不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

デミタスの追跡

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 その男はローゼンブルグの市場を歩いていた。

 オールバックにした髪は全て白髪で見た目はかなりの年配に見えた。それでも男は年齢を感じさせない程、軽快な動きで市場を歩いていた。顔に刻まれた無数のシワが歴戦の戦士のような迫力を醸し出した。

 その男はギルティーの副隊長のデミタスだった。男はギルティークラウンのメルーサを追ってこの街に来ていた。

 数日前からメルーサとマチルダの様子がおかしいことに気づいたデミタスはメルーサに気付かれないように密かに尾行していたのだが、このローゼンブルグに着いた途端、メルーサの姿が見えなくなってしまった。おそらく尾行に気づいたのだろう。

(フン!、さすがはギルティークラウンというところか)

 デミタスは少し感心した。

 突然居なくなったメルーサを探すために奴の立ち寄りそうなところを探しているうちにこの市場に来てしまった。

 すでに時刻は夕方になっていた。

 市場のほとんどの店は撤収作業に取り掛かっていてどこも忙しそうにしていた。

 ポッポッとまだ営業している店の脇を歩いていた時、不意にその中の店の女店主に声をかけられた。

「まあ! ギルティーの人が来るなんて珍しい!」

 デミタスは女店主の言葉を聞いて残念に思った。メルーサがここに来ていればそんなことは言わないはずである。デミタスは女店主を愛想笑いもせずに冷たい目で見ていた。

「そう言えば数日前もギルティーの方たちが大勢来ていましたよ」

(数日前?)

 女店主の言葉を無視して立ち去ろうと踵を返した時。

「ああ、そうそう。女の子は見つかりました?」

 デミタスはその言葉を聞いて歩みを止めた。

「女の子?」

「え……ええ。数日前にカイト隊長が血相を変えてフードを被った女の子を探していましたよ。あれは恋人かなんかかね~。市場の中で迷子になったとかですごく必死で探していましたよ」

「カイトが女の子を?」

(あいつに付き合っている女は居なかったはず)

「本当にその声をかけた人はカイト隊長だったのか?」

「ええ。最近ちょくちょくこの時間になると市場に来ていたから見間違いはないですよ」

「そうか。その女の子は? 名前はなんと言っていた?」

「ん~~? フードを被った女の子としか言ってなかったですね~~」 

「フードを被った女……」

 デミタスはそう言って呟くと急いで市場を後にして駐屯地に帰った。

 駐屯地に帰ったデミタスはすぐに個人台帳を取り出してローゼンブルグの住民表を調べたが、ここ数年住人が増減した記録は無かった。市場に居た女はだれなのか?、疑問だけが残った。

 怪しいな調べてみるか、デミタスはそう思うと行動に移った。先ずは手帳を取り出すとすぐに何かを確認してほくそ笑んだ。

 明日カイトは家から離れてグラナダ戦線に出る予定になっていた。

 次の日の昼、デミタスは側近を集めると声高らかに命令した。

「これからカイト隊長の自宅の家宅捜索を行う! 全員私に付いて来い!!」

 そう言うとデミタスたちはカイトの家に向かった。

 ◇

 ローゼンブルグの北東2キロ地点にグラナダと呼ばれる街の跡地がある。そこにはヒロタ川という川が流れていて、この川を挟んで手前がギルティアで向こう側がルーン大国となっていた。

 かつてこの場所は二国間の貿易の要として栄えていたが、戦争が勃発して何度も主戦場となったことで、住民も姿を消しギルティーとその家族だけが住む街になっていたが、今ではその家族もいなくなりギルティーの司令室だけがポツンと街の中に建っていた。

 ギルティー以外、誰も居なくなったこの街を誰もがグラナダ戦線と呼んでいた。

 カイトは司令室の屋上から濁流となった川の川面を見ていた。この濁流の原因は、数日前に発生した雷雲により、山間部に大雨が降ったためだった。

(この川の濁流は俺のせいかもしれないな……)

 濁って茶色になった川の水を見ながら何となくそう思った。

「次々に兵隊が集結しているな」

 背後から声をかけられ返事もせず振り返るとメルーサが立って居た。

「ああ。かなりの数だな……」

 そう言うと対岸のルーン大国を見た。ルーン大国の兵士が見えたわけではないが、先程から食事の準備を行っているらしく無数の煙の筋が空に向かって何本も伸びていた。その数でおおよその敵の兵の数が予測できたが、かなりの数が集まっているように見えた。

 誰の目にもルーン大国のほうがこちらより兵力が上回っていることが確認できた。

(あの数に一斉に攻撃されたら、ここにいる人数だけではとても抑えられないだろう)

 二人は戦線に漂う緊張感が徐々に高まりつつあるのを感じた。

 その緊張感を振り払うようにメルーサが口を開いた。

「三年前……」

「ん?」

「三年前にマルクスがルーン大国に渡っただろ?」

「ああ。忘れるもんか」

「その日からルーン大国に出現するモンスターの数が大幅に増えているんだ」

「何!? 本当か?」

「私は中央司令部に居たんだ……、間違いない」

「どうして増えたんだ?」

「さあ? それはわからん……、なにかマルクスと因果関係があるのかもしれん?」

「兄ちゃんが?……」

 カイトは兄のことが心配になった。兄に何かあったのか?、でも、そんな心配は無意味なことは自分が一番知っている。それほどマルクスは強かった。あらゆる魔法を使い、剣技も熟練した達人をも凌ぐ技量を持っていた。剣聖のスキル持ちではないか?、と噂されるほど強さに関して非の打ち所が無かった。

(兄ちゃんに限ってモンスターにやられることは無いだろう)

「マルクスが心配か?」

「俺が? 兄ちゃんを? そんな心配は希有だとあんたが一番知ってるだろ。そのへんのモンスターごときにやられるエルフじゃないよ」

「フン! それもそうだな……」

 メルーサはそう言うと遠くを見つめた。その悲しそうな瞳を見てマルクスへの思いをメルーサに聞いてみたいと思った。

(まだメルーサは兄ちゃんのことを思っているんだろうか?)

 カイトは周りに誰も居ないのを確認すると、思いきってメルーサに聞いてみた。

「い……今でも、に……兄ちゃんのことが……す……好きなのか?」

「ブッ……! な……何だと~~!!」

 メルーサは吹き出すと顔を真っ赤にしてカイトに掴みかかった。カイトは襟首を強引に掴まれ苦しそうに言った。

「だ……だって……、兄ちゃんに会いたそうにしているし、それに……兄ちゃんの話をする時、いつも悲しそうな顔をするじゃないか!」

「悲しい顔なんしていない!!!」

「し……してるよ。こ……この前も俺とティアラを見て嫉妬のこもった目で見ていただろ~!」

「な? 何を言っている?」

 メルーサは二人をそんなつもりで見ていなかったが、カイトに指摘されて何となく気付いた。

「ティアラがあんたが嫉妬しているのでは?、と言って俺のことが好きなんじゃなかいかと心配していたんだ」

「なんだと貴様!! 殺されたいのか!!」

 襟首を掴んだ手に力を込めて更に首を締めた。襟首を掴んだ手が喉の奥まで食い込んだ。

「ま……まて……、ぐ……ぐるしぃ~~」

 カイトは苦しさに耐えきれずメルーサの腕をタップして離してくれと意思表示した。

 メルーサはひとしきりカイトの首を締めて苦しめた後、満足して手を外した。カイトはいきなり手を外されてその場に崩れ落ちた。

「私がマルクスに会いたいのは……」

 少し言うのを躊躇ったが、ボソリと呟いた。

「あることをマルクスに伝えたいだけだ……」

「ハァ……ハァ……、あ……あること?」

 カイトは苦しそうに首を押さえながら何とかその一言を言った。メルーサに何を伝えたいのか聞こうとフラフラと立ち上がったところで、ロイが血相を抱えて屋上に駆け込んできた。

「た……大変だ! デミタスが隊長の家の捜索に出かけたぞ!!」

「な! なんだと! 本当か?」

 カイトは先程まで苦しかったのを忘れてロイの肩を掴んで叫んでいた。

「ああ、本当だ! リンにも伝えて来たが、早く自宅に戻った方が良い!」

 カイトはその言葉を聞くと慌てて自宅に向かって走り出した。

 なぜデミタスはティアラの存在に気づいたのか?、どうにかして助けることはできないか?、なぜ今、俺はあいつの近くに居ないんだ!、色々なことが頭を駆け巡っていった。最悪なことを考えて絶望した気持ちになるのを必死で振り払うようにカイトは自宅への道を急いだ。

(頼む! ティアラ! 無事で居てくれ!)
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