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39.変化
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三日後、住む家が決まったということでさっそく宿屋生活からおさらばした。わたしと同じように支援を受けている魔法使いが集まっている建物の一室を割り当ててくれたらしい。一室と言ってもその一部屋に生活に必要な設備はすべて揃っている。ルクリオス殿下が貸してくださっていた家と比べればだいぶ小さいけれど、一人暮らしならば何の不自由もない広さだ。建物自体のセキュリティもしっかりとしているらしい。
セキュリティと言えば、もうひとつ。
「まさか護衛がガラットになるなんて」
「俺もまさかだよ」
陛下に言われていた護衛として、ガラットが遣わされてきた。基本夜寝るとき以外は付きっきりとなるらしい。わたしが嫌なら家の中には入らず外で待機してくれるそうなので、最低限のプライベートは守られるようだ。
「(何だか、見張られているみたい)」
おそらく実際そうなのだろう、勘でしかないけれど。昨日の陛下の鋭い瞳には、敵意に近いものが込められていた。理由は分からない。国の頂点に立つお方の考えなど見当もつかないと言った方が正しいか。
幸い、護衛に指名されたガラット自身は護衛兼監視として遣わされた自覚はないようだ。あくまでもわたし――未来視の魔法使いの身を守る護衛に任命されたという認識をしているのだと、彼の反応を見ていると察せられる。
「いいか、これは殿下のご命令だからな。嫌でも我慢しろよ」
「わたしはむしろあなたで良かったと思っているけれど。あなたならある程度気心も知れているし、変に気遣わなくて済むから」
「…いや自分で言うのもなんだが、乱暴に扱おうとした奴を何で揃いもそろって受け入れられるんだよ」
「あなたは反省したし、罰もきちんと受けたのでしょう? まだ危害を加える気があるのならお断りだけれど、そうではないのなら受け入れるというだけ」
「……お前もオリバーと同じくらい変人だな」
そう言ってそっぽを向くガラットだが、その顔はしかめっ面をしているが僅かに頬が朱に染まっている。分かりやすい照れ隠しだ。
風の噂で聞いたところによれば、あの爆弾事件のあと彼はオリバーさんとなんだかんだ良い関係を築けているらしい。ただ魔法使いの隊員と親しくしているため、一部の警備隊本部の隊員とは距離ができてしまったそうだ。本人がどう思っているかはわからないが、わたしという未来視の魔法使いの護衛を引き受けている時点で、彼の魔法使いに対する意識も少しは変わったということだろうか。
ちなみにわたしのことをライリット国のお偉いさんと認識していた彼だけれど、その誤解は殿下がすでに解いてくれていた。最初は騙されたことを不服そうにはしていたが、「ああでもしなかったら、あなたが起こした騒ぎの時に止まってくれたの?」と聞けば押し黙ってそれ以上何も言わなくなった。彼は結構素直な性格をしていると思う。
「…なんか今のあなたを見ていると、あの騒ぎを起こしたのが信じられない」
「俺自身信じられな…いや、これは本人が言っちゃダメな台詞だな」
「なに、あの日はよっぽど虫の居所が悪かったの?」
「あー、正直俺も分からねぇんだよ。なんかいつもより我慢がきかなかったというか…まあ、家のことでも色々あったからイラつきやすくなってたんだろうな」
「家?」
思わず聞き返せば、ガラットはあからさまに視線を逸らした。そういえば以前、彼は『家』について何か事情があるようなことを匂わせていたのだったか。気になって視線を送り続けるが、彼は「あー」唸りながら頭をかいた。
「そんなことより、今日はどうするんだよ。どこか行くなら付き合うし、家にいるなら外に待機してるが」
話を逸らすの下手か。
率直にそう思ったけれど、慌ててその言葉を飲み込んだ。よほど言いたくないことなのだろう、あまり執拗に聞き出すのは良くない。
だから代わりに、彼の質問にとびっきりの笑顔で答えてやった。
「働き口を探そうと思っているから、外に付き合って」
生きて行くにはお金が必要だ。
ライリット国を出る前に稼いだお金は今まで殿下の元で不自由なく生活させてもらっていたため、ほとんど使っていない。だからしばらく困らないくらいの蓄えはあるのだけれど、それでも入ってくるものがなければ出ていく一方になってしまう。
陛下の言う『特別待遇』を利用すればお金も保証してくれるのかもしれないが、それでは少し前までのルクリオス殿下の元で庇護されていた自分と同じになってしまう。
「お前、ルクリオス殿下の率いる警備隊補助員なんだろ? 定期的に仕事割り振ってもらえば給金もらえるだろ」
「…殿下のお世話になるつもりはないの。補助員になったのは、わたしの力が役に立てばっていうだけだから」
「へぇ。別に金持ちの恋人なら頼れば良いじゃねぇかと思うがな」
「………それ間違いだからね」
昨日の帰り際、ルクリオス殿下が説明してくれたところによれば。
『即位記念祭の日、第二王子が恋人と逢引をしていた』という噂が市民の間で飛び交っているらしい。間違いなく、お祭りの日に彼と文字通り街中を飛び回っていたせいだろう。しかも時計台では彼に抱えられている姿―動けなくなっていたので不可抗力だ―を結構多くの人に目撃されてしまっている。事情を知らない彼らからすれば、仲睦まじい様子に見えたというところか。
せめて事情を知っているあなたは誤解するな!という気持ちを込めて反論したけれど、ガラットは面倒そうに頭をかいただけだった。
「殿下の方はお前のこと気にかけてそうだがなぁ」
「ルクリオス殿下は誰にでも親切な方でしょう」
「でも殿下があそこまで大事にしている女、他に知らねぇぞ」
「…リリーさんだっているでしょう」
「プルーフォリーとお前、対応が違うと思うが」
「……もしそう見えるのなら、彼はわたしの身内に恩を感じているから、それで特別気にかけてくださっていただけだよ」
「でもよ」
「ほら、目的地に着いた!」
これ以上ガラットの言葉を聞きたくなくて、わたしは敢えて大きな声を出した。言葉を遮られた彼は少し顔を顰めたけれど、それ以上は何も言わなかった。まだ何か言いたげの彼に気付かないフリをして、わたしは目的地――街の一角にある酒場への扉を潜る。
「………意識してんだろうに、面倒くせぇ女」
その後ろで、ガラットが小声でそんなことを呟いていることは気付かなかった。
ライリット国のリンベル酒場で働いていた経験が活かせると考えて、レフィルト国の酒場に働き口を求めて訪れた。一軒目、人は足りているからと断られた。そこから諦めずに何軒か回ったけれど全て断られ。酒場じゃなくても接客業であればいけるのでは!?ということで何軒かレストランやらその他のお店やらを回ったのだけれど。結果としてすべて惨敗だった。
純粋に人が足りていると断られるならば納得できる。しかしそうではないお店に首を横に振られた理由が…
「そりゃ殿下の恋人疑惑がある人間をそう雇いたくねぇだろうよ」
ガラットへ返す言葉もなく、休憩として入った喫茶店の隅の机に沈んだ。例の噂は意外と広まっていたらしい。わたしの見た目付きで。そのせいでお店の人たちから悉くNOを突きつけられてしまった。
街を歩いていても誰かの視線を感じるほどだ。それこそまさにこのお店にいる人の一部から、ちらちらと振り返られていた。たった三日で随分と顔が売れてしまったようだ。
「誤解なのに…」
「殿下は今まで浮いた話なかったからな。もともと市民からの好感度も高かった上、今回の騒動を収めた功労者としてますます人気も上がったろうし…そんなお方のお相手とか、注目されて当然じゃねぇの」
「え? 立場と年齢を考えれば婚約者とかいらっしゃるものじゃないの?」
「いたらお前との噂が炎上してるわ。王位は第一王子様が継ぐ予定だし、ルクリオス殿下は警備隊として働いていることもあって、その辺は先延ばしになっているとか聞いたことあるな」
「へえ、その辺はわたしの故郷とは随分違うんだ」
わたしの故郷、ライリット国の王太子であったジニアス殿下は婚約の話が常に付きまとっていた。それこそわたしの義姉、ダリアが候補に上がっていたっけ。まあ、その話もわたしがした告発で無に帰しただろうけれど。
ひとまずルクリオス殿下の足を引っ張ってはいないようで安心した。いや噂になってしまっている時点でだいぶ怪しいけれど。
「普通の店で雇ってもらうのは諦めた方が良いんじゃねぇの」
「でもそうしたら生きていけない…」
「お前の事情があれば、国がいくらでも保護してくれんだろ」
「いやだ自立したい…ダリアたちに笑われちゃう…」
「誰だよ。…ったく、変な意地張ってても働き口は見つからねぇぞ」
「あらアシェラちゃん、働き口を探しているの?」
突然の振ってきた女性の声。どこか聞き覚えがあるような、と思いつつ驚いて顔を上げると。
「シャラさん!?」
「こんにちは。お店に入ったらあなたの姿が見えたから、声かけようと思ったんだけど。盗み聞きみたいになってごめんなさいね」
「いえいえ、良ければこちらの席にどうぞ」
慌てて空いていた席を勧めれば、シャラさんは「ありがとう」と言いつつその場に立っていて。どうしたのだろうと首を傾げれば、彼女の視線の先にガラットがいた。
「えぇと、ラナラージュ家のご子息さまは…」
「俺のことは構わずに、どうぞおかけください」
「ラナラージュ家のご子息さま」――シャラさんの視線の先と返事をしたことからガラットのことのようだ。はてどこかで聞いた名前のようなと考えていると、席に着いたシャラさんは慣れた仕草で店員さんに注文を済ませ、改めてわたしの方に振り返った。そのまま再び同じ言葉を繰り返す。「それで、働き口を探しているって本当?」
「ああ、はい。でも全敗中でして…」
「あら良かった」
「え…?」
「それならうちのお店で働かない?」
まさかのお誘いに言葉を失う。ガラットは空気を読んで気配を消していたけれど、タイミング悪く飲んでいたお茶を喉に詰まらせて咽ている。それだけ彼も衝撃だったのだろう。わたしだって全く予想していなかった。
一方のシャラさんは涼しい顔で運ばれてきた品を受け取り、優雅にカップを持ち上げて笑みを浮かべる。
「前に言ったはずだよ? 『うちのお店でも働いてほしいくらいだ』ってさ」
セキュリティと言えば、もうひとつ。
「まさか護衛がガラットになるなんて」
「俺もまさかだよ」
陛下に言われていた護衛として、ガラットが遣わされてきた。基本夜寝るとき以外は付きっきりとなるらしい。わたしが嫌なら家の中には入らず外で待機してくれるそうなので、最低限のプライベートは守られるようだ。
「(何だか、見張られているみたい)」
おそらく実際そうなのだろう、勘でしかないけれど。昨日の陛下の鋭い瞳には、敵意に近いものが込められていた。理由は分からない。国の頂点に立つお方の考えなど見当もつかないと言った方が正しいか。
幸い、護衛に指名されたガラット自身は護衛兼監視として遣わされた自覚はないようだ。あくまでもわたし――未来視の魔法使いの身を守る護衛に任命されたという認識をしているのだと、彼の反応を見ていると察せられる。
「いいか、これは殿下のご命令だからな。嫌でも我慢しろよ」
「わたしはむしろあなたで良かったと思っているけれど。あなたならある程度気心も知れているし、変に気遣わなくて済むから」
「…いや自分で言うのもなんだが、乱暴に扱おうとした奴を何で揃いもそろって受け入れられるんだよ」
「あなたは反省したし、罰もきちんと受けたのでしょう? まだ危害を加える気があるのならお断りだけれど、そうではないのなら受け入れるというだけ」
「……お前もオリバーと同じくらい変人だな」
そう言ってそっぽを向くガラットだが、その顔はしかめっ面をしているが僅かに頬が朱に染まっている。分かりやすい照れ隠しだ。
風の噂で聞いたところによれば、あの爆弾事件のあと彼はオリバーさんとなんだかんだ良い関係を築けているらしい。ただ魔法使いの隊員と親しくしているため、一部の警備隊本部の隊員とは距離ができてしまったそうだ。本人がどう思っているかはわからないが、わたしという未来視の魔法使いの護衛を引き受けている時点で、彼の魔法使いに対する意識も少しは変わったということだろうか。
ちなみにわたしのことをライリット国のお偉いさんと認識していた彼だけれど、その誤解は殿下がすでに解いてくれていた。最初は騙されたことを不服そうにはしていたが、「ああでもしなかったら、あなたが起こした騒ぎの時に止まってくれたの?」と聞けば押し黙ってそれ以上何も言わなくなった。彼は結構素直な性格をしていると思う。
「…なんか今のあなたを見ていると、あの騒ぎを起こしたのが信じられない」
「俺自身信じられな…いや、これは本人が言っちゃダメな台詞だな」
「なに、あの日はよっぽど虫の居所が悪かったの?」
「あー、正直俺も分からねぇんだよ。なんかいつもより我慢がきかなかったというか…まあ、家のことでも色々あったからイラつきやすくなってたんだろうな」
「家?」
思わず聞き返せば、ガラットはあからさまに視線を逸らした。そういえば以前、彼は『家』について何か事情があるようなことを匂わせていたのだったか。気になって視線を送り続けるが、彼は「あー」唸りながら頭をかいた。
「そんなことより、今日はどうするんだよ。どこか行くなら付き合うし、家にいるなら外に待機してるが」
話を逸らすの下手か。
率直にそう思ったけれど、慌ててその言葉を飲み込んだ。よほど言いたくないことなのだろう、あまり執拗に聞き出すのは良くない。
だから代わりに、彼の質問にとびっきりの笑顔で答えてやった。
「働き口を探そうと思っているから、外に付き合って」
生きて行くにはお金が必要だ。
ライリット国を出る前に稼いだお金は今まで殿下の元で不自由なく生活させてもらっていたため、ほとんど使っていない。だからしばらく困らないくらいの蓄えはあるのだけれど、それでも入ってくるものがなければ出ていく一方になってしまう。
陛下の言う『特別待遇』を利用すればお金も保証してくれるのかもしれないが、それでは少し前までのルクリオス殿下の元で庇護されていた自分と同じになってしまう。
「お前、ルクリオス殿下の率いる警備隊補助員なんだろ? 定期的に仕事割り振ってもらえば給金もらえるだろ」
「…殿下のお世話になるつもりはないの。補助員になったのは、わたしの力が役に立てばっていうだけだから」
「へぇ。別に金持ちの恋人なら頼れば良いじゃねぇかと思うがな」
「………それ間違いだからね」
昨日の帰り際、ルクリオス殿下が説明してくれたところによれば。
『即位記念祭の日、第二王子が恋人と逢引をしていた』という噂が市民の間で飛び交っているらしい。間違いなく、お祭りの日に彼と文字通り街中を飛び回っていたせいだろう。しかも時計台では彼に抱えられている姿―動けなくなっていたので不可抗力だ―を結構多くの人に目撃されてしまっている。事情を知らない彼らからすれば、仲睦まじい様子に見えたというところか。
せめて事情を知っているあなたは誤解するな!という気持ちを込めて反論したけれど、ガラットは面倒そうに頭をかいただけだった。
「殿下の方はお前のこと気にかけてそうだがなぁ」
「ルクリオス殿下は誰にでも親切な方でしょう」
「でも殿下があそこまで大事にしている女、他に知らねぇぞ」
「…リリーさんだっているでしょう」
「プルーフォリーとお前、対応が違うと思うが」
「……もしそう見えるのなら、彼はわたしの身内に恩を感じているから、それで特別気にかけてくださっていただけだよ」
「でもよ」
「ほら、目的地に着いた!」
これ以上ガラットの言葉を聞きたくなくて、わたしは敢えて大きな声を出した。言葉を遮られた彼は少し顔を顰めたけれど、それ以上は何も言わなかった。まだ何か言いたげの彼に気付かないフリをして、わたしは目的地――街の一角にある酒場への扉を潜る。
「………意識してんだろうに、面倒くせぇ女」
その後ろで、ガラットが小声でそんなことを呟いていることは気付かなかった。
ライリット国のリンベル酒場で働いていた経験が活かせると考えて、レフィルト国の酒場に働き口を求めて訪れた。一軒目、人は足りているからと断られた。そこから諦めずに何軒か回ったけれど全て断られ。酒場じゃなくても接客業であればいけるのでは!?ということで何軒かレストランやらその他のお店やらを回ったのだけれど。結果としてすべて惨敗だった。
純粋に人が足りていると断られるならば納得できる。しかしそうではないお店に首を横に振られた理由が…
「そりゃ殿下の恋人疑惑がある人間をそう雇いたくねぇだろうよ」
ガラットへ返す言葉もなく、休憩として入った喫茶店の隅の机に沈んだ。例の噂は意外と広まっていたらしい。わたしの見た目付きで。そのせいでお店の人たちから悉くNOを突きつけられてしまった。
街を歩いていても誰かの視線を感じるほどだ。それこそまさにこのお店にいる人の一部から、ちらちらと振り返られていた。たった三日で随分と顔が売れてしまったようだ。
「誤解なのに…」
「殿下は今まで浮いた話なかったからな。もともと市民からの好感度も高かった上、今回の騒動を収めた功労者としてますます人気も上がったろうし…そんなお方のお相手とか、注目されて当然じゃねぇの」
「え? 立場と年齢を考えれば婚約者とかいらっしゃるものじゃないの?」
「いたらお前との噂が炎上してるわ。王位は第一王子様が継ぐ予定だし、ルクリオス殿下は警備隊として働いていることもあって、その辺は先延ばしになっているとか聞いたことあるな」
「へえ、その辺はわたしの故郷とは随分違うんだ」
わたしの故郷、ライリット国の王太子であったジニアス殿下は婚約の話が常に付きまとっていた。それこそわたしの義姉、ダリアが候補に上がっていたっけ。まあ、その話もわたしがした告発で無に帰しただろうけれど。
ひとまずルクリオス殿下の足を引っ張ってはいないようで安心した。いや噂になってしまっている時点でだいぶ怪しいけれど。
「普通の店で雇ってもらうのは諦めた方が良いんじゃねぇの」
「でもそうしたら生きていけない…」
「お前の事情があれば、国がいくらでも保護してくれんだろ」
「いやだ自立したい…ダリアたちに笑われちゃう…」
「誰だよ。…ったく、変な意地張ってても働き口は見つからねぇぞ」
「あらアシェラちゃん、働き口を探しているの?」
突然の振ってきた女性の声。どこか聞き覚えがあるような、と思いつつ驚いて顔を上げると。
「シャラさん!?」
「こんにちは。お店に入ったらあなたの姿が見えたから、声かけようと思ったんだけど。盗み聞きみたいになってごめんなさいね」
「いえいえ、良ければこちらの席にどうぞ」
慌てて空いていた席を勧めれば、シャラさんは「ありがとう」と言いつつその場に立っていて。どうしたのだろうと首を傾げれば、彼女の視線の先にガラットがいた。
「えぇと、ラナラージュ家のご子息さまは…」
「俺のことは構わずに、どうぞおかけください」
「ラナラージュ家のご子息さま」――シャラさんの視線の先と返事をしたことからガラットのことのようだ。はてどこかで聞いた名前のようなと考えていると、席に着いたシャラさんは慣れた仕草で店員さんに注文を済ませ、改めてわたしの方に振り返った。そのまま再び同じ言葉を繰り返す。「それで、働き口を探しているって本当?」
「ああ、はい。でも全敗中でして…」
「あら良かった」
「え…?」
「それならうちのお店で働かない?」
まさかのお誘いに言葉を失う。ガラットは空気を読んで気配を消していたけれど、タイミング悪く飲んでいたお茶を喉に詰まらせて咽ている。それだけ彼も衝撃だったのだろう。わたしだって全く予想していなかった。
一方のシャラさんは涼しい顔で運ばれてきた品を受け取り、優雅にカップを持ち上げて笑みを浮かべる。
「前に言ったはずだよ? 『うちのお店でも働いてほしいくらいだ』ってさ」
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