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〜兄弟の絆〜

ルーン大国の異変

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 私は夜叉神と一緒にルーン大国へ渡った。

 ヒロタ川から少し森に入ったところで大勢のルーン大国の兵士が私達を迎え入れてくれた。

 夜叉神はそのまま大勢の人を付き従えて進んでいったので、一緒に付いて行くと横から年配の男性に阻まれた。

「聖女様はこちらに」

 年配の男性はそう言うと私をエスコートし始めた。私はこのままでは夜叉神将軍に二度と会えなくなると思ったので、思い切って夜叉神将軍に聞いてみた。

「すみません! 夜叉神将軍に聞きたいことがあるのですが?」

 私の声に夜叉神はその場で立ち止まると振り返った。

「ん? 何だ?」

「ルーン大国にマルクスという名のエルフはいませんか?」

 私は将軍であればルーン大国の事情に詳しいだろうと思った。夜叉神将軍が知らなくてもその側近の人たちならば何かしら情報を持っているだろうと思い質問した。

「なに!! マルクスだと!!」

 夜叉神はマルクスという名前を聞いて驚いた表情をした。私の思ったとおり夜叉神はマルクスさんのことを知っていると確信した。

「お前と一緒に居た、あのギルティークラウンの兵士の名前は?」

「え……、カイトですけど……」

 私がカイトの名前を出すと一斉に周りの兵士にどよめきが走った。

「マルクス様の弟の名前だ……」

「おお……英雄の……」

 周りの人は口々に英雄、とか弟、という言葉を口走っていた。これならすぐにマルクスさんを見つけられると思ったが、夜叉神将軍の口から出た言葉は私の期待を裏切った。

「そんなやつは知らん!」

 夜叉神はぶっきらぼうにそう言うと振り返ってあるき出した。私は思いも寄らない反応に焦った。

「え? なぜですか? 先程名前を聞いて驚いていたのに……?」

「知らんもんは、知らん!」

 そう言い捨てると夜叉神将軍は私の前から姿を消した。

 私は夜叉神将軍がダメなら、他の人に聞いてみようと思い、周りにいる人たちに片っ端からマルクスさんのことを聞いてみたが、誰一人私の質問に答えてくれる人は居なかった。

 ◇ 

 その後、私は何処かの武家屋敷のような大きな屋敷の一室に通された。ここは夜叉神将軍から私のおもり役を任されたダンゾウという名前の年配の男性の家だった。ルーン大国に入国して初めて感じた印象は昔の江戸の町並みに似ていると思った。

 ガルボの倉庫にあった仏像や置物を見てそこにある物が、前世で近所の郷土博物館に行った時によく見ていた品々と似ていた。そこで、もしかするとルーン大国は昔の日本と同じかも?、と思っていたが、本当に昔の江戸時代の日本そのままの町並みだった。昔テレビでよく見た時代劇の世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。

 夜叉神将軍と別れてからも会った人全員にマルクスさんのことを聞いてみたが、誰からも知らないという返事しか返って来なかった。私が尋ねた瞬間考える素振りすら見せずに知らないと、即答するところを見ると箝口令が敷かれているようだった。そしてそれはおそらく夜叉神将軍の仕業だろう。

 私は10帖ほどの畳の部屋から障子を開けて立派な中庭をボンヤリと眺めていた。外は少し霧雨が降っていて庭石がぬらぬらと濡れて光っていた。苔のついた岩に雨水がしっとりと浸透していく姿を見ながら、どうやってマルクスさんを探せば良いのか途方に暮れていた。

 ボンヤリとしていると誰かに見られている気配を感じたので、振り返った。すると小さい女の子が私の顔を見て慌てて障子に隠れた。5歳位のおかっぱ頭の女の子はゆっくりと障子から右目だけをだしてこちらを覗いていた。

「お名前は?」

 私は隠れている女の子に声を掛けた。すると女の子は再び隠れるとまたそ~っと右目を出すと恥ずかしそうにサキコと答えた。私はその名前を聞いて驚いた。それは前世の私の名前だった。サキコちゃんと言うのは自分のことのようで恥ずかしいので女の子をサキちゃんと呼ぶことにした。

 私はサキコちゃんに声を掛けた。

「サキちゃんて言うの? いい名前ね。こっちに来る?」

 するとサキちゃんは恥ずかしそうにニッコリと笑うと近くに来てくれた。サキちゃんの両親は忙しく昼間は仕事にでかけていて留守だった。昼間のサキちゃんの世話は屋敷で働いている女中たちが行っているようだが、女中達は皆、中年の女性ばかりだったので、あまり遊びには付き合ってもらえないようだった。

 私とサキちゃんは年が近いこともありすぐに仲良くなった。

 サキちゃんは仲良くなると、この家のことを色々教えてくれた。まずこの家の当主であるサキちゃんの父親の名前はダンゾウと言って、その奥さんサキちゃんの母親の名前はオキクという名前だそうだ。流石にマルクスさんの事は知らないと言われてがっかりした。

 それから毎日サキちゃんは私の部屋に来てくれた。私も小さな妹が出来たような気になってすごく充実した日々を過ごしていた。

 それから数日経ったある日、朝起きるとサキちゃんの部屋に何人もの女中たちが出たり入ったり、忙しなく働いているのが見えた。部屋から出てきた女中がこちらに歩いてきたので、すれ違いざまに話を聞くと、サキちゃんの具合が悪いらしく今お医者さんに診てもらっているとの事だった。

 女中は大きな桶を持っていたので、何が入っているのか気になってその中を見ると、お米の研ぎ汁のような液体が入っていた。

 私は心配になってサキちゃんの部屋に向かった。

 部屋に入ると男の人がサキちゃんの症状を診ていた。この人がおそらくお医者さんだろう。その医者の近くにサキちゃんの両親が心配そうに座っていた。

 医者はサキちゃんの診察を終えると両親に向き直った。

「ただの腹痛ですので、この薬を飲めば二三日で回復します」

 サキちゃんの両親はホッとした表情でお医者さんに何度もお礼を言っていた。私は前世で製薬会社に勤めていたこともあり、その薬が気になった。

「その薬はどのような薬ですか?」

 いきなり声を掛けられたことに腹が立ったのか、医者は私の顔を見るなり怪訝な表情をした。

「誰だ? 君は?」

「あ……、私は……」

 なんと説明すれば良いのか迷っていると、ダンゾウが医者に説明をした。

「夜叉神将軍と一緒にギルティアから来た聖女様です」

「ああ。君が例の聖女か……」

 そう言うと医者の男は私をジロジロと舐め回すように見てきた。その顔には明らかに、この小娘が、とでも言いたそうな顔をしていた。

「君はこの国の人間ではないから知らないかもしれんが、私は道三どうさんという者で調剤省の役人で周りから名医として名前が通っているんだ」

 道三と名乗った男は自分のことをそう説明した。

 道三は高価そうな着物を身に着けていたので、かなりの実力者であることは本当なのだろう。でもだからといって正しい薬を選択していると高を括るのは間違いである。私は構わず薬の説明を聞いた。

「それはすみませんでした。でも私はご学として、この薬の効能が知りたいのです。お願いです教えていただけませんか?」

 私はこれ以上無いぐらい丁寧に道三に聞いた。すると道三はチッ!と舌打ちをしてめんどくさそうに説明した。

「この薬はタクスメと言って下痢を止める薬だよ」

 吐き捨てるように言った。

「サキちゃんはお腹を下しているのですか?」

「何だ。そんな事も知らずに聞いてきたのか?」

 バカにしたように私を笑うとそのまま帰って行った。サキちゃんの両親と女中達は道三を見送りに部屋を出ていったので、私とサキちゃんだけが部屋に残された。

 サキちゃんを見るとお腹が痛むのか苦しそうな表情をしていて、顔から脂汗がにじみ出ていた。私はその日から付きっきりで看病をしたが、2日経ってもサキちゃんの症状は改善しなかった。道三に渡された薬を処方しても回復の見込みが無いことで、私は焦っていた。

 サキちゃんの体を拭く手ぬぐいを取りに部屋から出て廊下を歩いていた時、女中たちの話し声が聞こえてきた。

「サキコちゃんもう助からないんじゃないかしら」

「あの症状って今流行している病気よね」

「かわいそうに……もう無理なのかしら……」

 私は女中たちの会話の中にあった言葉が気になったので、女中たちの話に割って入った。

「あの! 今流行している病気って! 詳しく聞かせてもらえないでしょうか?」

 急に話しかけられて女中たちはびっくりした表情を見せた。女中たちはお互いの顔を見て確認すると話してくれた。

「今この町の多くの人達はサキコちゃんと同じ症状でたくさんの人が亡くなっているのよ」

「この病気は感染症なんですか?」

「感染症? その言葉はわかりませんが、女中の中にも何人か病気になって苦しんでいる者がいます」

「その人に会いたいのですが、何処に行けば会えますか?」

 その病気の女中は近くの長屋にいるということなので私は長屋に行くことにした。

 長屋は屋敷の近くにあった。時代劇と同じように長屋の中央には小さな井戸があった。よく時代劇ではその井戸の周りでお母さんたちが洗濯をしたり、野菜を洗っていて、みんなでワイワイと話をしているイメージだったが、その井戸の周りには誰もいなかった。まるで誰も住んでいないようにひっそりと静まり返っていた。

 その長屋の一室に例の女中の家があった。私は女中の家の戸を叩いたが、中から返事は無かった。扉を少し開けて中を見ようと動かすと扉が開いた。少し開いた戸口から中を覗いてみたが家の中には誰もいなかった。

「あんた、誰だい?」

 横からいきなり声を掛けられたので、見ると老婆が訝しげにこちらを見ていた。

「あの……ここに住んでいた人は?」

 老婆は私の顔を怪訝な表情で見ていた。あの……と声を出そうとすると

「あんた知らないのか?」

「え?」

「ここに住んでいる者はみんな流行り病になったから近くの河川敷に集められているんだよ」

「河川敷? それは何処にありますか?」

「あんた……河川敷に行くのかい?」

「え……ええ……」

「悪いことは言わない。行くのはやめたほうが良い」

「え? なぜですか?」

「この世の地獄を見ることになるからだよ」

「そんな……でも……どうしても私はそこに行かなくてはいけないんです!」

 私は必死で老婆に食い下がった。私の必死の説得にやがて老婆は根負けした。

「そうかい。分かった……、そんなに言うなら……付いてきな」

 老婆はそう言うと私を河川敷に案内してくれた。

 そこは老婆が言う通りこの世の地獄が広がっていた。だだっ広い河川敷には多くの人が戸板の上に寝かされて苦しそうにしていた。全員が重度の下痢と嘔吐を繰り返していた。病人の近くには棺桶が高く積み上げられていて、大きくほった穴の中に大量の棺桶が並べられて燃えていた。当たりには臭気が充満してとてもこれ以上は近づけ無かった。

「これは……」

 あまりの光景に言葉を失っていると、老婆は涙を流しながら話しだした。

「私の息子夫婦もこの病で先日死んでしまった…………、孫もいたがわずか五歳で両親のもとに旅立っていってしまった……。道三先生の薬も全く効かなかった…………」

「おばあさん……」

 私は泣いている老婆の肩に手を置くことしか出来なかった。

「薬が効く気配がないから……悪霊の仕業だと思って藁をも掴む思いでこんな御札を買ってみたが……全く効かなかったよ……」

 老婆は悔しそうに懐から一枚のお札を取り出した。その御札をみて私は驚愕した。その御札には虎の顔に体は狼で、たぬきのように大きなしっぽが付いた動物が描かれていた。

 私は前世でその絵を見たことがあった。江戸時代に猛威を奮ったある病気を示した絵だった。

 その病気は虎のように千里を駆けるように周りに広がり、狐やたぬきに化かされたように人がコロコロと亡くなってしまう、江戸時代に人々に広がりあっという間に3万から4万人の死者を出した伝説の病気だった。

 私はこの病の正体が分かった。この病の正体は……コレラだ!!

 そして、私はその病気の対処方法を知っている。
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