上 下
102 / 117
〜兄弟の絆〜

マルクスの最後

しおりを挟む
 マルクスのウォーターストーム(水属性最強魔法)により、頭上から降り注いだ強力な水圧に押しつぶされてデミタスは地中深くに消えた。

 ルディーは何が起こったのかしばらく理解できずに放心していたが、すぐにマルクスの魔法によりデミタスを倒したことがわかると安堵あんどの表情を見せた。

「終わったのか?」

「ああ、あれを食らって生き延びたものはいない」

 マルクスはそう言うと意識を失いかけてフラフラになったが、すかさず夜叉神しゃしゃじんに助けられた。

「大丈夫か? マルクス?」

「ああ、フッ……。ルーン大国の将軍から、気遣いの言葉をかけられる日が来るとはな……」

「俺もだ。まさかギルディアのエルフを支える日が来ると思わなかった」

「これで終わったな!」

 ルディーはホッとした表情で横にいたダンテの肩を叩いた。

「なんでお前がここに居るんだよ?」

「敵を目の前にして逃げることはできないだろ? あんたならわかるはずだ」

 ダンテは皮肉交じりにルディーの肩を叩き返した。

「フン! それもそうだな」

「そう言えばミラはどうした? 一緒に避難していたんじゃないのか?」

「マルクス!!」

 マルクスが声の方を見るとミラがこっちに走ってくるのが見えた。

「ミラ! どうして?」

「ダンテ! お前を追ってきたんだろ?」

 ルディーが意地悪そうにダンテをからかうと困った顔をした。

「全く! いつまで俺の保護者面してんだよ。姉さんは~~」

 ダンテは笑いながらミラに手を振った、その時、黒い塊がまっすぐダンテに向かって飛んで行くのが、ルディーの視界に入った。黒い塊は、ダンテに直撃する瞬間、ルディーはダンテを突き飛ばした。塊はルディーの腕に直撃するとそのままルディーの体を吹き飛ばした。

「うあ~~!!」

 弾き飛ばされたルディーの体を見てその場の全員が絶句した。ルディーの腕はドス黒く変色していた。

「どうした? こ、これは……?」

 その場の全員が、振り返るとそこには全身から血を吹き出しながら瀕死ひんしのデミタスが立っていた。

「デミタス!! 生きていたのか!!」

 マルクスは咄嗟とっさに魔法を唱えようとしたが、デミタスはルーン大国の兵士が持ってきた床弩しょうどの方に走り出した。

「これで終わりにしてやる!」

 デミタスは床弩の引き金に指をかけると走ってくるミラの方に向けた。それを見たマルクスは叫び声を上げた。

「逃げろ!! ミラ!! ここに来ちゃいけない!!」

 ミラはマルクスの叫び声に驚いて、その場で立ち止まってしまった。デミタスはそのままミラの方に床弩の照準を合わせるとそのまま引き金を引いた。ニメートルもある巨大な弓矢が勢いよく飛び出すと、吸い寄せられるようにミラのいる方向に飛んでいった。

「クソ! 避けきれない! ワープ(超高速移動)」

 誰もが巨大な弓矢がミラに当たると思った瞬間、ミラを守るマルクスの姿がそこにあった。

「ドスッ!」

 ミラは恐怖で目を閉じた。鈍い音がした瞬間、顔に生暖かい液体の感触がしたのでゆっくりと目を開けるとそこには胸に二メートルもの巨大な弓矢が深々と刺さったマルクスが優しい目で自分を見ていた。

「い、いや~~~~~~~~!!!!!」

 ミラは目の前の光景が信じられなかった。口から大量の血を出しているマルクスを見て気が狂いそうになるほど叫び声を上げた。

「な、なぜ? マルクス……どうして?……」

「ミ……ミラ、大丈夫か?……」

「い、いや……、マルクス。やめて……いや……」

 気が動転して何をして良いのかわからない。マルクスの胸の矢からは大量の血が吹き出している。すぐにダンテとルディーが駆け寄ってきた。

「マルクス! 大丈夫か?!」

「あ、あのヤロ~~~!!!」

 ルディーは急いでデミタスがいた方を見たがすでにデミタスの姿はそこになかった。ルディーはすぐにデミタスを追いかけようと走り出そうとしたところでマルクスはルディーの腕を掴んだ。

「ま……待ってくれ。ルディー……」

「なぜ止めるんだ? マルクス?」

 ルディーは怒りで納得が行かないという目でマルクスを見た。

「彼奴はもうワープの魔法でギルディアに帰った。い……今、彼奴を追いかけるのは待って……くれ……」

「どうして? 今の彼奴だったら俺でも倒せるぞ!」

 ルディーはマルクスの腕を振り払おうとしたところで、夜叉神に肩を掴まれた。

「無理だ。たとえ退魔処理をした刀で切り刻んでも数年後には復活する」

「う、嘘をつくな! なぜそんなことがわかる?」

「俺は昔、彼奴を斬って焼却までしたが、数年後には復活したからだ」

「な、何だと?」

「彼奴を唯一倒せる者はマルクスしかいない、こいつの魔法でなければ彼奴をこの世から完全に消す方法は無い」

 ルディーは怒りで体が震えるのを必死で我慢した。

「ルディー頼むから、こ……このことをカイトには言わないでくれ……」

「な、なぜだ?」

「弟がこのことを知れば絶対にデミタスを倒そうとする……でも、カイトじゃ彼奴は倒せない」

「ら、雷帝らいていのスキル持ちだったらもしかすると倒せるかもしれないじゃないか?」

「や、やめてくれ……、お、俺にはもうカイトしかいないんだ……あ、彼奴には幸せになってほしい、う、うぅ~~」

 マルクスはそこまで言うと苦しそうなうめき声を上げた。

「あ、ああ。マルクス、私がここに来たばっかりに……こ、こんなことに……」

「き……気にするな、ミラ。君が無事で本当に良かった……」

「マ、マルクス弱音を吐かないで……お願い……」

「ミラ……君と会えて本当に楽しかったよ……き、君に会えて本当に良かった……ありがとう……」

「マルクス! やめて! そんな事言わないで、お願いマルクス! ここを触って……」

 ミラはそう言うとマルクスの手を自分のお腹に当てた。

「マルクスわかる? 私のお腹にはあなたと私の赤ちゃんがいるのよ」

 いきなりの告白にマルクスはミラの顔を見た。

「ほ、本当か? お、俺とミラの子供が……」

「ええ。本当よ! もうすぐパパになるんだから、こんなことでくじけちゃだめよ!」

「そ、そうか……、お、俺が……父親になるのか……そ、それじゃ。こんなことくらいで、くじけちゃだめだな……」

 そう言うとマルクスの目から大粒の涙が溢れ出した、視界が涙でにじんでミラの顔が見れない。その時、マルクスの口から大量の血が溢れ出して、視界が徐々に消えて見えなくなるのがわかった。

 マルクスは震える手で懐からアバター宝石のネックレスを取り出して、ミラに渡した。

「こ、これを生まれてくる子供に渡してくれ……」

「これは……子供が生まれたときにマルクスから渡してよ……」

 ミラも泣きじゃくった。

「ミラ……、多分これが最初で最後の俺から子供へのプレゼントになるだろう……た、頼む……受け取ってくれ」

「だめよ! そんな弱気にならないで! マルクス!!」

 マルクスは今にも寝てしまいそうになる前に最後の力を振り絞って魔法を唱えた。

「う……うう。ピファイ(麻痺呪文まひじゅもん)」

 マルクスは力尽きる前に麻痺の呪文を唱えて、ミラとルディーとダンテを麻痺で動けなくした。

「な、何を考えているマルクス!」

「ど、どうして? こんなことを?」

 マルクスは麻痺の呪文で動けなくなっているミラの腕からゆっくりと離れると川の方に向かって歩き出した。

「「な、何をしている? や! やめろ!!」」

 川のそばまで行くと振り返ってミラたちを見た。

「ダンテ。ミラと子供を頼んだぞ」

「ルディー、カイトには絶対にこのことを知られないように頼んだぞ」

「ミラ! どんなにつらいことがあっても俺を思ってくれてありがとう、君の笑顔を見ると何度でも立ち上がる勇気が出てきたよ、生まれて来る子供に会えないのは残念だけど……お、俺は君たちの幸せを心から願っているから絶対に……し、幸せに暮らしてね…………こ、こんな、お、俺だけど……必要としてくれて本当に……ありがとう……」

「や、辞めて!!!! マルクスそんな事言わないで!!!」

「じゃ、また来世で会おう……こ……今度また、う……生まれ変わって、どんな困難なことが俺たち二人を引き裂こうとしても、ま、また二人で一緒にいようね……」

 マルクスは最後に笑うとそのまま川に転落した。

「いや~~~~~~~!!!!! マルクス~~~~~~~!!!」

 ミラは気が狂いそうになるほど叫んだ。

 川に落ちたマルクスの体は流され、そのまま巨大な滝壺に飲み込まれると二度と浮かんでこなかった。

 その光景を目の当たりにした夜叉神は、ゆっくりと滝壺に近づくと片膝かたひざをついて、右腕を胸に当て頭を深々と下げてマルクスの死をなげいた。その行動はルーン大国で個人に向けた感謝を表す最大の表現だった。夜叉神の部下たちも次々に頭を下げていき、その場に居るルーン大国の兵士全員が夜叉神に続いた。

 しばらく沈黙が続いた後、夜叉神は立ち上がると全ての兵士たちに向かって叫んだ。

「ロビナスを救ったマルクスは真の武人ぶじんであった。我々ルーン大国の民は武人に対して礼を尽くさねばならん! マルクスという名は英雄として未来永劫みらいえいごう語り継いで行かねばならん。そして故人が望んだようにマルクスの死はそれを他言してはならない。マルクスというエルフはいつまでもこの国で幸せに暮らしていると心得よ! もしも、このことを他人に語るような愚かなものがいた場合は死でも生ぬるいと心得よ!」

 その場の全員がその言葉を心に刻んだ。

 こうしてマルクスは英雄となり、彼の死の真実は葬り去られた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

処理中です...