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第3章
心は決まっていた
しおりを挟む「重い重い重い.....!!」
「っさいなぁ!しゃーないやろ!木に邪魔されて森抜けられんし、俺は竜になれへんのやから!黙って運べや!」
「シオン!そんな言葉使いだめだよ!」
「.....うるさいなぁ」
背中にシオンをのせ、右腕にアミナ、左腕にクルトを抱えたモーリスは三人の重さに耐えながら、よろよろと森の上を飛んだ。
「い、いやあ、....まさか私が子供を三人も運ぶ日がくるなんてね....。想像もしなかったよ。はは....!奇想天外!愉快、ゆかい....!」
「す、すみませんモーリスさん...」
はらはらと見上げるアミナに吸血鬼は笑みを浮かべた。
「いやいや。ふふふ。いいのさ....!君は優しい子だね」
もっと早く知りたかったと、絶えそうな息の中で呟かれた言葉はアミナには届かなかった。
「もっとはようでけへんの?」と文句を言うシオンをアミナはきっと睨んだ。
「もう!シオン!」
「う、わ、分かった」
ぷんっ!と頬を膨らませ本気で怒るアミナにたじろいだシオンは大人しく口を結んだ。
「子供か」
クルトは呆れたように半目になり、幾分か近くなった丘にある自分の家に瞳を揺らした。
ゆっくりと昇る朝日が街を起こす。
夢から醒めるようにと、そう伝えるように。
「リナリアとレオさん...大丈夫かな?ザハロフさんの家に行ってるかも....」
「大丈夫やろ。あの鉄仮面おるし。やな奴やけど筋はええんちゃう?やな奴やけどな」
「そんな、二回も言わなくても...」
リナリアは息を細くして扉を見つめる。
ドン!ドン!
激しく扉が揺れ、木製のドアノブが何度も回る。
今にも開いてしまいそうな扉が恐ろしく、彼女は両手を握り合わせ恐怖に耐えていた。
言身の二丁拳銃を構えたレオは窓から射し込む光を横目で捉えた。
「朝か」
闇の力は暗い夜に強まり、清らかな朝に弱まる。朝が来るのを待っていたレオは「任務開始だ」とリナリアに伝えた。
「開始、って...!?」
「ザハロフ氏の闇の呪いを解き、粉飾の件について吐かせる。君は私の援護を頼む」
「は、」
「どうした?見習いとはいえ、君もアストライアの一員なのだろう?」
扉の向こうから感じる気配につい後ずさりしていたリナリアはレオの言葉になんとか踏みとどまった。
「そうだったわ....。夢だったアストライアで、私は今冒険の途中にいるのよ。....こんなところで挫けてる場合じゃないわ!」
パアンッ!
リナリアは自身の頬を両手で叩いた。
「レオさん!私、まだまだ見習いですけど、やってみます!」
頬を真っ赤にして拳を握りしめたリナリアに呆気に取られたレオは「あ、ああ...頼む」と呆けたように返した。
見た目よりも何倍も勇ましい少女にレオはわずかに口角を上げ、拳銃のトリガーを引いた。
『解除!』
扉の鍵がカチリ、開いた。
騒がしかった音が止み、ゆっくりと開かれる。
ミハイル・ザハロフが顔を覗かせ、柔らかく微笑みを浮かべていた。
「ドアが開かないので心配したよ。妻が朝食を作ったんだ。食べてやってくれないか」
本当にこの人が先程まで扉を激しく叩いていたのだろうか。落ち着いた態度がかえって気味悪い。
レオは構えていた拳銃を州長に向け、「あなたは闇の呪いにかかっていますね?アストライアの規律に従い、その呪いを解きます」と淡々と伝えた。
「.....ふ....」
ザハロフがひとつ笑った。見下した笑みだった。
「君達の浅はかさにはほとほと呆れるよ。闇の力がすべて悪いものだと決めつけている。違うのだよ。闇の力は、希望なのだ」
「......希望?」
「そうだよ」
窓を照らす朝日を眩しそうに瞳に映し、ザハロフは両手を合わせ頭を垂れた。
「私の命を繋ぐ希望をくださったのだ」
「この気配....!」
ザハロフ邸の前に降りたアミナは闇の力を感じ取った。
「シオン、闇の使い手の気配がする」
「ほんまやクッソ!動物の匂いに邪魔されて気づかんかった!この家全体からあのむかつく匂いがぷんぷんするで!」
「あっ!?クルト!待って!」
クルトがいつの間にか扉の前に立っているのに驚き、アミナが声を上擦らせた。
緊張した面持ちでクルトがドアノブに手を伸ばした時、中から扉が開いた。
そこには彼と同じ赤茶の髪とハニーレモンの瞳を持つ女が立っていた。
「.....お、お母さん...」
アミナはつい、クルトを庇うように女の前に出た。なぜなら女から闇の気配を感じたからだ。
目の前にいつもの背中があった。アミナが動くのとほぼ同時にシオンも動いていたようだ。
「.....あ、あなたは....本当に、クルトのお母さんですか....?」
生きている気配を感じられない女に問う。
あるのだろうか?
死者がよみがえるなど。
「......」
何も言わない。
もう一度アミナが口を開こうとした時、家の中から発砲音が聞こえた。
聖の言望葉の力を感じる。
「レオさんだ...!戦ってる!?」
「えっ」
アミナの言葉にクルトが反応した。
「......」
女はアミナとシオンを中へ促すように横にずれた。シオンがアミナの手を引っ張り、足を踏み入れる。
「上やな!」
「でも、クルトが...!」
シオンに勢いよく引かれ、階段を駆け上がる。
クルトは母親に戸惑い、仰ぎ見ている。
「あいつがいるから大丈夫や!」
女の手を取り、甲に口づけたモーリスが気障に片目を閉じてみせた。
「初めまして美しい方。私は迷いの森に住むモーリス。どうぞお見知りおきを」
「......」
女はじいっとモーリスを見つめると、その手を引いた。
「ん?ん?なんだいなんだい」
「お、お母さん!?」
ぐいぐいと家とは反対の方向に引っ張る女の瞳は何かを訴えているように見えた。
「付いてこい、と?」
モーリスは邸宅を振り返り、「あちらが気になるが...」と一呼吸の間逡巡したが、この人に付いていってみろ、と訴える己の長年培われた勘に従ってみることに決めた。
「君、君。君も来なさい」
「え!?え、でも、お父さんが」
「アミナくんやシオンくんが父君に酷いことをすると思うかい?」
「.....いや、あの二人なら、大丈夫だと思うけど…」
考え、首を振るクルトにモーリスは女に掴まれていない左手を差し出す。
「では、行ってみよう。それとも、私と一緒では不安かな?」
クルトはそれにはすぐに首を振った。
そして、何度も森で迷っては差し出された手を取った。
「ううん」
モーリスは瞬きを二、三繰り返し、スキップをした。
「よおし!では行こう!」
「うるっさい!早く戻るんだからな!すぐだからな!」
上機嫌な吸血鬼とそれに照れたように顔をしかめる子供の様子を女は静かに見つめていた。
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