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21.幕引き

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 上から振り下ろされたガラットの剣を、オリバーは自身のそれで受け止めた。金属のぶつかり合う音が庭園に響く。さらに二撃目、とガラットが剣を僅かに浮かせた瞬間、オリバーは後ろに飛んだ。容赦なく真っすぐ振り下ろされたガラットの剣が庭園の床に突き刺さる。石畳に刃が食い込み、石の一部が割れた。

「もうやめろ! 剣を使っての私闘に王城の破壊行為。これだけでも処罰対象だ!」
「魔法使い風情が、俺に偉そうに指図してんじゃねぇよ! 魔法がなけりゃ何もできねぇだろうが!」
「ガラット!」
「お前だって、あの家に生まれたくせに魔法の使えない俺を、心の中では馬鹿にしてんだろ!?」

 ガラットは地面を強く踏み込みながら、剣を横から振りかぶった。とんでもないスピードで横一文字に振るわれた切っ先を、オリバーは体勢を低くして避けた。刃が僅かに髪の先を掠っていく。オリバーは剣を前に出そうとしたが、すぐに思い直して横へと転がるように飛んだ。そのままの体勢でガラットが足に込めた力を解放し、体当たりをしてきたためだ。空振りしたガラットの体躯は噴水の縁にぶつかった。ドンッ、という音を響かせて、噴水の水が揺れる。
オリバーは受け身を取ってどうにか体を起こそうとしていた。対するガラットも、さすがにすぐには体勢を立て直せないのか顔を上げたところだった。


 ―――先ほど視た未来通り。ガラットに隙ができるこの瞬間を待っていた!

 噴水の影―ちょうどガラットから死角となる位置―から飛び出しながら、わたしは叫んだ。

「リリーさん!」
「はいぃっ!」

 ガラットが自分のすぐ横から聞こえてきた声に驚いてこちらを振り返った。しかし遅い。
 すでに傍らのリリーさんが、渾身の力を込めて作り上げた水球を彼の顔面目掛けて放っているのだから。狙い通り、慌てて体勢を立て直そうとしていたガラットの顔に水がクリーンヒットした。目にも鼻にも口にも水が入り込んだだろうガラットがうめき声をあげる。完全に無防備だ。そしてその隙を見逃すほど、実力主義で成り立っているレフィルト国の兵士は甘くない。
オリバーさんが一気に距離を詰めて、切り上げる。その狙いはガラットの剣。鈍い音がした次の瞬間、ガラットの剣は宙を舞って少し離れた花壇へと突き刺さった。
顔の水を乱暴に払いながら、ガラットはオリバーさんを憎々し気に見た。力任せに弾かれた剣を握っていた右手が痺れるのか、少し震えている。それも気に入らないというように、ガラットは乱暴に自身の右手を握りこんだ。

「…これで勝ったつもりかよ」
「ガラット」
「お前らなんか、素手でも…!」
「いい加減にしてくださいます?」

 まだ食って掛かろうとしてくるガラットの目の前に、わたしは身を滑り込ませた。完全にオリバーさんしか見えていなかっただろう彼の瞳に自分の姿が映り込む。
 さて、ここからはわたしの『演技』がどこまで通じるかにかかっている。ここまで暴力的な相手の目の前に立つなど怖くて仕方ないが、そんな態度はおくびにも出さない。今のわたしは、『高飛車な貴族令嬢』だ。

「レフィルト国の警備兵ともあろう方がこんなに頭が悪いだなんて…」
「あぁ?」
「あら気分を害しました? 長旅をして来た先でこんな目に合っているわたしはもっと気分が悪いのですから、それくらい我慢したらどうです?」

 イリシオス家で叩き込まれたことを思い出せ。表情はもちろん、指先にまで神経を使って優雅な仕草を心掛ける。
 わたしの変わりようにオリバーさんは何か言いたげな表情だ。リリーさんも同じような顔をしているが、彼女にはわたしがガラットを大人しくするために演技をする旨は伝えてあるから、オリバーさんが何か言おうとしても彼女が止めてくれるだろう。そうお願いしてある。

「おいお前、どの立場から…」
「立場が分かっていないのはあなたでは?」

 言いながら、わたしはここまで眠り続けていた魔法のカード――もとい、身分証明証をガラットの目の前に翳した。これがあれば一目でわたしがライリット国の人間だということが分かるだろう。案の定、散々無礼を働いた相手が他国の人間だと察したガラットの表情が僅かに強張った。

「見て分かりませんか? わたし、ライリット国の『大切なお客様』なんですけれど」

 嘘は言っていない。だって出会い頭にオリバーさんがそう説明したし。

「ライリットの客…? でもシプトンなんて家柄は聞いたこと…」
「信じないならそれでも構いませんわ。国に帰ったら、今日のことを報告するだけですから。そうなったら―――どうなるかしらね?」

 くすり、と口角を意識的に吊り上げる。侮蔑の表情になるように頑張った。こんな時にダリアの仕草が参考になるだなんて、人生は何が起こるか分からないものだ。
 他国の客人―それも貴族という権力者―に暴力未遂を働いたなど、下手したら国際問題だ。しかも両国の関係はただでさえ良くない。今よりも関係性が落ち込むことは必至である。

「(まあ、わたしは貴族でもお客様でもないし、ましてやライリット国に帰る予定はないんだけれど)」

わたしの言わんとしていることを理解したのか、ガラットの顔色が悪くなった。漸く物を理解するだけの冷静さを取り戻したらしい。
今ここで必要なのは事実ではない。彼を大人しくさせるため、話した内容を信じさせるだけの説得力さえあれば良い。そしてわたしの演技は、ガラットの信用を得たようだ。先ほどまでの傲慢な態度は見る影もなく、焦っている様子が伝わってくる。

「あなたも警備隊に名を連ねているのだから、何か信念をお持ちなのでしょう?」

 僅かにガラットの肩が震えたのは気のせいだろうか。残念ながら細かく相手の様子を観察している余裕はなかった。必死に見た目を取り繕っているだけで、わたしも必死なのである。

「もしここで謝罪すれば、見なかったことにしてさしあげます。国同士が争わなくて済むならば、それに越したことはありませんから」
「………」
「あらお返事がないということは交渉決裂ということでよろしいですね。ではわたしはここで失礼いたしますわ」
「…待ってくれ!」

 勝った。
 安堵から緩みそうになった気をしっかりと締め直してから逸らした顔を元に戻した。途端、ガラットが真っすぐに頭を下げた。リリーさんに匹敵するレベルで低い。

「他国の客人に無礼を働いて申し訳ない。この通り謝罪する。俺のせいで、国が不利益を被るのは…」
「(…意外。こういうタイプって、どんな問題が起きようが自分のプライドを優先しそうなのに)」
「それにオリバーと、そっちの水色髪のおんな…女性も。悪かった」
「ガラット…」

 オリバーさんの呼びかけにはどんな感情が込められているのだろう。生憎と短い期間しか彼と過ごしていないわたしはそこまで分からなかった。それでもオリバーさんは警戒を解いて、自身の剣を鞘に納めた。リリーさんも安心したように息をついている。
 ふたり―特にオリバーさん―が納得したのであれば、わたしがこれ以上でしゃばる必要はないだろう。

「分かりました。今回の件はこの場限りといたしましょう」
「感謝する…いや、感謝します」

 もう一度ガラットが頭を下げた時だ。ガラットの取り巻きふたりが、向こうからバタバタと走ってくるのが視界の隅に映る。その後ろから同じく警備隊の服を身に纏った見覚えのない人物が三人付いてきていた。
そういえばいたな、と今更ながらに取り巻きズたちの存在を思い出す。いつの間にか廊下に転がっていたはずのふたりの姿は消えていた。どうやら誰かを呼んできていたらしい。遅すぎる、と胸中で舌打ちした。

「ガラット、オリバー! お前らが喧嘩しているって…」
「うわ、中庭がぐちゃぐちゃじゃねぇか!」
「派手にやらかしてんな。これは言い逃れできないぞ…」

 駆けつけてきた見覚えのない三人組が口々に非難を口にする。
 取り巻きズに目をやれば、さっと目を逸らされた。彼らがどこまで話を聞いていたのか知らないが、その態度から見てきっとわたしを『ライリット国のお偉いさん』だと勘違いしているようだ。

「…喧嘩を吹っ掛けたのも、中庭を傷つけのも俺だ」

 そう言ったのはガラットだった。
 潔い彼の態度に驚くわたしの後ろで、オリバーさんが再び彼の名前を呼びかける。やはりどういう感情なのかは読み取れなかったが、表情はひどく複雑そうだった。

「オリバーさんを庇うだなんて、意外ですね」
「別に庇っているわけじゃない――いえ、わけではありません。ただ事実を言っているだけです」

 思わず素で呟いてしまったが、ガラットが気にした様子はない。その真っ直ぐさが、もしかしたら彼の本質なのだろうか。

 ―――お前だって、あの家に生まれたくせに魔法の使えない俺を、心の中では馬鹿にしてんだろ!?

 ふとオリバーさんとのやり取りでガラットがそう叫んでいたことを思いだした。彼も何か事情を抱えているのだろう。それもきっと、魔法のことで。
 抵抗することなく仲間たちに連れていかれるガラットの背中を見ながら、そんなことを思ってしまった。


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