異世界結晶女子〜地味スキル『超常記憶』を駆使してお金を稼ごうと思います〜

長縄 蓮花

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2話 藍色の美少年

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「イテテ!! さっきあんだけ買ってやったのにまだ腹減ってたとか阿呆な事抜かしてんのか!? どんだけ燃費わりぃーんだよ!」

 あれはたしか……皇国上院議員のサラザース・グラリア様。
 温厚優秀で誰からも慕われる希代の若手政治家がなんでこんな所に……?

 隣には緑のフードを目深に被りながら、議員の腕を強く掴んでいる謎の小さな人物。
 反対の手には『シュルバ工房』と書かれた紙袋を握っている。

「あ、あの……グラリア議員殿……ど、どうなさいました?」

 議員はなんとか謎の人物の腕を振り解き右胸に輝く議員バッチを直すと、歩み寄って来た私に頭を下げる。

「朝から騒がしくて大変申し訳ない。皇章更新試験を受けにきたのだが、この馬鹿が腹が減ったとうるさくてつい大声を出してしまった……にしても姉ちゃんどっかで会ったか?」

「あ、ええと……」

「――グラリアのケチ……」

 私が答えようとした時、謎の人物は拗ねたように愚痴を吐き捨てる。
 ちょこんと座るローブの人物の声は想像よりも高く、何故か懐かしくも感じられた。


「おっまっえなぁー。誰のコネを使って正真正銘ラストの再再々試験までしてもらってると思うんだぁ? 俺様がいなけりゃ今頃お前は無職なんだぞ……! 全くどうやってあの『晶結祭』を突破したのか……」

「うるさいなー。ボクんとこの『晶結祭』なんて強けりゃなんでも良かったんだもん」

 呆れた返答にポリポリと頭を掻く議員。

「まぁいいお嬢さん。悪いんだがこの馬鹿を試験会場まで連れてってくれないか? 私はこれからボルドーニ王国の外務事務次官と会合があるもので――」

「あ、あとコイツ今は機嫌悪いけどごめんな」

「はい。かしこまりました」

 そう言って議員は再試験受付票を私に渡すとさっさと出て行ってしまった。

「馬鹿って……。ボクの方が年上なのに……」

 ベンチから立ち上がったフードの人物はせいぜい140センチあればいいという子供サイズ。
 
「では試験会場までご案内いたします」

 再試験会場までの道中は謎の緊張感に包まれていた。
 それは妙にイライラした様子の子供? が手に持っていた紙袋を限界まで握りつぶしていたから。

 見かねた私は恐る恐る話しかける。

「あの……もしかしてパンなどはお好きでしょうか……?」

「――なんでだい?」

 あからさまに無愛想な返答。
 これだからお高く止まった結晶師は嫌なんだよね。
 もう少し言い方ってもんがあるでしょ……。

「先程紙袋に『シュルバ工房』と書かれていたのをお見かけしました。そのお店のクリームパンでしたら休憩室に2個ほど余っていたはずです――」

 その瞬間ピタッと足を止めるフードの人物。

「あ、あの……?」

「――いいから続けて。それで?」

 身長相応の高い声に高圧的な語気がなんともミスマッチな感じ。

 普段結晶師から受ける横暴な態度よりもこっちの方が新鮮な分、尚更不快に感じてしまうのは私の器が狭いのだろうか。

「もし試験前に腹拵えされるようでしたら、今すぐ持って来ますがいかがでしょうか?」

 次の瞬間、私は結晶師の本気を見た。

 それもなぜか集会所の古びた廊下で。

 ドンっ!
 と床から大きな音がしたと思ったら、褐色クリスタルのように美しい瞳を持つ美少年が先程の態度とは打って変わって私の両手を包み込むように握っている。

「ホントかい!? いいの!? 君は神様の生まれ変わりかい!? それとも天使様の友達かなにかかな!?」

 幾ら何でも菓子パン2個で言い過ぎじゃない?

「――! あの……それでは持って来て参りますので少々お待ちください……」

 突然の出来事に私は上ずった声音を残し、その場から逃げるように走り去る。

 こんな反応しか出来ない自分が情けなかった。
 でも同時に仕方ないよと自分を慰める天使も心に存在した。

 両親を早くに失くし、生まれてこの方美少年はもとい男性ともまともに接点を持ってこなかった芋女には早すぎる行為だったのだもの……。

「はぁ……。絶対変な女だと思われた……」

 なんとか休憩室に戻った私は、お昼用に買っておいたパン達をロッカーから取り出すと、そのまま同じルートを逆走する。

 走る理由は特に無いが、とても落ち着いてなどいられない心理状況なのが走る原動力だったは確か。
 
「お、早いねー。お嬢さん」

 フードを取った美少年。
 紫光石のように美しい藍髪は腰まで伸び、その髪が撫でるのは握り拳ほどの小さな輪郭。

 身長こそ子供サイズだが神々しさまで感じる存在感は、今まで私が接客して来た結晶師とは明らかに違ったものに感じた。

「――試験会場はこのまま進んでもらって二つ目の角にあります……では失礼します」

 その圧倒的存在感に気圧された私はなるべく目を合わさないように近づき、袋に包んだパンを彼に渡すと地面だけを見ながらデスクに帰った。


 
「――だ、だいじょぶ?」

 性になく息を乱し暖炉の熱も相まってダラダラと汗を流す私を、キョトンと見つめるレンティさんを無視しながら書類仕事に戻る。

 インプスリファ……エンレーン……オシュクリス……カロヴァ……――

 完璧に整頓された記憶から教皇国に伝わる多神を名前順に一柱ずつ脳内で読み上げる。

 これは私なりの現実逃避とも言える行動だった。
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