泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第1章

闇の来訪者

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「ご返却ありがとうございます」

 受付のカウンターに座るアミナは利用者に頭を下げてその背中を見送る。
 最初は緊張から冷や汗を流し、おどおどとおぼつかないアミナだったが、隣に座るアイリスにフォローをしてもらいながら回数をこなすうちにようやく落ち着いて接客ができるようになってきた。
 最近では利用者の方から話しかけてくれる機会も増え、徐々にだが人と話すことも目を髪で覆っていた頃よりは苦ではなくなってきたように思える。

 今日はなんと一人で受付に座っている。
 アミナは膝の上で指を絡ませ、ふふ、と小さくはにかんだ。
 出来ることが一つ。それだけだが、少し自分を好きになれるような気がした。
 空気の入れ換えの為に開けた窓から風が流れる。冬の中にかすかに春の初めの匂いが混ざり始めている。
 雪祭りの日から心休まらない日が続いていたが、オリビアの深夜の来訪から一週間が経ち、最近は何事もなく平和だ。日常って、良いなあ。アミナは目を閉じて、柔らかなその匂いを胸に吸い込んだ。




 その時は突然訪れた。



 昼間は上着を脱いでしまう人がいるほど暖かかったというのに、夕方になると急激に冷え込み、冬の最後の足掻きのような大雪が降り始めた。
 図書館の閉館後の片付けを終える頃には吹雪になっており、ルカはリビングの窓から外を見て困ったように頭を掻いた。

「すげえ雪だなー。帰る頃にはびしょ濡れだろうなぁ」

 げんなりとしたルカにリーフが声をかけた。

「今日は外に出ない方が良さそうじゃ。ほれ」

 リーフがテレビを指差すと、天気予報士が凄まじい横吹きの雪に叩かれながら必死に中継をしていた。

「吹雪は明け方に向けて更に酷くなる見込みです!皆さん今夜は屋内にいるようにしてください!」

「まじか......」
「今夜は泊まっていきなさい」

 リーフがルカに笑いかけそう言うと、ルカは瞳をきらきらと光らせた。

「いいんですか!?ありがとうございます!アイリスさーん!!」

 ソファーで寛ぐアイリスの側に走りより、ルカは嬉しげにその隣に座った。

「今夜は俺と過ごしましょう!俺カクテル作りましょうか!?」
「夜は静かに読書したいのよね。一人で」

 アイリスはルカを見向きもせず手元の本に視線を落としたまま冷たく言い放った。

「そんなぁ~いいじゃないですかたまには」
「それよりも、あなた誰の部屋に泊まるの?」
「ああ、そっか。客室も埋まったんでしたね。んじゃあ、シオンの部屋に泊まるかな」
「はあ!?」

 調度リビングに入ってきたシオンは驚きで声をあげる。

「なんであんたが俺の部屋に来るんや!」
「いいだろ~別にぃ。普段から世話してやってんだからさぁ」

 ルカは唇を尖らせつつシオンの肩に腕を回した。

「離れんかい!!暑苦しい!」
「今夜は語ろうぜぇ!」

 ルカがえいえいおーと拳を突き上げながら笑っているのを心底嫌そうに見て「あかん…全然話聞かへん」とシオンは顔を覆ってため息をはいた。
 アミナは夕食の準備に取りかかりながら、その
様子を笑いながら見守っていた。




「こいつ......!」

 シオンは風呂から上がり自身の部屋の扉を開けると、飛び込んできた状況に青筋を浮かべた。
 ルカがベッドに大の字になって寝ていたのだ。おまけにシオンの服(もともとはルカの物だが)を断りもなく着た状態で。

「マジなんやねんこいつ」

 シオンは乱暴にルカを足蹴にしてベッドから落とすと自身がベッドに腰を下ろした。間の抜けた顔で眠るルカをじっと見ながらその側にそっと立つ。電気の消された部屋でシオンの表情はすっと暗闇に紛れ見えなくなった。


 仮面の外れた、言望葉の制御されていないこの状態ならこいつに勝てる。
 人間に遭わされたあの苦痛をこいつら人間にも味あわせてやりたい。
 父様。じい様。
 竜族の恨みは、俺が......。
 
 シオンがそっとルカの首に指を這わせる。

「俺、が......」

 雪の吹雪く音が聞こえる。シオンは手に力を込めた。
 はずだった。

「.....、なんでや...」

 まるで他人のもののように思い通りに動かない手をシオンは信じられないものを見るような目で見つめた。
 心ではこの人間を殺したいと思っているはずなのに、体がそれを拒否してしまう。
 前髪をぐしゃりと握り、蚊の鳴くような声で自問した。

「なんでや......!」

 その時、部屋の窓が割れるのとルカがシオンを庇うように前に出たのは同じタイミングだった。

 割れた窓の破片は部屋の中に散らばり、強い風に乗った雪も入り込んだ。
 その雪を真っ黒なブーツで踏みにじりながら歩み寄る影がある。

「こんばんは。探したよ」
「あんた.....!」

 シオンがその人物を見留めて驚愕する。現れたのは雪祭りの日にシオンとアミナを襲った男だったのだ。

『ライティング!!』

 シオンがハッとして前にいるルカを見ると、二双の槍を振り下ろしていた。ルカが放った雷はバチバチと音をさせながら男に鋭く当たった。強い衝撃を受けベランダの塀に背中を打ち付けた男は目を見開いてルカを見る。しかし、ゆっくりと口元に弧を描いていく。

「ふふ。なかなかの言望葉の使い手。効いたよ。でもね、僕、これでも黒騎士の中でもボリスラフ様に直接命令してもらえるぐらいには強いんだよねえ」

 男はさっと片腕を上げると刃が異常に細いどす黒い剣を出現させた。

「君の心力がどれ程もつか....。見物だね」

 男が薄く笑う。その時、シオンがこの場で一番聞きたくない声が響いた。

「ガラスが割れる音がしたけど、だいじょう、.......」

 隣の部屋にいたアミナが来てしまったのだ。窓の割れる音が聞こえたので心配して来たのだろう。アミナは部屋に踏みいるやいなやベランダに立つ男に気づいて「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。アミナの後ろにはリーフとアイリスもいて、瞬時に状況を理解したアイリスは素早い動きでルカの横に立った。
リーフはアミナに「下がっていなさい」と自分の後ろに隠す。
 アミナはガタガタと震える指でリーフの服を掴んだ。

 男は「おやおや。ぞろぞろと…」と方頬を上げて笑う。男の隣にもう一人、ベランダに降り立った。被っていた黒いローブを取り払った人物は異様に大きな目をぐりぐりと動かし、顔にかかったボブカットの髪を鬱陶しそうに振り払った。爪先の丸い赤いパンプスの下には鳥の黒い羽が落ちていた。

「なにちんたらやってんだよ。グレイ。命令通りにやれよ」
「君が来るのを待っていたんじゃないか。クルミ」
「ちっ」

 クルミと呼ばれた妙齢にも幼くも見える女は舌打ちをすると床を蹴って部屋の中に向かって走り出した。
 止めようとするルカをグレイが剣を振り下ろして止め、槍を構えたアイリスを凄まじい剛力で突飛ばしたクルミは勢いを殺さずにシオンの胸倉を掴む。

「なんて馬鹿力……!」

 不意をつかれたアイリスは即座に態勢を立て直しクルミに向かうが、その時にはシオンは窓の外に投げ飛ばされていた。
 あまりの早業にその場にいる全員が動けなかった。


 アミナを除いて。


 アミナは最初からシオンだけを見ていた。その為クルミがシオンの胸倉を掴んだ瞬間に、リーフの背中から抜け無意識に走り出していた。

「シオン!!」

 どこからか現れた人間よりも大きなカラスが空中に投げ出されたシオンを鋭い嘴で咥えた。


 いけない!シオンが連れて行かれちゃう!


 アミナが何をしようとしているのか気がついたシオンは目を大きく見開いて叫んだ。

「ド阿呆!!来るな!!」
「やだ!!」

 アミナは無我夢中でベランダの手すりを蹴り、カラスの足を必死に掴んだ。

「アミナ!!」

 リーフの悲鳴のような声が部屋に響く。

 横殴りの吹雪の中をカラスがバサリと翼を羽ばたかせシオンとアミナを連れて暗闇に消えて行った。


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