上 下
41 / 69

40.第一歩

しおりを挟む
 思い出を商品として扱っているクリンゲル店。シャラさんたちご夫婦が経営している、この国の魔法に関連するお店では一番と言っても良いくらい繁盛しているお店だ。

「最近、夫婦だけでの経営に限界を感じていてね。娘のクロエにも店に出てもらったりして回しているんだけど、あの子も最近警備隊補助員の仕事で忙しくて…アシェラちゃんの接客はリンのお墨付きだし、お客さんの対応をお願いしたいと思っているの」

 以前はルクリオス殿下のお手伝いや自分の夢を第一に行動すべく断ったけれど、今は事情が変わってきている。とにかく自立するために働かねばならないのだ。わたしが目指す姿―――偉大なる魔女だったおばあちゃんは誰に守られることもなく、むしろわたしを守ってくれていた、自立した大人だったから。
 そしてその自立への第一歩である仕事が自分から飛び込んできてくれたのだ。何よりこれを逃すと本気で働き口が見つからない可能性が高い。即決である。
 
「あんなに素敵なお店の店員がわたしに務まるか分かりませんが…よろしくお願いします!」



 そうして翌日、わたしはさっそくお勤め一日目としてクリンゲル店で働いていた。当然ガラットも一緒である。
 シャラさんはわたしが殿下と噂になってしまっている件も知っていた―誤解だということも主張しておいた―し、ちょっと事情があってガラットが護衛についている件も了承済で雇ってくれたのである。気合を入れて働かねば。
 仕事内容は店頭でお客様の対応、お客様の誘導に、都度魔法を行使するシャラさんや旦那さんを呼びに行く、といったものだった。特にトラブルに見舞われることもなく、その日の勤務が終わった。

「お疲れ様アシェラちゃん。いやー、助かったわー、あたしも主人も、こんなに余裕をもって働けたの久しぶりだよ。やっぱりあなたにお願いして良かった」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。それにしてもお客さんたちの質が良いんですね、接客でこんなに揉め事がないだなんてびっくりしました」

 リンベル酒場で働かせてもらっていたときはお酒が入ることもあってか絡んでくるお客さんやらお客さん同士が揉めたりなど、少なからず諍いが起きていた―本当に厄介なお客さんはリンさんが叩きだしていた―のだけれど。まだ一日目とはいえ、何も起きることなく就業時間が終わったことに面食らっていた。

「どうだろうねえ。いろんなお客さんがいるからうちでも揉め事は起きるよ。そこは接客業な以上、避けて通れないから。まあでも、警備兵のお方が店の中にいてくれているおかげもあるかもね」

 シャラさんはそう言いながら、出入口の脇に控えているガラットへと視線を送った。
 彼は護衛という立場上、わたしが見える位置にいる必要があった。プラスお店の邪魔にならない場所ということでシャラさんたちご夫婦と話し合った末、出入口の脇に陣取る形で落ち着いた。お店に入る時も出る時も目に飛び込んでくる場所なので、悪いことはできないという意識がお客さんに働くのかもしれない。

「ある意味クリンゲル店の門番ね」
「実際お客さんたちはそう感じてたんじゃないかしらねぇ? まあウチとしても助かるよ」
「…俺の役割はあくまでもアシェラ・シプトンの護衛ですからね」

 最近気付いたことだが、ガラットはなぜかシャラさんご夫婦には丁寧に接している。というかわたし以外、第三者がいると猫を被るという方が正しいか。何か事情があるようだが、彼は自分のことを語りたがらないので理由は分からない。
 自身との態度の違いは今さらなので気にならないけれど、そのあまりの違いに戸惑うなという方が無理な話だ。猫かぶり状態のガラットに困惑しつつ、ふと考えてしまった。

「(ルクリオス殿下もそうだったなぁ…)」

 無意識にそう思って、慌てて頭を振った。少しずつでも気持ちを薄めようとしているのだから、殿下のことを思い出すだなんて自分の首を絞めるだけだ。

「お母さん。お父さんが今日の注文について話があるって…」

 何とか思考を切り替えていると、奥からクロエちゃんが顔を出した。立っていた位置の都合か、偶然ばちりと視線が絡み合う。彼女はその大きな瞳を真ん丸に見開いたかと思うと、だんだんと細められていった。初めて会ったときと同じような反応である。

「ほらクロエ、今日からうちの店で働いてくれているアシェラちゃんよ」
「…どうも」

 この返事も全く同じだ。「失礼でしょ、ちゃんとしなさい」と怒られているクロエちゃんに、ガラットと一緒に苦笑してしまう。

「シャラさん、大丈夫ですよ。それよりもご主人の所に行ってください」
「いや、でも…」
「わたしはまだお店にいる以上、勤務時間中です。お仕事の方が優先ですよ」
「…アシェラちゃんがそう言うならちょっと行ってくるね。クロエ、ちゃんと挨拶しておきなさい!」

 そう言ってシャラさんは居住スペースにいるのだろうご主人のところへと去って行った。その場に残されたわたし、ガラット、クロエちゃんという何とも言えない組み合わせの間で微妙な空気が流れる。

「えっと、じゃあわたしたちはそろそろ失礼を…」
「待って」

 特に用事はないし、気まずいだけの空間にいつまでも留まる理由はない。わたしに良い感情を持っていない―と思われる―クロエちゃん的にも早く立ち去った方が良いだろうとお店を出ようとしたのだが、その彼女に呼び止められてしまった。
 クロエちゃんは真剣な表情で、視線を彷徨わせている。何か言葉を探しているようだ。隣に立っていたガラットは目線だけで「外にいる」と示すと、呼び止める暇もなくそのまま音もなく出て行ってしまった。とても素早い動きだった。体が鈍っていると言っていた一件から鍛え直したのだろうか。

「………即位記念祭の日、事件解決に走り回ってくれたんでしょ? どうもありがとう」
「え?」

 驚いた。わたしが関わっていることは公表されていないと聞いている。唯一知っているのは陛下に近しい人たちか、お祭りの日にわたしが関わった警備隊員たちだけだ。クロエちゃんは警備隊補助員だが、当日は時間がなかったために招集されていないはずだ。
 だから彼女が知っているはずはないのだけれど。

「あなた、未来視の魔法使いなんでしょう? ルカ様と同じく、事件解決に貢献したっていう」
「え!?」
「あ、誰にも言ってないから安心して。お母さんたちにも話してないから」

 予想もしていなかった言葉に思わず叫んでしまった。しまった、これでは肯定したも同然だ。そう冷や汗が浮かんだけれど、クロエちゃんは鎌をかけたわけではなくすでに確信を持っての質問だったようだ。どのみち否定しても意味はなかったのだろう。
 落ち着きを取り戻すために深呼吸をひとつして、わたしも真剣に彼女へと向き直った。

「…どこでその話を聞いたの?」
「王城。正確には警備隊の人たちがしていた話を偶然聞いてしまったの。あたし、補助員の仕事として事件の捜査に関わっているから、ここ数日ずっと王城に出入りしているのよ」

 ルクリオス殿下は「警備兵全体に箝口令を敷いた」と言っていたけれど、口の軽い輩はどこにでもいるらしい。まだ関係者しかいない王城内で話が留まっているのならばマシと考えるべきなのだろうか。

「(国全体に未来視の魔法使いの正体が知られるのは時間の問題か…)」

 バレたら厄介事を呼び寄せそうだったので、まだしばらく今知られている人以外には隠しておきたかったのだけれど。少なくとも偉大な魔女になるための手段が見つかるまでは、と考えていたがそう思い通りには進んでくれないらしい。

「どういたしまして、と言いたいところだけれど、あの事件はわたしだけの力じゃないよ。指揮していたルクリオス殿下はもちろん、オリバーさんやリリーさん、それこそあそこにいるガラットとか、警備隊の全員の力があったからこそだよ」
「でもあなたが大きく貢献してくれたことには変わりないじゃない。もっと偉ぶっても良いのに」
「いやー、わたしあの後ぶっ倒れて、ルクリオス殿下たちに多大な迷惑をかけちゃったし」
「それでもプラスの方が大きいでしょ?」
「そう…なのかな?」
「そうでしょ」

 改めて言われるとそうなのだろうか。あの時はただ必死だったし、あの後もルクリオス殿下の衝撃の話やら陛下とのいざこざやらであまり考えている余裕がなかった。
 あれは、クロエちゃんから見れば『偉ぶっても良い』ものなのか。

「そっか…うん、わたし、すごいことを成し遂げたのか」
「はあ? 今さら?」
「ううん。ありがとう、クロエちゃん」
「え? 何で逆にあたしがお礼言われるわけ?」
「んー、気付かせてくれたお礼!」

 第三者の目線から見て『偉ぶっても良い』ものならば、それは充分『偉大』だと言えるものではないだろうか。
 ―――わたしが目指す偉大な魔女への第一歩を、踏み出せたと言っても良いほどの。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...