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30.即位記念祭
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即位記念祭当日。
リオスさんが「街をあげての祭りになる」と言っていた通り、街全体が浮足立っていた。通りは飾りが煌めき、普段はただ通行するだけの道にも様々な出店が並んでいる。さらには芸を披露している人だったり楽器を演奏している人など、通行人以外でも人がごった返していた。「当日は外部の人間が多く入る」と聞いていた通り、レフィルト国ではあまり見かけない服装の人もちらほら見える。セキュリティのためいつもは入国を厳しくしているそうだが、今日ばかりは特別ということだろう。その分、警備隊総出で目を光らせることで、街の安全を担保しているとか。
「うわー、すごい! ナイフが飛び回っていますよ! リリーさんあれも魔法なんですか!?」
「そ、そうです…」
「あ! あっちでは手から火を出している人が…!?」
「あ、あの、少し落ち着いてくださいアシェラ様…魔法を使って大道芸をするのは、この国のお祭りでは定番で…」
この日をずっと楽しみにしていたわたしは、朝から街に出てきていた。
今日はお祭りに行く予定だと数日前リリーさんに伝えたところ、「な、何かあったら私がお守りしますね…」と強い決意の瞳で、彼女も付いてきてくれていた。さすがに恰好はいつものメイド服ではなく、普通のワンピースで。それでも上質な生地が使われている―このあたりの見る目はイリシオス家で鍛えらえたから確かだ―ようなので、やはり彼女はこの国の貴族令嬢だと感じる。
つい先日、わたしはリリーさんが良いところのお嬢様なのだと知った。というのもリオスさんに教えてもらった図書館に身分証明書を嬉々として提示して入り込み、そこで魔法について調べて。偶然手に取った本の記述で見つけたのだ。
曰く、「この国の水路は代々プルーフォリー家が管理している。この家はその功績を認められ、爵位を与えられた」云云かんぬん。
特徴的なファミリーネームだったので、すぐにリリーさんと同じだと思い当たった。とんでもなく驚いて、その足でわたしは家に飛んで帰って彼女を問い詰めてしまった。だって本当なのだとしたら、わたしという平民がそんな正当な貴族の彼女に散々身の回りの世話をさせてしまっているのである。
偶然同じファミリーネームだと言ってくれることを期待して聞いてみれば、リリーさんは距離感を間違っているわたしに怯えながら頷いた。
「へぁ、は、はい…私はそのプルーフォリー家の人間ですが…」
瞬間。わたしはその場で、初対面のリリーさんよりも深く頭を下げた。それこそ床に頭頂部をこすりつける勢いで。
リリーさんはとある事情―彼女があまり話したくない様子だったので、詳細は知らない―でいずれ爵位を返上することが決まっているらしい。平民になってから仕事を探すのでは遅いだろうと、以前自分から城でメイドとして働きだしたらしい。ただ極度の人見知りする性格が災いし、あまり仕事が上手くいかず…そんな折、リオスさんが「別邸を買ったんだが、管理が面倒なんだ。リリーが管理人してくれないか?」と声をかけてくれたらしい。友人である彼に迷惑をかけるわけにはいかないと思いつつ、人と関わる必要がない仕事に惹かれ、彼女は迷った末に頷いたらしい。そうして彼女は、城のメイドではなくリオスさんの別邸専属管理人、もとい専属メイドとして今は働いているのだそうだ。
ちなみにリオスさん本人は嫌がったそうだが、リリーさんは彼を「ご主人様」と呼ぶことを譲らなかったらしい。最近分かったのだが、彼女は意外と頑固なところがある上、形から入るタイプだ。わたしのことも様付けをやめてくれないかと頼んだけれど、「ご主人様の大事なお客様だから」と頑として聞き入れてもらえなかった。
リリーさん本人から今まで通りに接してほしいと懇願されてしまったため、恐縮ながらそのままでいさせてもらっている。だってあんな涙目でぷるぷる震えながら言われたのでは、断ったときの罪悪感の方がひどそうだったんだもの…
生憎とその日以降は、何かと街の散策だったり警備隊の手伝いに駆り出されたりと忙しく過ごしていたため、図書館には足を運べていない。また時間を見つけて行きたいのだけれど、「まあ図書館は逃げないし」と何かと後回しにしてしまっていた。ちなみに明日明後日はお祭りの影響で休館なのだそうだ。
「んー、このお肉の串美味しいですねぇ」
「そうですね…アシェラ様、も、もし喉が渇いたら言ってくださいね、水筒がありますので…」
「ありがとうございます。その時はお願いしますね」
数日前にリオスさんから聞いた中央広場に並ぶ屋台のひとつで買った料理に舌鼓を打つ。同じものを購入したリリーさんが、串を握る手とは反対でいつもの水筒を取り出してくれた。本当にいつも持ち歩いているんだなぁ、と少し感心してしまった。
「アシェラ様、広場を一通り見たら、時計台の方に行きませんか? こ、このお祭りのときだけ、最上階が一般にも開放されているんです…もちろん、時計本体は触ったりはできませんが、い、いつもよりも間近に見られますよ…」
「え、ぜひ行きたいです!」
つい先日、リオスさんに案内してもらったなぁ。確か基本最上階は立ち入り禁止だと言っていたので、お祭り期間中限定でということだろう。あの時計台は警備隊隊長という立場の彼も不用意に近づかないように気を付けていると言っていたので、この機会を逃したら一般人の自分など近くで見られることはないだろう。
わたしが全力で頷くと、リリーさんは「せっかくなので、わ、私が知っている近道でご案内しますね…」と微笑んでくれた。
初めに比べれば、彼女も随分と柔らかく接してくれるようになったと思う。今のように表情が動かしてくれる場面もあるし、最近ではようやく距離が一メートル切るようになってきたのだ。これも毎日顔を合わせ、会話を続けてきた賜物だろう。母国では義母とダリアがわたしの悪評を広めまくったせいで、イリシオス家に来てからは年の近い友人が悲しいことにいなかった。(ベルちゃんはどちらかというと妹みたいな感覚である)
そんなわたしにとって、リリーさんは初めて仲良くなれた同年代の子だ。初めて彼女が微笑っぽいものを浮かべてくれたときは、感動で泣きそうになったのは記憶に新しい。
ライリット国でもお祭りはあったけれど、並ぶお店も食べ物も、やはり国が違えば変わってくる。しかもこの国では魔法を使っての見世物もあって何もかもが真新しかった。
率直に言って浮かれていた。今日は楽しい一日になると信じきっていた。
―――――この後起こる、国を揺るがすような大事件に巻き込まれることになるなど、この時のわたしは考えてもいなかった。
リオスさんが「街をあげての祭りになる」と言っていた通り、街全体が浮足立っていた。通りは飾りが煌めき、普段はただ通行するだけの道にも様々な出店が並んでいる。さらには芸を披露している人だったり楽器を演奏している人など、通行人以外でも人がごった返していた。「当日は外部の人間が多く入る」と聞いていた通り、レフィルト国ではあまり見かけない服装の人もちらほら見える。セキュリティのためいつもは入国を厳しくしているそうだが、今日ばかりは特別ということだろう。その分、警備隊総出で目を光らせることで、街の安全を担保しているとか。
「うわー、すごい! ナイフが飛び回っていますよ! リリーさんあれも魔法なんですか!?」
「そ、そうです…」
「あ! あっちでは手から火を出している人が…!?」
「あ、あの、少し落ち着いてくださいアシェラ様…魔法を使って大道芸をするのは、この国のお祭りでは定番で…」
この日をずっと楽しみにしていたわたしは、朝から街に出てきていた。
今日はお祭りに行く予定だと数日前リリーさんに伝えたところ、「な、何かあったら私がお守りしますね…」と強い決意の瞳で、彼女も付いてきてくれていた。さすがに恰好はいつものメイド服ではなく、普通のワンピースで。それでも上質な生地が使われている―このあたりの見る目はイリシオス家で鍛えらえたから確かだ―ようなので、やはり彼女はこの国の貴族令嬢だと感じる。
つい先日、わたしはリリーさんが良いところのお嬢様なのだと知った。というのもリオスさんに教えてもらった図書館に身分証明書を嬉々として提示して入り込み、そこで魔法について調べて。偶然手に取った本の記述で見つけたのだ。
曰く、「この国の水路は代々プルーフォリー家が管理している。この家はその功績を認められ、爵位を与えられた」云云かんぬん。
特徴的なファミリーネームだったので、すぐにリリーさんと同じだと思い当たった。とんでもなく驚いて、その足でわたしは家に飛んで帰って彼女を問い詰めてしまった。だって本当なのだとしたら、わたしという平民がそんな正当な貴族の彼女に散々身の回りの世話をさせてしまっているのである。
偶然同じファミリーネームだと言ってくれることを期待して聞いてみれば、リリーさんは距離感を間違っているわたしに怯えながら頷いた。
「へぁ、は、はい…私はそのプルーフォリー家の人間ですが…」
瞬間。わたしはその場で、初対面のリリーさんよりも深く頭を下げた。それこそ床に頭頂部をこすりつける勢いで。
リリーさんはとある事情―彼女があまり話したくない様子だったので、詳細は知らない―でいずれ爵位を返上することが決まっているらしい。平民になってから仕事を探すのでは遅いだろうと、以前自分から城でメイドとして働きだしたらしい。ただ極度の人見知りする性格が災いし、あまり仕事が上手くいかず…そんな折、リオスさんが「別邸を買ったんだが、管理が面倒なんだ。リリーが管理人してくれないか?」と声をかけてくれたらしい。友人である彼に迷惑をかけるわけにはいかないと思いつつ、人と関わる必要がない仕事に惹かれ、彼女は迷った末に頷いたらしい。そうして彼女は、城のメイドではなくリオスさんの別邸専属管理人、もとい専属メイドとして今は働いているのだそうだ。
ちなみにリオスさん本人は嫌がったそうだが、リリーさんは彼を「ご主人様」と呼ぶことを譲らなかったらしい。最近分かったのだが、彼女は意外と頑固なところがある上、形から入るタイプだ。わたしのことも様付けをやめてくれないかと頼んだけれど、「ご主人様の大事なお客様だから」と頑として聞き入れてもらえなかった。
リリーさん本人から今まで通りに接してほしいと懇願されてしまったため、恐縮ながらそのままでいさせてもらっている。だってあんな涙目でぷるぷる震えながら言われたのでは、断ったときの罪悪感の方がひどそうだったんだもの…
生憎とその日以降は、何かと街の散策だったり警備隊の手伝いに駆り出されたりと忙しく過ごしていたため、図書館には足を運べていない。また時間を見つけて行きたいのだけれど、「まあ図書館は逃げないし」と何かと後回しにしてしまっていた。ちなみに明日明後日はお祭りの影響で休館なのだそうだ。
「んー、このお肉の串美味しいですねぇ」
「そうですね…アシェラ様、も、もし喉が渇いたら言ってくださいね、水筒がありますので…」
「ありがとうございます。その時はお願いしますね」
数日前にリオスさんから聞いた中央広場に並ぶ屋台のひとつで買った料理に舌鼓を打つ。同じものを購入したリリーさんが、串を握る手とは反対でいつもの水筒を取り出してくれた。本当にいつも持ち歩いているんだなぁ、と少し感心してしまった。
「アシェラ様、広場を一通り見たら、時計台の方に行きませんか? こ、このお祭りのときだけ、最上階が一般にも開放されているんです…もちろん、時計本体は触ったりはできませんが、い、いつもよりも間近に見られますよ…」
「え、ぜひ行きたいです!」
つい先日、リオスさんに案内してもらったなぁ。確か基本最上階は立ち入り禁止だと言っていたので、お祭り期間中限定でということだろう。あの時計台は警備隊隊長という立場の彼も不用意に近づかないように気を付けていると言っていたので、この機会を逃したら一般人の自分など近くで見られることはないだろう。
わたしが全力で頷くと、リリーさんは「せっかくなので、わ、私が知っている近道でご案内しますね…」と微笑んでくれた。
初めに比べれば、彼女も随分と柔らかく接してくれるようになったと思う。今のように表情が動かしてくれる場面もあるし、最近ではようやく距離が一メートル切るようになってきたのだ。これも毎日顔を合わせ、会話を続けてきた賜物だろう。母国では義母とダリアがわたしの悪評を広めまくったせいで、イリシオス家に来てからは年の近い友人が悲しいことにいなかった。(ベルちゃんはどちらかというと妹みたいな感覚である)
そんなわたしにとって、リリーさんは初めて仲良くなれた同年代の子だ。初めて彼女が微笑っぽいものを浮かべてくれたときは、感動で泣きそうになったのは記憶に新しい。
ライリット国でもお祭りはあったけれど、並ぶお店も食べ物も、やはり国が違えば変わってくる。しかもこの国では魔法を使っての見世物もあって何もかもが真新しかった。
率直に言って浮かれていた。今日は楽しい一日になると信じきっていた。
―――――この後起こる、国を揺るがすような大事件に巻き込まれることになるなど、この時のわたしは考えてもいなかった。
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