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〜兄弟の絆〜

マルクスの最後

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 マルクスのウォーターストーム(水属性最強魔法)により、頭上から降り注いだ強力な水圧に押しつぶされてデミタスは地中深くに消えた。

 ルディーは何が起こったのかしばらく理解できずに放心していたが、すぐにマルクスの魔法によりデミタスを倒したことがわかると安堵あんどの表情を見せた。

「終わったのか?」

「ああ、あれを食らって生き延びたものはいない」

 マルクスはそう言うと意識を失いかけてフラフラになったが、すかさず夜叉神しゃしゃじんに助けられた。

「大丈夫か? マルクス?」

「ああ、フッ……。ルーン大国の将軍から、気遣いの言葉をかけられる日が来るとはな……」

「俺もだ。まさかギルディアのエルフを支える日が来ると思わなかった」

「これで終わったな!」

 ルディーはホッとした表情で横にいたダンテの肩を叩いた。

「なんでお前がここに居るんだよ?」

「敵を目の前にして逃げることはできないだろ? あんたならわかるはずだ」

 ダンテは皮肉交じりにルディーの肩を叩き返した。

「フン! それもそうだな」

「そう言えばミラはどうした? 一緒に避難していたんじゃないのか?」

「マルクス!!」

 マルクスが声の方を見るとミラがこっちに走ってくるのが見えた。

「ミラ! どうして?」

「ダンテ! お前を追ってきたんだろ?」

 ルディーが意地悪そうにダンテをからかうと困った顔をした。

「全く! いつまで俺の保護者面してんだよ。姉さんは~~」

 ダンテは笑いながらミラに手を振った、その時、黒い塊がまっすぐダンテに向かって飛んで行くのが、ルディーの視界に入った。黒い塊は、ダンテに直撃する瞬間、ルディーはダンテを突き飛ばした。塊はルディーの腕に直撃するとそのままルディーの体を吹き飛ばした。

「うあ~~!!」

 弾き飛ばされたルディーの体を見てその場の全員が絶句した。ルディーの腕はドス黒く変色していた。

「どうした? こ、これは……?」

 その場の全員が、振り返るとそこには全身から血を吹き出しながら瀕死ひんしのデミタスが立っていた。

「デミタス!! 生きていたのか!!」

 マルクスは咄嗟とっさに魔法を唱えようとしたが、デミタスはルーン大国の兵士が持ってきた床弩しょうどの方に走り出した。

「これで終わりにしてやる!」

 デミタスは床弩の引き金に指をかけると走ってくるミラの方に向けた。それを見たマルクスは叫び声を上げた。

「逃げろ!! ミラ!! ここに来ちゃいけない!!」

 ミラはマルクスの叫び声に驚いて、その場で立ち止まってしまった。デミタスはそのままミラの方に床弩の照準を合わせるとそのまま引き金を引いた。ニメートルもある巨大な弓矢が勢いよく飛び出すと、吸い寄せられるようにミラのいる方向に飛んでいった。

「クソ! 避けきれない! ワープ(超高速移動)」

 誰もが巨大な弓矢がミラに当たると思った瞬間、ミラを守るマルクスの姿がそこにあった。

「ドスッ!」

 ミラは恐怖で目を閉じた。鈍い音がした瞬間、顔に生暖かい液体の感触がしたのでゆっくりと目を開けるとそこには胸に二メートルもの巨大な弓矢が深々と刺さったマルクスが優しい目で自分を見ていた。

「い、いや~~~~~~~~!!!!!」

 ミラは目の前の光景が信じられなかった。口から大量の血を出しているマルクスを見て気が狂いそうになるほど叫び声を上げた。

「な、なぜ? マルクス……どうして?……」

「ミ……ミラ、大丈夫か?……」

「い、いや……、マルクス。やめて……いや……」

 気が動転して何をして良いのかわからない。マルクスの胸の矢からは大量の血が吹き出している。すぐにダンテとルディーが駆け寄ってきた。

「マルクス! 大丈夫か?!」

「あ、あのヤロ~~~!!!」

 ルディーは急いでデミタスがいた方を見たがすでにデミタスの姿はそこになかった。ルディーはすぐにデミタスを追いかけようと走り出そうとしたところでマルクスはルディーの腕を掴んだ。

「ま……待ってくれ。ルディー……」

「なぜ止めるんだ? マルクス?」

 ルディーは怒りで納得が行かないという目でマルクスを見た。

「彼奴はもうワープの魔法でギルディアに帰った。い……今、彼奴を追いかけるのは待って……くれ……」

「どうして? 今の彼奴だったら俺でも倒せるぞ!」

 ルディーはマルクスの腕を振り払おうとしたところで、夜叉神に肩を掴まれた。

「無理だ。たとえ退魔処理をした刀で切り刻んでも数年後には復活する」

「う、嘘をつくな! なぜそんなことがわかる?」

「俺は昔、彼奴を斬って焼却までしたが、数年後には復活したからだ」

「な、何だと?」

「彼奴を唯一倒せる者はマルクスしかいない、こいつの魔法でなければ彼奴をこの世から完全に消す方法は無い」

 ルディーは怒りで体が震えるのを必死で我慢した。

「ルディー頼むから、こ……このことをカイトには言わないでくれ……」

「な、なぜだ?」

「弟がこのことを知れば絶対にデミタスを倒そうとする……でも、カイトじゃ彼奴は倒せない」

「ら、雷帝らいていのスキル持ちだったらもしかすると倒せるかもしれないじゃないか?」

「や、やめてくれ……、お、俺にはもうカイトしかいないんだ……あ、彼奴には幸せになってほしい、う、うぅ~~」

 マルクスはそこまで言うと苦しそうなうめき声を上げた。

「あ、ああ。マルクス、私がここに来たばっかりに……こ、こんなことに……」

「き……気にするな、ミラ。君が無事で本当に良かった……」

「マ、マルクス弱音を吐かないで……お願い……」

「ミラ……君と会えて本当に楽しかったよ……き、君に会えて本当に良かった……ありがとう……」

「マルクス! やめて! そんな事言わないで、お願いマルクス! ここを触って……」

 ミラはそう言うとマルクスの手を自分のお腹に当てた。

「マルクスわかる? 私のお腹にはあなたと私の赤ちゃんがいるのよ」

 いきなりの告白にマルクスはミラの顔を見た。

「ほ、本当か? お、俺とミラの子供が……」

「ええ。本当よ! もうすぐパパになるんだから、こんなことでくじけちゃだめよ!」

「そ、そうか……、お、俺が……父親になるのか……そ、それじゃ。こんなことくらいで、くじけちゃだめだな……」

 そう言うとマルクスの目から大粒の涙が溢れ出した、視界が涙でにじんでミラの顔が見れない。その時、マルクスの口から大量の血が溢れ出して、視界が徐々に消えて見えなくなるのがわかった。

 マルクスは震える手で懐からアバター宝石のネックレスを取り出して、ミラに渡した。

「こ、これを生まれてくる子供に渡してくれ……」

「これは……子供が生まれたときにマルクスから渡してよ……」

 ミラも泣きじゃくった。

「ミラ……、多分これが最初で最後の俺から子供へのプレゼントになるだろう……た、頼む……受け取ってくれ」

「だめよ! そんな弱気にならないで! マルクス!!」

 マルクスは今にも寝てしまいそうになる前に最後の力を振り絞って魔法を唱えた。

「う……うう。ピファイ(麻痺呪文まひじゅもん)」

 マルクスは力尽きる前に麻痺の呪文を唱えて、ミラとルディーとダンテを麻痺で動けなくした。

「な、何を考えているマルクス!」

「ど、どうして? こんなことを?」

 マルクスは麻痺の呪文で動けなくなっているミラの腕からゆっくりと離れると川の方に向かって歩き出した。

「「な、何をしている? や! やめろ!!」」

 川のそばまで行くと振り返ってミラたちを見た。

「ダンテ。ミラと子供を頼んだぞ」

「ルディー、カイトには絶対にこのことを知られないように頼んだぞ」

「ミラ! どんなにつらいことがあっても俺を思ってくれてありがとう、君の笑顔を見ると何度でも立ち上がる勇気が出てきたよ、生まれて来る子供に会えないのは残念だけど……お、俺は君たちの幸せを心から願っているから絶対に……し、幸せに暮らしてね…………こ、こんな、お、俺だけど……必要としてくれて本当に……ありがとう……」

「や、辞めて!!!! マルクスそんな事言わないで!!!」

「じゃ、また来世で会おう……こ……今度また、う……生まれ変わって、どんな困難なことが俺たち二人を引き裂こうとしても、ま、また二人で一緒にいようね……」

 マルクスは最後に笑うとそのまま川に転落した。

「いや~~~~~~~!!!!! マルクス~~~~~~~!!!」

 ミラは気が狂いそうになるほど叫んだ。

 川に落ちたマルクスの体は流され、そのまま巨大な滝壺に飲み込まれると二度と浮かんでこなかった。

 その光景を目の当たりにした夜叉神は、ゆっくりと滝壺に近づくと片膝かたひざをついて、右腕を胸に当て頭を深々と下げてマルクスの死をなげいた。その行動はルーン大国で個人に向けた感謝を表す最大の表現だった。夜叉神の部下たちも次々に頭を下げていき、その場に居るルーン大国の兵士全員が夜叉神に続いた。

 しばらく沈黙が続いた後、夜叉神は立ち上がると全ての兵士たちに向かって叫んだ。

「ロビナスを救ったマルクスは真の武人ぶじんであった。我々ルーン大国の民は武人に対して礼を尽くさねばならん! マルクスという名は英雄として未来永劫みらいえいごう語り継いで行かねばならん。そして故人が望んだようにマルクスの死はそれを他言してはならない。マルクスというエルフはいつまでもこの国で幸せに暮らしていると心得よ! もしも、このことを他人に語るような愚かなものがいた場合は死でも生ぬるいと心得よ!」

 その場の全員がその言葉を心に刻んだ。

 こうしてマルクスは英雄となり、彼の死の真実は葬り去られた。
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