポリポリと頭を掻く議員。

「まぁいいお嬢さん。悪いんだがこの馬鹿を試験会場まで連れてってくれないか? 私はこれからボルドーニ王国の外務事務次官と会合があるもので――」

「あ、あとコイツ今は機嫌悪いけどごめんな」

「はい。かしこまりました」

 そう言って議員は再試験受付票を私に渡すとさっさと出て行ってしまった。

「馬鹿って……。ボクの方が年上なのに……」

 ベンチから立ち上がったフードの人物はせいぜい140センチあればいいという子供サイズ。
 
「では試験会場までご案内いたします」

 再試験会場までの道中は謎の緊張感に包まれていた。
 それは妙にイライラした様子の子供? が手に持っていた紙袋を限界まで握りつぶしていたから。

 見かねた私は恐る恐る話しかける。

「あの……もしかしてパンなどはお好きでしょうか……?」

「――なんでだい?」

 あからさまに無愛想な返答。
 これだからお高く止まった結晶師は嫌なんだよね。
 もう少し言い方ってもんがあるでしょ……。

「先程紙袋に『シュルバ工房』と書かれていたのをお見かけしました。そのお店のクリームパンでしたら休憩室に2個ほど余っていたはずです――」

 その瞬間ピタッと足を止めるフードの人物。

「あ、あの……?」

「――いいから続けて。それで?」

 身長相応の高い声に高圧的な語気がなんともミスマッチな感じ。

 普段結晶師から受ける横暴な態度よりもこっちの方が新鮮な分、尚更不快に感じてしまうのは私の器が狭いのだろうか。

「もし試験前に腹拵えされるようでしたら、今すぐ持って来ますがいかがでしょうか?」

 次の瞬間、私は結晶師の本気を見た。

 それもなぜか集会所の古びた廊下で。

 ドンっ!
 と床から大きな音がしたと思ったら、褐色クリスタルのように美しい瞳を持つ美少年が先程の態度とは打って変わって私の両手を包み込むように握っている。

「ホントかい!? いいの!? 君は神様の生まれ変わりかい!? それとも天使様の友達かなにかかな!?」

 幾ら何でも菓子パン2個で言い過ぎじゃない?

「――! あの……それでは持って来て参りますので少々お待ちください……」

 突然の出来事に私は上ずった声音を残し、その場から逃げるように走り去る。

 こんな反応しか出来ない自分が情けなかった。
 でも同時に仕方ないよと自分を慰める天使も心に存在した。

 両親を早くに失くし、生まれてこの方美少年はもとい男性ともまともに接点を持ってこなかった芋女には早すぎる行為だったのだもの……。

「はぁ……。絶対変な女だと思われた……」

 なんとか休憩室に戻った私は、お昼用に買っておいたパン達をロッカーから取り出すと、そのまま同じルートを逆走する。

 走る理由は特に無いが、とても落ち着いてなどいられない心理状況なのが走る原動力だったは確か。
 
「お、早いねー。お嬢さん」

 フードを取った美少年。
 紫光石のように美しい藍髪は腰まで伸び、その髪が撫でるのは握り拳ほどの小さな輪郭。

 身長こそ子供サイズだが神々しさまで感じる存在感は、今まで私が接客して来た結晶師とは明らかに違ったものに感じた。

「――試験会場はこのまま進んでもらって二つ目の角にあります……では失礼します」

 その圧倒的存在感に気圧された私はなるべく目を合わさないように近づき、袋に包んだパンを彼に渡すと地面だけを見ながらデスクに帰った。


 
「――だ、だいじょぶ?」

 性になく息を乱し暖炉の熱も相まってダラダラと汗を流す私を、キョトンと見つめるレンティさんを無視しながら書類仕事に戻る。

 インプスリファ……エンレーン……オシュクリス……カロヴァ……――

 完璧に整頓された記憶から教皇国に伝わる多神を名前順に一柱ずつ脳内で読み上げる。

 これは私なりの現実逃避とも言える行動だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...