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第10章 表舞台へ

08 ブリザリア王国女王

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 ブリザリア王国にて女王へ贈り物をしようとしたらひと悶着、一向に話が進まない。どうしたものかと思ったがこればかりは俺が魔王であり、連れてきた配下がエルフでは仕方ないのかもしれない。

「以上のことから、教会では魔王の存在を認めるともに、教義の一部の改訂を視野に入れております。尤も、これにはいまだ賛否が分かれており目下検討中でございます」

 枢機卿が言う教義の一部ということこそ、他種族に関するものだろう。しかし、人間というものは変化を恐れる上に、間違いを認めることはその権威を下げる行為でもあるために、そう簡単にはできるものではないだろう。もちろん俺もそれは理解しているので、この件に関しては気長に待つことにしたい。
 とはいえだ、あまり気長に待ち続けても、その分奴隷となった者たちの苦しみが増すだけ、出来ることなら今すぐにでも変わってほしいというのが本音だ。

「そうですか、そのような事実が、そうなるとやはり再びテレスフィリア魔王陛下に対して謝罪をしなければなりません。陛下、度々の無礼お許しください」
「いえ、そもそもこれらは人間の業によるもの。致し方ないことです」
「寛大なご配慮痛み入りますわ」

 こんなことをいちいち問題として、文句をつけていても仕方ないのでここは穏便に済ます方法をとる。

「さて、先ほど贈り物の途中でしたので、続けさせていただきます」
「ええ、お願いしますわ」

 ということで止まっていたエルフに指示を出して女王の元へと向かわせる。尤も、途中で品物を女王の従者に手渡しただけなんだが。

「こちらは?」
「はい、まずその大きな箱、そちらはドレスです」
「ドレス、ですか?」

 若干いぶかしむ女王。

「初対面の女性に対して、ドレスをお贈りするというのはどうかとも思ったのですが、こちらはコルマベイント王妃殿下よりの提案なのです」

 初対面の異性に服を贈るというのは、妙な意味で取られることがある。もちろんこの世界でもそういわれており、普通はしない。しかし、この贈り物はコルマベイントの王妃がぜひそうしてくれと言ってきたからである。そういうことで、女王の不信も回避できるわけだ。

「まぁ、貴女が?」
「はいお姉さま、先日魔王陛下よりお姉さまにお贈りする品のご相談を受け、それならと提案させていただいたのです」

 そう、王妃が言ったように俺は女王へ贈る品を何がいいかと相談していた。そもそも女性にものを贈るということ自体したことのない俺が、いきなりずっと年上相手にどんなものを贈ればいいのか、そんなもの分かるはずがない。そこで誰かに相談と思い、身の回りの女性ということでシュンナたちに聞いたわけだが、ここで問題。確かに同じ性別ではあるが立場が違った。考えてみれば俺の周りにいる女性陣はみんな基本庶民で、今回贈り物をする人物は王侯貴族、そうなるとますますわからなくなる。そうして考えあぐねた挙句に、女王の妹でもあるコルマベイント王妃に聞くことにしたというわけだ。

「そうなのですね。それで、こちらはどのようなドレスなのでしょうか?」

 女王がワクワクしながらどんなドレスが聞いてきた。

「こちらですが、実はコルマベイント王妃殿下が身に着けておられるものと同じデザインの色違いとなっています」

 これもまた王妃の希望だ。

「まぁ、そうですの。実は先ほどから気になっており、あとで聞こうと思っていたのです。とても素晴らしいドレスですわ」
「ふふっ、やはりお姉さまもお気に召すと思っておりました」
「ええ、とても気に入りました。テレスフィリア魔王陛下、素晴らしい贈り物をありがとうございます」
「いいえ、そちらのドレスですが、王妃殿下よりサイズは同じと伺いましたので、同じものをご用意しております。とはいえ微妙な違いもあるかと思いましたので、制作を担当したものを同行させておりますので後ほどご紹介させていただきます」
「それはそれは、ぜひお会いしたいですわ」
「また、そちらと別に小さな箱についてですが、こちらも王妃殿下の提案で化粧品各種、となっています。ぜひお使いください、使い方については、すでにお使いいただいている王妃殿下よりお聞きいただければと思います」

 化粧品の使い方となると、俺の手のもから聞くより、妹から聞いた方が安心もできるだろう。なにせ、化粧品を使うということは、すっぴんをさらすことになるからな。いくら同じ女性が相手でも初対面にさらしたいものではないだろう。

「お任せくださいお姉さま」
「ええ、お願いするわね」

 任せろと胸を張る王妃殿下に微笑みながら答える女王陛下の図が出来上がった。こうしてみると聞いていた通り仲のいい姉妹のようだ。以前聞いた話では王侯貴族の兄弟姉妹というのは権力争いなどで、仲が悪かったり、骨肉の争いが起きる場合があるというが、見たところこの姉妹にはそういったことはなかったようだ。

「陛下、もしよろしければお召替えなどをされてはいかがでしょうか?」

 女王を見ると、ちらちらとドレスや化粧品などを見つつ、王妃殿下のことも見ている。王妃殿下を見てもうんうんと頷いていることからも、女王がドレスと化粧品が気になっているのは明らか。そこで、話を続ける前に着替えてはどうかと提案してみた。

「よろしいのですか?」
「もちろんです」
「うむ、義姉上我もかまいませんぞ」

 俺とコルマベイント王からの許可を得たということで、女王は少し嬉しそうにほほ笑んでいった。

「ありがとうございます。では、さっそくではありますが、こちらのドレスに着替えさせていただきます」
「はい、では調整のためにエリモナ」

 背後に控えている女性、というか幼女にしか見えないドワーフ女性に声をかけた。

「陛下、このものは一見幼く見えるかと思いますが、ドワーフ族の女性でれっきとした大人です。そして彼女こそ、そちらのドレスの制作者でもあります。サイズなどの調整に彼女をお連れ下さい」
「まぁ、貴女がこれを、ええぜひお願いしますわ」
「お姉さま、お化粧についてはわたくしがお教えしますわ。あっ、そうだわ。魔王陛下、ポリーさんをお借りしてもよろしいですか?」
「はぇっ!?」

 王妃殿下が急にポリーの名を呼んだことで、ポリーがびっくりして素っ頓狂な声を上げてしまった。

「かまいませんが、なぜでしょう?」
「化粧についてわたくしも教わっておりますが、何分一度教わっただけでつたないところもあります。しかしポリーさんはわたくしより、詳しく学ばれていると聞き及んでおりますので、ぜひこの機会にお教えいただきたいのです。また、ポリーさんは何れ魔王妃殿下となられるお方、この機会に仲良くしておきたいというのもありますが」

 王妃殿下の意見は尤もで、そもそも化粧品についてもその使い方についても麗香と那奈が持ち込んだものだ。そして、それらの使い方などは、当然仲良くなったポリーも詳しく2人から学んでおり、ポリーが女王に化粧を施すことはたやすくできるだろう。

「なるほど、そういことみたいだけど、ポリー、どうだ?」
「え、えっと、私が? えっ、でも、私……」
「ポリーさん、いかがでしょう。女同士、仲良くしていただけませんか?」

 王妃殿下にこう言われて、ポリーも少し悩んでいる。

「わ、わかりました。その、おねがいします」

 ポリーも結局はそれを受け入れてエリモナを伴って王妃殿下や女王陛下とともに奥へと向かったのであった。

 そうして、残された俺たちはというと、特にこの状態で話こともないのでいったん引くことになり、控室へと引っ込むのであった。


 それからしばらく控室でのんびりとくつろいでいると、不意に扉がノックされて、何かと思ったらポリーが帰ってきた。

「ただいまぁ、ふぅ、疲れたぁ」
「はははっ、お疲れ、どうだった」
「緊張したよ。だって相手は女王様と王妃様だよ。でも、お化粧の話とかいろいろお話したら楽しかったのはあるけどね」

 緊張したと言いながら楽しそうに話をするポリー、どうやら本当に楽しかったみたいだ。まぁ、女同士だしな。

「そっか、まぁ、とにかくポリーが帰ったってことはそろそろ再開か」
「うん、女王様すっごく綺麗になったよ」
「へぇ、それは楽しみだ」

 同時に褒める必要もあるため面倒でもある。そういうのって俺はあまり得意ではないからな。

「ふふっ、思ったこと言えばいいんだよ」

 ポリーは俺がそういうのを面倒だと思うことを知っているために、笑うながらそういった。

 それから、少ししてから呼ばれたために再び謁見の間に向かったのだった。

 そこには先ほどはなかったイスとテーブルが用意されており、俺が案内に従い座ると同時コルマベイント王がやってきて同じように座った。

「女王陛下のおなり」

 再び謁見の前に入ってきた女王、立ち上がり迎えつつその姿を見ると、その装いは俺が送ったドレスを身にまとい、麗香と那奈直伝の化粧術を施したものだった。それは、確かにポリーが言うように元の美しさが増したような、そんな姿だった。

「皆様、お待たせしまして申し訳ありません」

 そう言って謝辞を述べる女王。

「いえ、待ったかいがあったというものです。……」

 コルマベイント王はさすがというべきか、いつ終わるんだろうかと思えるほどに褒めちぎっている。あれ? もしかして俺もこれほどの言葉を並べないといけないのか? いやいや、無理無理。人見知りで人づきあいが苦手で、元人間不信な俺にそんなことできるわけがない。

 んで、実際大した言葉も述べることもできず、なんとも短く称賛したのだった。まぁ、それでも女王は喜んでくれたようでよかったと思おう。

「テレスフィリア魔王陛下、本日はとても素晴らしい贈り物をありがとうございました」
「いえ、お気に召していただけたようで何よりです。さてそれでは本日訪問させていただいた用件についてですが」

 再び椅子に座ったところで、ようやく本題に入れそうだ。

「我が国との国交を結ぶこと、ですか?」

 さすがは女王、俺が言わずともわかってくれている。というか、普通分かるか。

「そうです。ですが、そのためには少し、いえ、大きな問題がありそれについての話し合いが必要であると思っています」
「大きな問題、それは種族ですね」
「はい、我が国の民は魔族を始め、獣人族、エルフ族、ドワーフ族となっております。人族、つまり話われと同族はごく少数で、すべて私の身内です」
「キリエルタ教の教えを受けた我が国の民では、貴国の民をさげすみ侮ることになるでしょう」
「ええ、尤もそれはコルマベイントも同じ、私としては大きな問題ではあるが、時間をかけゆっくりと正していければと考えています」

 奴隷解放したからといって、いきなり人族から他種族に対する価値観が変わるわけがない。地球でもいまだにごくたまにではあるが、黒人に対する差別が発生し問題になっている。例えば白人警官が黒人を射殺したとかね。奴隷解放から100年以上たった地球でもそうなのだから、まだちゃんと奴隷解放宣言的なものがされていない今、すぐに変わるのは無理だ。まぁ、時間をかけてゆっくり正せれば俺としては万々歳ってとこだ。

「そうですね、確かに今すぐというのは難しいでしょう、申し訳ありませんが陛下には長い目で見ていただく必要があるでしょう」

 女王は本当に申し訳ないという表情をしながらそう答えた。

「そのつもりです。とはいえ、実は貴国との問題は別のところにもあるのです」
「別、ですか? それは一体?」

 ここからブリザリアとテレスフィリア最大の問題を定義する。

「陛下はハンターと呼ばれていた者たちをご存じですか?」
「ハンター、ですか、申し訳ありません。存じ上げておりませんわ」

 女王はハンターを知らない、これは俺としても予想通りの答えのために特に驚いてはいない。というのも同じくブリザリア王国王族であるコルマベイント王妃も知らなかったから、ハンターなんて庶民の仕事は知らなくて当然だ。俺だって、テレスフィリアの民が行っている職業すべてを把握しているわけではないからな。

「では、まずはハンターについて説明させていただきます」
「お願いします」
「ハンターというのは端的に言えば、獣人族やエルフ族の土地に赴き襲撃、住人を捕らえて奴隷の首輪を嵌め奴隷として、拠点へと持ち替え売る。そうしたことを生業としていたもの達です」
「まぁ、そのような職業があるのですね」
「はい、尤も現在はすべてのハンターは撤退し、ハンターという職業は存在しませんが」
「そうなのですね」
「はい、魔王となる前、獣人族の地に赴いた際に協力し撃退しましたから、おかげで私は獣人族たちから英雄として扱われています」

 俺がハンターを撃退したといった時、わずかながら殺気を感じた。どうやら、その撃退された中に貴族のボンボンでもいて、その親がこの場にいたのかもしれない。まぁ、今はどうでもいいので無視して話を進める。

「もしや、それが魔王となった経緯となるのでしょうか?」
「そうですね。これにより魔族の土地に赴き、力を示す機会があったことで魔王となり、獣人族の英雄であったことで獣人族やエルフ族、ドワーフ族からも歓迎を受けたのです」
「そうだったのですね。しかし、魔王陛下その話とわが国との問題というのは?」

 ここで女王が確信を聞いてきた。

「ハンターの拠点はいくつかあったのですが、貴国近く、つまり大陸東側についてはエイパールにありました。こちらについては?」
「ええ、存じ上げております。確か聖教国の端にあった独立国だったと記憶しております。ですが現在は聖教国に取り込まれたことで、エイパール地区と呼ばれているかと」
「そうです。実はこのエイパールこそ、ハンターたちの大陸東側の拠点となっていました。ハンターたちが撤退したことで、国として成り立たなくなったということです」
「なるほど、そうした経緯があったのですね」
「はい、そして、ここからは確認したわけではなく推測となってしまいますが、エイパールには拠点があるだけで住人というものはおりません。そして、聖教国はご存じの通りですので、かの国からハンターが出ることはありません」

 逝去国の住人というのはすべて聖職者であり、それ以外の職に就くことはない。

「そうですね。となるとまさか」
「はい、残るは貴国、つまり獣人族やエルフ族たちを苦しめていたハンターの大半が貴国の出身であると思われます」
「……なんと、となると問題というのは我が国の民、ハンターと呼ばれる者たちが貴国の民をかどわかし奴隷として貶めていた。何たる罪でしょう、王としてそのことを知らぬとは恥ずかしい限りです」

 そう言って落ち込む女王、周囲にいる貴族たちはそうさせた俺に対してにらみを利かせるものが多数、同様に落ち込むものが数人といった感じだ。

「いえ、陛下お気になさらないでください。ハンターが動いていた時は、まだ建国はしておりませんd下から、被害者たちは厳密には我が国の民ではありません。まぁ、その民の家族や同胞ではありますが私としてはそれについて貴国を責めるというつもりはありません。ただ、問題としてわが国の民、主に被害者家族である獣人族、そしてエルフ族はハンターたちをひどく憎んでいます」
「え、ええ、そうでしょう」
「また、獣人やエルフたちも無抵抗だったわけではありません。応戦し多くのハンターたちを倒しています」
「つまり、我が国の民もまた。貴国の民を憎んでいる者がいるということですか、尤も、話を聞く限り我が国の方は間違いなく逆恨みですが」

 さすがは女王俺の言いたいことが分かったようだ。そう、最大の問題はこれ、お互いの民が憎みあっている状態であるということだ。たとえ、一方が逆恨みでも恨みは恨みだからな。
 さて、この問題どうやって片付けるべきか、悩ましいところだ。
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