上 下
19 / 59

20.争い

しおりを挟む
 怒りに顔を染め上げ、瞳も歯もむき出しにしたガラットが腰に差していた剣を引き抜いた。オリバーさんも咄嗟に自分の剣を掴む。
 キィンッ、美しい庭園には決して似つかわしくない、剣のぶつかり合う音が響いた。

「お、おいガラット!」
「さすがに武器使うのはまずいって!」

 わたしとリリーさんを抑えているふたりが慌てるが、ガラットは聞く耳を持っていない。怒りのせいで聞こえていないと言った方が正しいかもしれない。
 彼らの意識が逸れたのを良いことに、「何とかこの状況が打開できるような未来が視えますように!」と祈るような気持ちを込めてこめかみに力を込めた。ばちっ、と脳に電流が走ったような感覚の後、すぐに頭の中で映像が流れだした。


「お得意の魔法とやらでどうにかしてみろよ! てめぇの役に立たない魔法じゃ無理だろうがなぁ!」

 ガラットが乱暴に振るった剣が、中庭に生えていた木の枝を乱暴に切り落とした。なかなかに立派だったそれは、運の悪いことにわたしと後ろの男の頭上にかかっているもので。
 わたしたちはそれぞれ情けない悲鳴を上げながら横に逸れて何とか躱した。わたしに至っては、男が避けるついでにわたしの腕を引っ張ったために躱せたという方が正しいかもしれない。

「ガラットてめぇふざけんな! 危ないだろうが!」

 男が怒りの表情で叫ぶのを他所に、わたしは驚いて放心している。


 瞳を開く。チャンスだ、とわたしは身体強化の『魔道具』に意識を向けながら、今視えた未来を待った。

「お得意の魔法とやらでどうにかしてみろよ! てめぇの役に立たない魔法じゃ無理だろうがなぁ!」

 ガラットの叫びが鼓膜を劈いてきたのと同時に、わたしは『魔道具』を自身に発動させた。細かい指定ができるのかは全く把握できていないが、とにかく腕に強化をかけるイメージで。
 次の瞬間、ガラットが乱暴に振るった剣が、中庭に生えていた木の枝を乱暴に切り落とした。同時にわたしは力づくで背後の男の拘束を解く。肉体強化に、男の油断もあったのだろう、意外と簡単に外れた。それと同時に男を突き飛ばす。
 何が起きたのか分からない、と言った顔で男がその場に尻餅をついた。そんな彼を放って、わたしは急いで横へと飛んだ。当然、落ちてくる枝を避けるためだ。
 身体強化をしているせいで思ったよりもすっ飛んだが、今度は何とか受け身を取って着地する。

「うわああぁっ!?」

 狙い通り男に枝が直撃したらしい。ガサガサと葉が擦れる音に、何かがぶつかる鈍い音、男の悲鳴の三重奏。顔を上げれば、枝の下敷きになりながら頭を押さえて悶絶している男が見えた。シンプルに痛そうだが、無理やり自由を奪われた側な以上、当然同情心など湧いてこない。
 呆気に取られている一同の中で、真っ先に我に返ったのはオリバーさんだ。何が起こったのかいまいち理解できていない元凶のガラットを無視して、オリバーさんはリリーさんの方へと一足飛びで距離を詰めた。そのまま剣をひっくり返し、刃とは逆の柄頭を、リリーさんを捕まえている男の脇腹へと叩き込む。彼は「ぐえっ」と蛙が潰れたような声を上げてよろけた。突然のことに解放されたリリーさんもたたらを踏んだが、体勢を素早く立て直したオリバーさんが彼女の肩を支えたことで何とか転ばずに済んだようだ。

 形勢逆転だ。思わず顔を輝かせたわたしだったが、オリバーさんは険しい表情のままで。その視線の先にいるガラットも、特に焦っている様子はない。

「(あれ…?)」
「そいつらを解放して勝ったつもりかよ。そいつらがいようがいまいが、俺には関係ねぇっての」
「なっ、人質にしたくせに何言っているの!?」
「人質? 人聞きの悪いことを言うな。お前らはただ、オリバーの足を止めさせるために使っただけだ。人質なんざいなくても、俺が剣で負けるわけがねぇ」

 強がりだ。そう思いたかったけれど、ガラットの自信に満ちた表情と、それとは対照的にオリバーさんの表情が固い。彼はガラットから視線を外さないまま、震えるリリーさんから手を離してわたしの方に押し出してくる。足を縺れさせて転びそうになったリリーさんを、今度はわたしが受け止めた。
 途端、ガラットが再びオリバーさんへと躍りかかった。オリバーさんは咄嗟に後ろに跳んで振りかぶられた切っ先を避ける。中庭へと二人の影が飛び込んで行った。
 こんな王城という真っただ中の場所で、こんな状況になっても私怨で武器を使うとかあの男正気!?

「ど、どうにか、しないと…!」

 可哀想なくらい震えているリリーさんを見下ろせば、彼女の瞳からとうとう涙が零れ落ちるところだった。

「あ、あの人、ものすごく強いんです…! こ、このままだとオリバーが!」
「え…!?」

 リリーさんの言葉につられるように切り合う二人を見れば、確かにオリバーさんの方が劣勢だった。素人目から見ても、彼が防戦一方なことが分かる。
 こんなに騒ぎになっているのだから誰か通りかかってくれないだろうか。そう思って辺りを見回すが、残念ながら人影がない。王城の奥まったところだからだろうか。人を呼ぶのが一番だとは思ったが、へたり込むリリーさんを残していくことはできなかった。何よりすでに押されているオリバーさんをこのままにしていくことは危険だと、嫌なところで当たるわたしの勘が言っている。

「(み、未来を視たってどうにかなるわけないよね!? ど、どうしよう、何か…!)」

 何か使えるものはないか、と荷物をひっくり返す。そもそもここにはリオスさんの部隊の見学という体で来ていたせいで物自体が少ない。バラバラと落ちてきた必要最低限な物に唇を引き結んだ。使えそうな物がまるで見当たらない。
こんなことなら防犯用の『魔道具』を買い足しておけば良かった!

「(何か、何かない…!?)」

こん、と荷物を漁っていた指先がとある物に触れて、思わず動きを止めた。
あんな正気とは思えないような相手に通じるだろうか。厄介なことに力で負けを認めさせるのではなく、心を折って大人しくさせる必要がある。
いや、今とれる手としてはこれしか思い浮かばない。何でも良いからやるべきだ。

「り、リリーさん!」
「えぁ!?」

 それにはリリーさんの協力が不可欠だ。わたしも相当焦っているらしい、思った以上の大声でリリーさんに呼びかけると、彼女はその場で数センチ飛び上がった。申し訳ないが今は構っている余裕がない。

「わたしたちでオリバーさんを助けましょう! 協力してください!」

 混乱と不安で泣いて座り込んでいたリリーさんだったが、わたしの言葉に彼女はしっかりと頷いてくれた。その瞳は涙にぬれながらも強い決意に満ちていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...