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第11章 戦争
06 工場運用開始
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たった2週間余りで工場建設が完了した。これは俺の感覚ではありえない。確か家だって日本なら1年ぐらいかかった気がするし、工場だって規模にもよるだろうがそのくらいかそれ以上はかかる。特に今回の場合の規模は家数件分の巨大なもので、そうそう簡単にできるようなものではない。
なんにせよ工場ができたというのなら、確認をしなければならない。というわけで、さっそく準備を整えて翌日エイルードへと”転移”した。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「ようこそ魔王陛下」
到着後すぐに現地へというわけにもいかず、領主であるエイリアード伯爵の元へ向かったところ、すぐにこうして出迎えてくれた。もちろん突然ではなく事前に知らせての訪問である。
「まさか、これほど早くに工場の建設が完了するとは思ってもおりませんでした」
伯爵がしみじみとそういった。
「ドワーフの技術はどれも人族とはかけ離れたものがある。わが国でも以前発生した災害時に彼らが活躍しまさにあっという間に復興が終わり、驚いたものだ」
俺は魔王ではあるが人族のため、こうしたドワーフの技術に関しても驚きを表に出しても問題はない。
「ええ、本当に驚きました。ドワーフといえば鍛冶、そう思い込んでいました。もし知っていればと後悔しております。尤も、その場合はガルトー殿を酷使してしまっていたでしょうが……」
伯爵は俺の手前申し訳なさそうに言った。
「そこらへんは大丈夫だったと思うが、そもそもの話ガルトーは鍛冶より建築が得意なドワーフだそうだからな。建築にかかわれるとなれば喜んでやったことだろう。なにせドワーフは何よりも仕事が好きだからな。放っておくと寝る間も惜しんでやっているほどだ」
「それほどですか、ですが、今回はしっかりと夜は休んでいたようです」
「ああ、そこらへんはアリナのおかげだろう。アリナもまたドワーフではあるが、そういった管理はできるからな」
「そうなのですね」
男性ドワーフは先ほども言ったように寝る間どころか食事まで抜いても仕事を続けるが、女性ドワーフはある程度そこらへんは制御できるようで、女性ドワーフが夜中に徹夜で仕事をしている話は聞かない。
「彼らにとって大いに仕事をし、それが終わったらうまい酒を飲む。それが何よりの至福だそうだ」
「ああ、それはわかる気がします。私も仕事終わりにロリエスタとよく飲んでおりますから」
ロリエスタというのはご存じここエイルード料理人ギルドギルドマスターで、伯爵の幼馴染でもある。それぞれ家庭を持つ身ではあるが、それでも友人としての付き合いは濃密だそうだ。そして、俺は他国の王ではあるが、そんな2人の関係もよく知っているために伯爵も気兼ねなく彼の名を出したというわけだ。
「それは何より、そうした友という者は生涯の宝だ」
「陛下にもそのような方が?」
ここで伯爵から少し痛い質問だ。
「そうだな。以前はそうしたものはいなかったが、今はいるな。尤もその者たちとは友というよりは兄姉のような関係だが、それと見ての通り俺は子供だからなまだ酒は飲んでいないんだ」
「そうでしたか、確か陛下は今15歳とお聞きしましたが」
「こんな小さいがな」
この世界では15歳が成人のため、酒もこの年から飲める。というか、実はそうした制限はあまりない。飲もうと思えば赤ん坊でも飲んでもいいとされている。まぁ、そんなものに酒を飲ませるような馬鹿はいないが。
「酒は体がしっかりと出来上がってからの方がいいからな。成長途中である以上飲まない方がいいんだ」
「そうでしたか、ではそれまでお預けというわけですね」
「そうなるな」
尤も前世で酒を幾度か飲んでいるため酒の味は知ってる。まぁ、前世の俺はあまり酒は飲まなかったが、別に酒に弱かったというわけではなく、酒におぼれるようになりたくなかったからだな。実際前世の20代のころはごくたまに酒が飲みたくなったものだが、30代ぐらいになるとその欲求は無くなったな。だから40代になったらたまに晩酌をしてみようと思っていた。まぁ、その前に死んだわけだが……
とそんな会話をしたのち俺は伯爵の案内により工場へと向かったのだった。
「おっ陛下、来たのか? いてっ! なにすんだ!」
「まったく、いい加減に言葉遣いをちゃんとして頂戴、すみません陛下」
「あははっ、気にすんな。それにしてもよくもこれだけのことをこんな短時間でやったな」
ガリットの言葉遣いに対してため息を漏らしつつ謝罪の言葉を口にするアリナ、しかし俺としては目の前にある衝撃の方が強い。
「私も驚いております。まさか、防壁の拡張があれほどの速度で進むとは思いもしませんでした」
実は俺が2週間余りで工事が終了したということに驚いている最大の理由がこれだ。建物の建造に関してはアベイルの復興で見ているのである程度は知っていた。しかし、そこに防壁の拡張が加わっては別だ。というのも、実は伯爵が用意した土地というのは少しだけ土地が狭かった。いやま、大きな土地であったのは確かだが、それでも工場建築には少し小さく、協議の結果防壁を拡張してしまおうという話になった。もちろんこれらはうちのドワーフたちが請け負うということで合意したわけだ。んで、そんな普通なら大工事をガリットたちはたった5人で、この短期間でやってのけてしまった。これに驚くなという方が無理だ。
「ええと、まぁ、なんだ。とりあえず中の案内を頼む」
「はい、お任せください」
いつまでも驚いていても仕方ないので、無理やり話を進めることにした。
というわけで、アリナ案内の元やってきた工場内、俺がカリブリンに作った工場は倉庫や家をそのまま利用したために1建1建が狭い、しかし今回は最初から工場として設計しているためワンフロアの広大なものとなっている。そこにフリーズドライ製造魔道機械が並んでいるというわけだ。もちろんこれも俺がカリブリンで作ったものとは違い、より工業機械らしく洗礼されている。
「これはっ、壮観ですね」
伯爵もこの光景に圧倒されている。まぁこれは仕方ない俺は前世でこうした光景は見慣れているが、この世界にこうした工場という景色はない。
「ふむ、それでアリナこれはどう使う?」
テレスフィリアにも同じようにフリーズドライ工場はあるが、見たところテレスフィリアのものとは少し違うような気がするし、何より伯爵に説明する必要もあるためにアリナに使い方を聞いた。アリナに尋ねた理由は単純に男性ドワーフは機械を作ることはできても料理ができない。そこで料理ができるアリナに聞いたというわけだ。
「はい、ではさっそく作ってみますね」
そう言ってアリナはすぐさま近くに用意してあった材料を大鍋に投入した。
「まず、こちらの大鍋に材料を入れて、このボタンを押します。するとこちらが設定した通りに調理を自動で開始します」
「ほお、自動で? そのようなことが可能なのか」
相手がアリナということもあってか、驚きの衝撃からなのか伯爵は普段使いの言葉を使っている。まぁ、ぶっちゃけ俺は伯爵がこうした言葉使いであることは知っているために、むしろ敬語を使われた方が何だか落ち着かない。
「はい、以前陛下がおつくりになったものは調理自体は人間が行うようになっておりますが、それはあくまで雇用を生むためのものであり、フリーズドライという者を作ること自体に意味があったので調理自体はそれほど重要ではないのです」
アリナがそう説明するが、これは結果論であり作っているときにそこまで思いつかなかっただけだ。
「しかし、ここエイルードは料理人の街ということで、調理こそがすべてです。この街の料理を遠く離れた場所で食することが出来る。また、それを食べた人が本場で食べてみたい。そう思ってここを訪れる。それが狙いとなりますので、ここではレシピこそが重要となります」
「うむ」
アリナの説明に伯爵は深くうなずいている。
「ですが、料理人にとってレシピは宝であり、実際料理人ギルドではそれをしっかりと保護していると伺っています」
「その通りだ。まぁ、過去にレシピを盗まれるという事件があったが」
伯爵はそういって俺を見た。言っておくが俺が盗んだのではなく俺がその事件にかかわっているからだ。
「はい、その事件のことは伺っております。ですので、例えばここで調理を人の手で管理した場合そのレシピの流出が発生する可能性があります、また、料理という者は同じレシピでも人によって味に違いが出てしまう可能背があります」
これは料理人ギルドのギルマスからも指摘されていた懸案事項でもある。それはそうだろうカリブリンの工場のように多くの人がその手で調理をすれば、当然味にばらつきも出るし何より、そのレシピは盗み放題となる。
「そうらしいな。私は料理はしないが、ロリエスタから聞いた事がある。それを回避するための自動調理というわけか」
「はい、その方法ですが、これはまずこの魔晶石に料理人が自らレシピを記録させます」
そう言ってアリナが取り出したのは魔石を加工した魔晶石、これは俺とドワーフたちで作ったもので透き通ってもいないくすんだ赤い石の記録媒体となっている。どうして魔晶石という名であるにもかかわらずこんな色をしているのかというと、単純に最初は本当に透き通った綺麗なものとなっていたものをくすませただけだ。その理由は綺麗な見た目から下手したら宝石としての価値が出てしまいそうで、これを人族の土地で採用したら別の意味で窃盗が起きそうだからだ。
「これに? そんなことが可能なのか?」
「はい、こちらのアイデアは我らが王のものとなっております」
そう言ってアリナが俺を見たことで伯爵も俺を見たのだった。
「似たようなものを知っていたからな。それとついでに説明しておくと、これには冒険者ギルドのギルドカードと同様、記録者本人とその子供にのみ編集閲覧が可能となっていて、ほかの人間はその中を見ることすら不可能だ。まぁ、一応記録者が管理権限を与えた人物であれば可能だが、そこらへんは料理人ギルドに管理を任せたいと思っている」
これでかなりセキュリティは上がったと思うし、これでレシピを盗むということは不可能となるだろう。
「ふむ、しかし魔王陛下、この管理権限? というものを与えた人物というのは?」
「それは、料理人本人とギルドが判断するところだな。まぁ大体が配偶者か師弟となりそうだが」
「つまり、レシピを教えても構わない人物ということですね」
「そういうことだ」
「しかし、これは素晴らしいものです。ほかにも記録ができたりするのでしょうか?」
魔晶石の有用性に気が付いたようで、そんな質問をしてきた。
「いや、今現在はこのフリーズドライ製造魔道機械専門となっていて、ほかはできないな」
やろうと思えば当然できるが、そこまで一気に文明を動かす気はないし、そもそもこれに記録するためにはパソコンのような専門機械が必要でそれはまだこの魔道機械にしか組み込んでいない。
「そうですか、それは残念です」
「ええと、それでは続きをご説明します」
「ああ、すまぬ。続けてくれ」
「はい、では先ほどの魔晶石ですが、こちらにはすでに簡単なスープのレシピを記録してあります。これをこの位置にセットし、このボタンを押します。どうぞ伯爵様こちらのボタンを押してみてください」
アリナは魔晶石を所定の位置に設置したところで伯爵にスタートボタンを押させることにしたようだ。
「では、失礼して」
そう言いつつも緊張しながら伯爵はボタンを押す。すると魔道機械が動き出したが、残念ながら外部からはどう動いているのかが全くわからないようになっている。しかし、ある程度時間がたってくると調理が終わったようでいい匂いが立ち込めてくる。
「これは、いい匂いですね」
「防犯のために調理風景を見ることはできませんが、今スープの調理が完了したようです。そろそろ次の行程へと移りますので、どうぞこちらへ」
俺たちは今調理をするだけの機械の前に居り、次の行程はその隣にあるのでそこへ移動する。
「あっ、出てきました。ご覧ください、このようにできた料理を1人分ずつ小分けされております」
「うむ、これはおいしそうだ」
「ありがとうございます。そして、どうぞこちらを」
伯爵の言葉に礼を述べた後、さらに次の場所へといざなうアリナ。そこには、ラインで運ばれたスープが次々にフリーズドライとなって出てくる。
「おお、これがフリーズドライか」
「はい、お手にどうぞ」
アリナはそういってできたばかりのものを伯爵の手に渡す。
「うむ、思っていたよりも冷たいのだな。それにしっかりと乾燥している」
「はい、この状態とすることで、保存がきくようになり、お湯をかけるだけで元のスープへと戻ります。以上となっております。何かご質問はありますか」
「うむ、そうだな」
その後伯爵が出す質問に対してアリナが丁寧に答えていく時間が流れていく出のあった。
そうして、さらに数日が経過したところで、ついに本日工場の運用が開始されることとなった。まず手始めとしてレイグラット亭のレシピの登録がされ稼働させることとなった。レイグラット亭とした理由は単に俺が懇意にしている店というだけだったりする。まぁ、俺が懇意にしてるだけあってこうした話が通しやすいという利点もあるわけだが。
「じゃあ、始めるぞ。えっと、こいつを押せばいいんだよな」
「そうだよ」
緊張した面持ちでボタンを押すオクトと、落ち着いて説明する娘のバネッサである。今日はレイグラット亭晴れの日ということで一時的にエイルードに戻っているバネッサである。
こうして、オクトによって押されたボタンにより、魔道機械が動き出し、次々にレイグラット亭特性スープがフリーズドライとして生み出され、最初の1つを取り出す工場責任者。この人物は伯爵が起用した信用できる人物だという。そして、彼はそれを手に取ると皿に移してからオクトの元へと運んだ。
「これがフリーズドライか、本当に味は変わらないんだよな」
「そのはずだ。試してみてくれ」
「お、おう、わかった」
「はい、お父さんお湯」
「お、おう」
バネッサが持ってきたお湯をかけられたフリーズドライは瞬く間に元のスープへと戻っていく。そして、それをオクトが1口。
「こ、これはっ! た、確かに俺の味だ」
「やったね。私ももらっていい」
「おう、食ってみろ」
バネッサも思わず味見をする。
「ほんとだ、お父さんの味」
その言葉を皮切りにその場にいたみんなが同じようにフリーズドライを戻して1口口へ投入していく。
「う、うまい」
「なるほど、確かに味は落ちねぇな」
料理人ギルドギルマスであるロリエスタもオクトの料理を知っているために味の確かさを認める。
「これで、あとは量産するだけだな」
「はい、あとは多くの料理人からレシピを受けとり、商品化していきます」
「うむ、頼んだぞ」
「はっ」
こうして、エイルードフリーズドライ工場が稼働したのだった。
なんにせよ工場ができたというのなら、確認をしなければならない。というわけで、さっそく準備を整えて翌日エイルードへと”転移”した。
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「ようこそ魔王陛下」
到着後すぐに現地へというわけにもいかず、領主であるエイリアード伯爵の元へ向かったところ、すぐにこうして出迎えてくれた。もちろん突然ではなく事前に知らせての訪問である。
「まさか、これほど早くに工場の建設が完了するとは思ってもおりませんでした」
伯爵がしみじみとそういった。
「ドワーフの技術はどれも人族とはかけ離れたものがある。わが国でも以前発生した災害時に彼らが活躍しまさにあっという間に復興が終わり、驚いたものだ」
俺は魔王ではあるが人族のため、こうしたドワーフの技術に関しても驚きを表に出しても問題はない。
「ええ、本当に驚きました。ドワーフといえば鍛冶、そう思い込んでいました。もし知っていればと後悔しております。尤も、その場合はガルトー殿を酷使してしまっていたでしょうが……」
伯爵は俺の手前申し訳なさそうに言った。
「そこらへんは大丈夫だったと思うが、そもそもの話ガルトーは鍛冶より建築が得意なドワーフだそうだからな。建築にかかわれるとなれば喜んでやったことだろう。なにせドワーフは何よりも仕事が好きだからな。放っておくと寝る間も惜しんでやっているほどだ」
「それほどですか、ですが、今回はしっかりと夜は休んでいたようです」
「ああ、そこらへんはアリナのおかげだろう。アリナもまたドワーフではあるが、そういった管理はできるからな」
「そうなのですね」
男性ドワーフは先ほども言ったように寝る間どころか食事まで抜いても仕事を続けるが、女性ドワーフはある程度そこらへんは制御できるようで、女性ドワーフが夜中に徹夜で仕事をしている話は聞かない。
「彼らにとって大いに仕事をし、それが終わったらうまい酒を飲む。それが何よりの至福だそうだ」
「ああ、それはわかる気がします。私も仕事終わりにロリエスタとよく飲んでおりますから」
ロリエスタというのはご存じここエイルード料理人ギルドギルドマスターで、伯爵の幼馴染でもある。それぞれ家庭を持つ身ではあるが、それでも友人としての付き合いは濃密だそうだ。そして、俺は他国の王ではあるが、そんな2人の関係もよく知っているために伯爵も気兼ねなく彼の名を出したというわけだ。
「それは何より、そうした友という者は生涯の宝だ」
「陛下にもそのような方が?」
ここで伯爵から少し痛い質問だ。
「そうだな。以前はそうしたものはいなかったが、今はいるな。尤もその者たちとは友というよりは兄姉のような関係だが、それと見ての通り俺は子供だからなまだ酒は飲んでいないんだ」
「そうでしたか、確か陛下は今15歳とお聞きしましたが」
「こんな小さいがな」
この世界では15歳が成人のため、酒もこの年から飲める。というか、実はそうした制限はあまりない。飲もうと思えば赤ん坊でも飲んでもいいとされている。まぁ、そんなものに酒を飲ませるような馬鹿はいないが。
「酒は体がしっかりと出来上がってからの方がいいからな。成長途中である以上飲まない方がいいんだ」
「そうでしたか、ではそれまでお預けというわけですね」
「そうなるな」
尤も前世で酒を幾度か飲んでいるため酒の味は知ってる。まぁ、前世の俺はあまり酒は飲まなかったが、別に酒に弱かったというわけではなく、酒におぼれるようになりたくなかったからだな。実際前世の20代のころはごくたまに酒が飲みたくなったものだが、30代ぐらいになるとその欲求は無くなったな。だから40代になったらたまに晩酌をしてみようと思っていた。まぁ、その前に死んだわけだが……
とそんな会話をしたのち俺は伯爵の案内により工場へと向かったのだった。
「おっ陛下、来たのか? いてっ! なにすんだ!」
「まったく、いい加減に言葉遣いをちゃんとして頂戴、すみません陛下」
「あははっ、気にすんな。それにしてもよくもこれだけのことをこんな短時間でやったな」
ガリットの言葉遣いに対してため息を漏らしつつ謝罪の言葉を口にするアリナ、しかし俺としては目の前にある衝撃の方が強い。
「私も驚いております。まさか、防壁の拡張があれほどの速度で進むとは思いもしませんでした」
実は俺が2週間余りで工事が終了したということに驚いている最大の理由がこれだ。建物の建造に関してはアベイルの復興で見ているのである程度は知っていた。しかし、そこに防壁の拡張が加わっては別だ。というのも、実は伯爵が用意した土地というのは少しだけ土地が狭かった。いやま、大きな土地であったのは確かだが、それでも工場建築には少し小さく、協議の結果防壁を拡張してしまおうという話になった。もちろんこれらはうちのドワーフたちが請け負うということで合意したわけだ。んで、そんな普通なら大工事をガリットたちはたった5人で、この短期間でやってのけてしまった。これに驚くなという方が無理だ。
「ええと、まぁ、なんだ。とりあえず中の案内を頼む」
「はい、お任せください」
いつまでも驚いていても仕方ないので、無理やり話を進めることにした。
というわけで、アリナ案内の元やってきた工場内、俺がカリブリンに作った工場は倉庫や家をそのまま利用したために1建1建が狭い、しかし今回は最初から工場として設計しているためワンフロアの広大なものとなっている。そこにフリーズドライ製造魔道機械が並んでいるというわけだ。もちろんこれも俺がカリブリンで作ったものとは違い、より工業機械らしく洗礼されている。
「これはっ、壮観ですね」
伯爵もこの光景に圧倒されている。まぁこれは仕方ない俺は前世でこうした光景は見慣れているが、この世界にこうした工場という景色はない。
「ふむ、それでアリナこれはどう使う?」
テレスフィリアにも同じようにフリーズドライ工場はあるが、見たところテレスフィリアのものとは少し違うような気がするし、何より伯爵に説明する必要もあるためにアリナに使い方を聞いた。アリナに尋ねた理由は単純に男性ドワーフは機械を作ることはできても料理ができない。そこで料理ができるアリナに聞いたというわけだ。
「はい、ではさっそく作ってみますね」
そう言ってアリナはすぐさま近くに用意してあった材料を大鍋に投入した。
「まず、こちらの大鍋に材料を入れて、このボタンを押します。するとこちらが設定した通りに調理を自動で開始します」
「ほお、自動で? そのようなことが可能なのか」
相手がアリナということもあってか、驚きの衝撃からなのか伯爵は普段使いの言葉を使っている。まぁ、ぶっちゃけ俺は伯爵がこうした言葉使いであることは知っているために、むしろ敬語を使われた方が何だか落ち着かない。
「はい、以前陛下がおつくりになったものは調理自体は人間が行うようになっておりますが、それはあくまで雇用を生むためのものであり、フリーズドライという者を作ること自体に意味があったので調理自体はそれほど重要ではないのです」
アリナがそう説明するが、これは結果論であり作っているときにそこまで思いつかなかっただけだ。
「しかし、ここエイルードは料理人の街ということで、調理こそがすべてです。この街の料理を遠く離れた場所で食することが出来る。また、それを食べた人が本場で食べてみたい。そう思ってここを訪れる。それが狙いとなりますので、ここではレシピこそが重要となります」
「うむ」
アリナの説明に伯爵は深くうなずいている。
「ですが、料理人にとってレシピは宝であり、実際料理人ギルドではそれをしっかりと保護していると伺っています」
「その通りだ。まぁ、過去にレシピを盗まれるという事件があったが」
伯爵はそういって俺を見た。言っておくが俺が盗んだのではなく俺がその事件にかかわっているからだ。
「はい、その事件のことは伺っております。ですので、例えばここで調理を人の手で管理した場合そのレシピの流出が発生する可能性があります、また、料理という者は同じレシピでも人によって味に違いが出てしまう可能背があります」
これは料理人ギルドのギルマスからも指摘されていた懸案事項でもある。それはそうだろうカリブリンの工場のように多くの人がその手で調理をすれば、当然味にばらつきも出るし何より、そのレシピは盗み放題となる。
「そうらしいな。私は料理はしないが、ロリエスタから聞いた事がある。それを回避するための自動調理というわけか」
「はい、その方法ですが、これはまずこの魔晶石に料理人が自らレシピを記録させます」
そう言ってアリナが取り出したのは魔石を加工した魔晶石、これは俺とドワーフたちで作ったもので透き通ってもいないくすんだ赤い石の記録媒体となっている。どうして魔晶石という名であるにもかかわらずこんな色をしているのかというと、単純に最初は本当に透き通った綺麗なものとなっていたものをくすませただけだ。その理由は綺麗な見た目から下手したら宝石としての価値が出てしまいそうで、これを人族の土地で採用したら別の意味で窃盗が起きそうだからだ。
「これに? そんなことが可能なのか?」
「はい、こちらのアイデアは我らが王のものとなっております」
そう言ってアリナが俺を見たことで伯爵も俺を見たのだった。
「似たようなものを知っていたからな。それとついでに説明しておくと、これには冒険者ギルドのギルドカードと同様、記録者本人とその子供にのみ編集閲覧が可能となっていて、ほかの人間はその中を見ることすら不可能だ。まぁ、一応記録者が管理権限を与えた人物であれば可能だが、そこらへんは料理人ギルドに管理を任せたいと思っている」
これでかなりセキュリティは上がったと思うし、これでレシピを盗むということは不可能となるだろう。
「ふむ、しかし魔王陛下、この管理権限? というものを与えた人物というのは?」
「それは、料理人本人とギルドが判断するところだな。まぁ大体が配偶者か師弟となりそうだが」
「つまり、レシピを教えても構わない人物ということですね」
「そういうことだ」
「しかし、これは素晴らしいものです。ほかにも記録ができたりするのでしょうか?」
魔晶石の有用性に気が付いたようで、そんな質問をしてきた。
「いや、今現在はこのフリーズドライ製造魔道機械専門となっていて、ほかはできないな」
やろうと思えば当然できるが、そこまで一気に文明を動かす気はないし、そもそもこれに記録するためにはパソコンのような専門機械が必要でそれはまだこの魔道機械にしか組み込んでいない。
「そうですか、それは残念です」
「ええと、それでは続きをご説明します」
「ああ、すまぬ。続けてくれ」
「はい、では先ほどの魔晶石ですが、こちらにはすでに簡単なスープのレシピを記録してあります。これをこの位置にセットし、このボタンを押します。どうぞ伯爵様こちらのボタンを押してみてください」
アリナは魔晶石を所定の位置に設置したところで伯爵にスタートボタンを押させることにしたようだ。
「では、失礼して」
そう言いつつも緊張しながら伯爵はボタンを押す。すると魔道機械が動き出したが、残念ながら外部からはどう動いているのかが全くわからないようになっている。しかし、ある程度時間がたってくると調理が終わったようでいい匂いが立ち込めてくる。
「これは、いい匂いですね」
「防犯のために調理風景を見ることはできませんが、今スープの調理が完了したようです。そろそろ次の行程へと移りますので、どうぞこちらへ」
俺たちは今調理をするだけの機械の前に居り、次の行程はその隣にあるのでそこへ移動する。
「あっ、出てきました。ご覧ください、このようにできた料理を1人分ずつ小分けされております」
「うむ、これはおいしそうだ」
「ありがとうございます。そして、どうぞこちらを」
伯爵の言葉に礼を述べた後、さらに次の場所へといざなうアリナ。そこには、ラインで運ばれたスープが次々にフリーズドライとなって出てくる。
「おお、これがフリーズドライか」
「はい、お手にどうぞ」
アリナはそういってできたばかりのものを伯爵の手に渡す。
「うむ、思っていたよりも冷たいのだな。それにしっかりと乾燥している」
「はい、この状態とすることで、保存がきくようになり、お湯をかけるだけで元のスープへと戻ります。以上となっております。何かご質問はありますか」
「うむ、そうだな」
その後伯爵が出す質問に対してアリナが丁寧に答えていく時間が流れていく出のあった。
そうして、さらに数日が経過したところで、ついに本日工場の運用が開始されることとなった。まず手始めとしてレイグラット亭のレシピの登録がされ稼働させることとなった。レイグラット亭とした理由は単に俺が懇意にしている店というだけだったりする。まぁ、俺が懇意にしてるだけあってこうした話が通しやすいという利点もあるわけだが。
「じゃあ、始めるぞ。えっと、こいつを押せばいいんだよな」
「そうだよ」
緊張した面持ちでボタンを押すオクトと、落ち着いて説明する娘のバネッサである。今日はレイグラット亭晴れの日ということで一時的にエイルードに戻っているバネッサである。
こうして、オクトによって押されたボタンにより、魔道機械が動き出し、次々にレイグラット亭特性スープがフリーズドライとして生み出され、最初の1つを取り出す工場責任者。この人物は伯爵が起用した信用できる人物だという。そして、彼はそれを手に取ると皿に移してからオクトの元へと運んだ。
「これがフリーズドライか、本当に味は変わらないんだよな」
「そのはずだ。試してみてくれ」
「お、おう、わかった」
「はい、お父さんお湯」
「お、おう」
バネッサが持ってきたお湯をかけられたフリーズドライは瞬く間に元のスープへと戻っていく。そして、それをオクトが1口。
「こ、これはっ! た、確かに俺の味だ」
「やったね。私ももらっていい」
「おう、食ってみろ」
バネッサも思わず味見をする。
「ほんとだ、お父さんの味」
その言葉を皮切りにその場にいたみんなが同じようにフリーズドライを戻して1口口へ投入していく。
「う、うまい」
「なるほど、確かに味は落ちねぇな」
料理人ギルドギルマスであるロリエスタもオクトの料理を知っているために味の確かさを認める。
「これで、あとは量産するだけだな」
「はい、あとは多くの料理人からレシピを受けとり、商品化していきます」
「うむ、頼んだぞ」
「はっ」
こうして、エイルードフリーズドライ工場が稼働したのだった。
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『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
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破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
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