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41.すぐに訪れた再会

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 以前ライリット国で「よく当たる占い師の給仕」と噂されていたことがあったので、いっそ占い師として偉大な魔女への二歩目に踏み出せないだろうか。
 そう考えたけれど、すぐに良くないなと却下した。未来視の魔法使いの存在が噂されている以上、よく当たる占いなどと名乗ればすぐに前者の噂と繋がってしまうだろう。そうなれば以前ルクリオス殿下に言われたように身の安全が脅かされる確率が上がってしまう。わたしは残念ながら己の身を守るだけの技術は持っていない―未来を視ても手段がなければ限界がある―し、それこそ護衛として付いてくれているガラットの負担を増やすだけだ。
 それに何より。

「わたしは別に、『有名になりたい』わけじゃないしなぁ」

 思わず零れてしまったわたしのその呟きに、ガラットが「急に何だよ」振り返った。
 いけない、つい思考に耽ってしまっていた。とわたしは慌てて首を横に振って「何でもない」と驚いた様子のガラットに答えた。

「(今は仕事中なんだから、集中しないと…)」

 クリンゲル店で働き出して五日目。いくら繁盛しているお店とはいえ、お客さんが途切れる時間帯もある。今はそんな隙間時間だった。

「…本当に大丈夫かよ。最近よく頭抱えてる姿を見る気がするんだが」

 意外なことにガラットの方が会話を続けてきた。彼は仕事と割り切ってわたしと接しているからか、あまり自分から話しかけてはこないのだけれど。そんな彼が口を出してしまうほど、わたしは悩んでいる様子だったのだろうか。

「ええ、本当に大丈夫。ただちょっと、夢を叶える良い方法が浮かばないだけだから」
「夢?」
「…まあ、色々あるの」

 おばあちゃんのような偉大な魔女になる。今のところそれを知っているのは、この国ではルクリオス殿下だけだ。わたしが彼にしか話していないだけだけれど。
 何となく、わたしの夢について他の人に伝えたくなかった。

「言っとくが俺は相談に乗ったりしねぇぞ」
「大丈夫、自分で解決するよ」
「…解決の目途は立ってんのか?」

 苦笑するしかなかった。そんなもの全く立っていない、と言外に伝えることになって、ガラットは唇をへの字に曲げた。かと思うと、彼は何故かわざとらしく咳払いした。今日は一体どうしたのだろうか。

「あー、そういうのは一人で考えていても限界あんだろ。誰かの意見を聞いてみたらどうだ」
「え、大丈夫だよ、自分で…」
「ちょうど、明日の護衛は俺じゃなくて別の人物だから―――」
「へ? 別の人物?」
「あ? 一週間のうち一日か二日は、入れ替わりで俺以外が護衛に付くって話を最初にしただろ?」

 そういえば言われたような気もする。いや、確かに聞いたような…気がするかもしれない。うん、たぶん聞いた。
 …正直、最低限のプライバシーが守られるという安堵やら本当に護衛付けるんだの衝撃やらから、その辺りの話をよく聞いていなかった。まあ、交代制でなければ365日ガラットがわたしに拘束され続けることになるので、そうなるのも自然なことだろう。

「明日がその日ってことは分かったよ。でも、入れ替わりの日が明日というのは今聞いたと思うんだけれど」
「あぁ悪い、俺も今朝言われてな。今日の任務が終わってから伝えるつもりだったわ」
「誰になるかは聞いている?」
「…さあな。明日になれば分かるんだし、あんま気にすんなよ」

 ふい、とガラットがあからさまに目を逸らした。嘘だ。彼は明日誰が来てくれるのか知っているのだろう。けれどここまで分かりやすいと、逆に触れにくい気持ちになってしまう。

「明日クリンゲル店が定休日だからお休みの日だよ?」

 暗に護衛なんか不要ですよー、と主張してみたけれど、ガラットは「護衛が剥がれる日はないから諦めろ」と首を横に振った。

「やっぱりダメか…」
「そこは上に訴えろ。って、そこは今どうでも良くて、俺が言いたかったことはだな…とにかく俺は面倒だからお前の相談に乗る気はねぇ。でも明日の護衛は別の人物だし、その人ならお前の話を聞いてくれる可能性があるかもしれねぇぞ」

 そうガラットが言うと同時に、お店の入り口が開いた。お客さんが来たのだ。すぐにわたしも彼も仕事モードに戻る。

 この時、わたしはガラットが何故『明日の護衛』について隠すのか疑問に思いつつ、あまり深く考えなかった。彼の言う通り明日になれば分かることだと軽く考えたからだ。
 ―――その軽率さを翌日になって深く深く後悔することになるなど、思いもしなかった。



「………どうして一般人の護衛に王族の人が付く事態が発生するのか、意味不明なんですが」

 翌日。昨日話していた通り、クリンゲル店はお休みだったのでいつもよりのんびりとした朝を過ごしていた。それでも決まった時間にジリリ、と扉のベルが鳴った。来訪を告げるその音に、わたしはこの数日ですっかり慣れてしまった。この建物には許可された人間しか立ち入れないそうなので、そうそう警戒する必要がないとも言う。
 とにかくわたしはいつものように、「はい」と返事をしながら扉を開けた。いつもならその向こうにはガラットがいるのだけれど、今日は。

「―――ガラットの代理で今日の護衛を務めることになったルクリオスだ。今日は一日よろしく頼む」

 固い表情でそこに立っていたのは、ルクリオス殿下だった。
 その場に崩れ落ちなかったわたしを誰か褒めてほしい。膝から折れてもおかしくないほどの衝撃だった。それでもぽろりと文句が零れてしまったけれど。
 お仕事モードを保っていたらしいルクリオス殿下は、そこで苦笑して表情を崩した。いつもの…わたしがよく知る彼の雰囲気に変わる。

「警備隊の人間として今日は来ているから、その辺は何も言わないでくれ。というかアシェラはもう一般人とは言い難い立場だろ」
「わたしは貴族じゃないし、ただの平民で、つまるところ一般人で合っているでしょう…!」
「ウチの国では魔法――特に未来視の力を持っている以上、その言い分は通じないんだって」

 特別なのはわたしじゃなくておばあちゃんで、と言おうとして何とか飲み込んだ。やめよう。彼と押し問答をしてもこの問題が解決するわけではない。この事態を招いたのは陛下であるわけだし。

「(何より、ルクリオス殿下とおばあちゃんの話、したくない…)」

 大好きなおばあちゃんだけれど。彼が間に挟まってくると、じわりと嫌な気持ちが胸に広がってくる。いわゆる、嫉妬とでも言うべき感情を抱いてしまうのだ。そんな自分に嫌気がさしてしまう。
 こんなの、おばあちゃんはもちろん殿下にも失礼だ。

「とりあえず中へどうぞ」
「…オレは外で待機しているでも構わないが」
「いえ、ぜひ入ってください。人を外に立たせるなんてわたしの方が気になってしまうので。ガラットにもそうしてもらっていますし」
「………そうか」

 思ったより低い声が返って来て、おやと首を傾げてしまう。しかし殿下には特に変わった様子はなかったのでそのまま中へと招き入れた。
 躊躇う彼にダイニングテーブルについてもらって、「どうぞ」目の前にクッキーと紅茶を置いた。クッキーは昨日焼いたものだ。我ながらよくできた方だと思う。
 目の前に並べたお菓子を前に、殿下は目を丸くしていた。

「これは…?」
「クッキーです。味見しているので安心してください」
「いやそうじゃなくて…アシェラが作ったのか?」
「そうですよ?」

 クッキーの並ぶお皿を見下ろしながら、黙ってしまった殿下を見つめる。何かあったのだろうか。

「(もしかして、食べ物を出されたことに困っている、とか…?)」

 いやそもそも、王城で一流の物ばかり食べているだろうお方に、手作りの品を差し出すとか命知らず過ぎないか?
 おばあちゃんが人を招くときにはいつもそうしていたし、ガラットに出した時には何も言わず食べてくれた―彼も良い所の出っぽいのでもしかしたら気を遣ってくれたのかもしれない―ので気付かなかったけれど。なお、イリシオスとして過ごしていた時には自分が誰かを招く立場になかったので、ある程度成長してからは誰かをもてなしたことがない。辛うじて貴族の作法として叩き込まれたので、知識の片隅にあるくらいだ。
 今わたしは非常にまずいことをしているのではないか。そう思った途端、一気に顔が青ざめた。

「あ、あのすみません! 今すぐ片づけますので!」

 慌ててお皿を回収すべく手を伸ばすが、殿下のそれに捕まってしまい阻まれた。止められたこと――もっと言うなら突然の接触に驚いて「ひょえ」と奇声が零れた。今度は逆に頬に熱が集まってくるのが分かる。青くなったり赤くなったりと忙しい、などとどこか他人事のように思った。

「いや、いただくよ」
「へ!? え、いや、よく考えたら殿下にお出しする物として適切ではなかったので…」
「もう一回言うが、今日は警備隊の人間として来ている。オレのことはアシェラの護衛として扱ってくれ」
「む、無理ですよ…」
「できるって。ほら、前は『リオスさん』って呼んでくれてただろ? またそうしてくれても良いんだけど?」

 にこりと彼が笑う。その笑みが悪戯っ子のそれで。揶揄われているのだと悟って、恥ずかしさやら何やらで顔はさらに熱くなるし、思考がぐちゃぐちゃになってしまう。
 思いきり腕を引いて彼の手を振り払い、そのまま背を向けた。

「あ、あれはあなたがこの国の王子様だと知らなかったからです! 知っていたらきちんと相応の振舞いをしていました!」

 自分のことにいっぱいいっぱいで、わたしは顔を背けながら叫んだ。最早自分でもどんな顔をしているのか分からなくて、制御できないこの表情を晒すことはしたくない一心だった。そのために。

「………だから、知られたくなかったんだよなぁ」

 彼が悲しそうな様子でそう呟いていたことに、気付かなかった。


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