上 下
4 / 117
〜シンデレラガール〜

異世界のワイナリー

しおりを挟む
 私たちはエンリケ家の所有するワイナリーに着いた。

 大きな門を通ると農夫が大勢集まって、ワインの出荷作業を行なっていた。大きな出荷場を通過して私たちは丘の上に出た。丘の上から見ると広大な土地一面がぶどう畑になっていた。見渡す限りのぶどう畑に私は驚いた。

 私たちは馬車から降りると倉庫のような所に通された。倉庫の中にはダチョウに似た鳥が数匹鎖に繋がれていた。

 私がダチョウを不思議そうに見ていると、コカス鳥だよ、とクリスが教えてくれた。

「ここからは急斜面が多いから、この鳥に乗って移動するよ」

「え? これに……乗るの?」

 私が躊躇しているとクリスは易々とコカス鳥の鞍に跨って私に手を差し伸べた。

「ほら。手を出して」

 私がクリスの手を掴むと力強く私を自分の乗っているコカス鳥の鞍に引っ張り上げてくれた。クリスと私は一緒のコカス鳥に跨ったため密着する形となってしまった。私はこんなに男性と密着したことがなかったので、かなり焦っていると、首を持つと嫌がるからね、とクリスが私の耳元で囁いた。私は『キャ』と小さく叫ぶとどうして良いか分からず困惑した。クリスはそんな私を見て優しく手を握ってここを掴んでね、と誘導してくれた。

 私たちはようやくコカス鳥に乗ってぶどう畑に出た。私はダチョウみたいな鳥に乗って移動できるのか心配だったが、鞍がしっかりしているので乗り心地はよかった。私たちの乗ったコカス鳥はクリスの言うことをよく聞いてすごくクリスに懐いていた。

「この子すごく良い子ね。名前はなんて言うの?」

「ニトって言うんだ。僕が生まれた時から一緒に育った超優秀なコカス鳥だよ」

 クリスは自慢のコカス鳥を褒められてとても嬉しそうな顔をした。


 私たちは広いワイナリーを一通り見終えると昼ご飯にしよう、とクリスが言った。私たちは広いぶどう畑の真ん中に作られた、大きなテントに入った。テントに入ると使用人が昼食を作って待っていた。私たちはそこで昼食を食べた。

 私は食後の紅茶を飲んでいる時に、ふと疑問に思った事をクリスに話した。

「なぜあそこの丘から下はぶどう畑にしないの?」

 私は一部の畑が使われていなかったので疑問に思った。

「ああ……あそこの土地はぶどうが育たないんだ」

「ぶどうが育たない? 土壌改善はしたの?」

「土壌改善? なんですかそれは?」

「あそこの土地はおそらく土が酸性の土壌になっているので、消石灰をまいてアルカリ性に土壌を改善すれば育つようになりますよ」

「何? 本当ですか? それは良い事を聞きました。でもなぜ、その…土が……酸性?とわかるのですか?」

「あそこに紫陽花の木があります。丘の上やこの辺りの紫陽花の花が赤色に咲いているのに対して丘から下に生えている紫陽花の花は青色の花が咲いていました。紫陽花はアルカリ性で赤、酸性で青い花が咲くので丘から下の土壌が酸性というのがわかります」

「消石灰を撒けば良いんですか!」

「はい。おそらくここのぶどうはアルカリ性の土壌を好むようなのでそれで良いと思います」

 クリスは立ち上がると近くにいた使用人にすぐに消石灰を撒くように指示をした。使用人たちは慌ててテントを出て行った。クリスは使用人がテントを出て行ったのを見届けると私の隣に座って話してきた。

「本当にあなたはどうして、そんなことを知っているのですか?」

「私は……」

 私はクリスに本当のことを言おうと思った。

「私は、本当はここに居てはいけない者なんです。他の世界から転生してきたのです」

「他の世界から転生?」

「はい。私の元々住んでいた世界は、ここよりも遥かに発達した文明を築き上げた社会でした」

「それで聞き慣れない言葉を知ってるのですね」

「こんな変な話を信じてくれるのですか?」

「あなたが言うことは真実だと思っています」

「私は本当は、ここに来てはいけないのかもしれない。ティアラの人生を私は奪ってしまった。本当はあなたとここでこうして会うのはティアラであって私ではなかった」

「そんなことはない。あなたはティアラです。神様は何かあなたに重要なことを託すためにあなたをこの世界に転生したに違いない。あなたは胸を張って生きるべきだ!」

 私は泣きながらクリスと話していた。クリスはポケットからハンカチを出すとそっと私に渡してくれた。私はハンカチを受け取ると涙を拭いた。私がふとクリスを見るとクリスは私の手を両手で優しく包んでくれた。クリスは私の顔を見つめながら、ゆっくりと私の顔に自分の顔を近づけてきた。

 私はこのままクリスにキスされるの? 私は初めてのキスにどうしていいか分からなくなった。鼓動が激しくなってクリスに聴かれるんじゃないかドキドキした。もう少しでクリスの唇がつく寸前で私はクリスから顔を背けてしまった。

「待って。ごめんなさい」

 クリスは心配した表情で私を見ていた。

「私……初めてで……どうしていいか分からないの……」

「い……いいんだよ。僕のほうこそごめん。泣いている君がとても愛おしくて、つい……」

 私たちは暫く無言のままその場に座っていた。暫くして使用人が来て私たちを呼んだ。

「お坊ちゃん方帰りの準備が整いました。こちらにいらしてください」

 私とクリスは来た時と同じように二人でニトに乗って帰った。

 ◇

 私たちは馬車に乗り私の家へと帰っていた。二人とも昼間のことがあり気まずい雰囲気のまま馬車に揺られていた。私はこんなことならキスしてればよかったと後悔した。

 あと少しで家に着くと思った時、いきなり馬車の前に男が飛び出してきた。私たちの乗っていた馬車の馬がびっくりして急停車した。使用人はいきなり出てきた男に罵声を浴びせていたが、男は何食わぬ顔で立っていた。私は馬車の窓から男を見ると私やクリスと同い年くらいの若い男で身長が高く体はがっしりしていた。

 クリスが馬車から出て男に話しかけた。

「君は誰だ? 私に何か用事があるのか?」

「俺の名前はレンだ。この前俺の仲間に手を出したのはお前か?」

 クリスが仲間?、と不思議に思っていると、この前私たちに因縁をつけてきてクリスに返り討ちにあった二人組の男が路地から出てきてレンという男に話した。

「レンの兄貴、こいつだぜ。俺たち二人をやりやがったのは!」

 クリスは二人の男を見て思い出したようだった。

「君たちは……、そうか君が彼らの頭なのか?」

「そういうことだ! この俺が仲間の借りを返してやるよ!」

 レンという男はそう言うとクリスに突っ込んできた。クリスは男の攻撃を躱して反撃しようとしたが、クリスの攻撃もレンという男は躱していた。レンは頭というだけあってこの前の二人組みと違ってかなり喧嘩慣れしているようだった。レンはクリスの攻撃を防ぐとクリスの腹に目掛けてボディーブローをした。

 レンの拳がクリスの腹にヒットしてクリスはそのままうずくまってしまった。レンはそのままうずくまって動かなくなったクリスの顔面に蹴りを入れるとクリスは道路脇の水田に吹っ飛んだ。

 私はすぐに馬車から降りるとクリスを助けようと水田に入っていった。レンは私の姿を見て驚いた表情を見せた。私はクリスの顔を両手で抱えるとレンを睨みつけた。

「なんで! こんなひどいことをするの?!」

「俺の仲間に手を出したからだ」

「クリスは、私のためにあの人たちと戦ってくれたのよ!!」

「何? お前たちが先に喧嘩を吹っかけてきたんじゃないのか?」

「違うわ! 先にあの人たちが私のことを侮辱したからクリスが庇ってくれたのよ!」

「なんだと!!」

 レンは仲間の二人を睨みつけて、この女の言ったことは本当か?、と問いただした。二人組の男は、い……いや……そ……そいつらがイチャイチャしてたから……つい、と言った瞬間、二人の男はレンにぶっ飛ばされていた。二人組の男は顔を腫らして逃げていった。

「悪かったな……」

 レンという男はそう言うとゆっくりと去っていった。

 私は水田の中で泥だらけになりながらクリスに肩を貸して歩いて水田を出た。幸い自宅の近くだったので、クリスに自宅の風呂を貸そうとしたが、クリスは無言で断った。

 私たちは昼間の気まずい雰囲気のまま別れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

処理中です...