泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第1章

泣き虫少女のひらがな教室

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 夜も更けて、雪の音が聞こえてくるような静かな時間。
 リーフはお気に入りの本を飾った本棚を眺めながら今夜のお供にする本を選んでいた。しかしなかなか決められない。夕食時のアミナの落ち込んだ表情が気になっていた。

 アミナには友達がいない。
 図書館員以外の人間と話すことが苦手で、職員のルカが相手でも話す時は緊張してしまうようだった。
 シオンとは歳も同じ頃のようだし、もしかしたら、と思ったのだが。相当怯えている様子だったのは分かっていた。だがシオンなら…と直感のような、確信がどこかからリーフに告げていたのだ。

 この少年は、アミナにとって必要だ。
 また、少年にとってもアミナが。

 あの竜族の少年は、生まれも、育ちも過酷な環境にいたせいだろう、随分と寂しい瞳をしていた。知らない人間達に囲まれたせいもあっただろうが、攻撃的な態度は己を守る為とはいえ、痛ましかった。

 竜族。常に戦いに身を置く運命の者達。
 それは自ら望んでいても、いなくても。
 竜族の話は本や人の話から知って知識はあった。常に狩りの対象として狙われ、捕まると奴隷になるか、加工品となるか。
 悲惨な現実に産み落とされ、なお抗わなければならない彼の心情とは。

 リーフはそこまで考えて眉間に皺を寄せた。そして、目の前に現れるまで竜族の世界が己の世界から遠い所にあるような、他人事のような認識を持っていた事を恥じた。

 遠慮がちにリーフの部屋の扉がノックされる。
 彼は考えを中断し、微笑みを浮かべ扉の向こうにいるであろう人物を迎えた。

「お入りなさい」

 扉を開き、アミナがおずおずと部屋を覗く。

「遅い時間に、ごめんなさい....」

 この図書館で一緒に住むことを決めてから、アミナを姫としてでなく、一般市民として育てることに決めた。だからあの日からアミナを呼ぶ時は敬称も敬語も使わないことをルールにした。




「なんだって、良い。ここにいさせて。...捨てないで」




 あの日、小さい体から絞り出すように呟かれた言葉はリーフの心を痛ませた。

 いつだって犠牲になるのは純粋な者だ。それが悔しかった。間違っていると思った。
 この子を幸せにしたい。またあの頃のように花のような笑顔を取り戻せるように。
 そう心に決めた。
 けれどそれは簡単なことではなかった。心というものは目に見えないからこそ難しい。
 アミナと図書館で過ごし始めてから五年の月日が経ったが、俯いた顔は変わらなかった。
 自分達に出来ることといえば、側にいることだけであった。
 彼女の心に再び光をもたらすにはどうしたら良い?

 何かきっかけが必要なのだ。自分達ではアミナに近すぎる。強い引力を持つ何かが。

「どうして、リーフはあの子をここに置くの...?嘘までついて」

 唇を尖らせるアミナに苦笑した。

「何かあったのかい?」
「......あの子、怖い。…もしかしたら、襲ってくるかもしれないよ?」

 椅子に座り向かい合う二人を壁に付けられた橙色のランプがほのかに照らす。

「アイリスもルカもいる。大丈夫じゃ」
「今日、資料室で二人になっちゃったもん……それに、夜はルカいないじゃない」

 受付が混んでルカに応援を頼んだ時があった。十分程度だったはずだが、資料室で二人きりになってしまっていたのか。

「それは怖かったのう。すまんかった」
「どうしてリーフが謝るの…」

 眉間に皺を寄せるアミナが微笑ましくて、ついリーフの目尻が下がる。

「資料室で何かあったのかい?」

 夕食時の暗い表情の原因はそこにあるとリーフは確信を抱いた。アミナは「……あの子は」と小さな声で続ける。

「あの子は、苦手……。言望葉使えないことなんて大したことない、なんて簡単に言うし……」
「そうか」

 言望葉を使えない為に城から追い出されてしまったアミナにとって、それは言われたくない言葉だっただろう。アミナが一番こだわる自分の嫌いな所。言望葉を使えないこと。
 リーフはふむ…と考える。
 少年の粗野な振る舞いは、アミナを傷つけてしまったようじゃ。
 しかし、誰かの事を特定して苦手だと言うアミナを初めて見た。
 どうするか。これまでのように傷つけないように危険を遠ざけるか、それとも見守るか。

「言望葉を使えない事は、大したことではない。」

 アミナの目が見開く。その瞳にははっきりと傷ついたと映されている。
 リーフは首を振る。そうではないと。

「お主の価値は、そんな事では決まらない。儂らは、アミナ、お主がただそこにいるだけで愛おしいのじゃ」

 頬を染めて目を泳がせるかつてのお姫様。幼い頃と変わらず素直で純粋。そんな彼女にゆっくりと語りかける。

「もしかしたらシオンは、それを伝えかったのかもしれんのう」

 アミナは両手の指を絡ませ、落ち着かない様子のまま「……そんなこと…だって…私のこと、嫌いって…」と下を向いた。
 リーフは彼女の長い前髪を包帯の巻かれた右手で優しくよけ、可愛らしくも美しい瞳を見つめた。

「お主の世界も、まだまだ広がる。知らなくては分からないままじゃ。…まだ自分を諦めるな」

 深い緑の瞳に慈愛が広がる。アミナは「…うん…」と頷きはしたが、心の中では自分の世界はこの図書館の中で充分なのだと思っていた。





 冬の朝、早い時間はまだ少し薄暗い。
 アミナはベットで体を起こすと溜め息をついた。あまり眠れなかった。昨日のシオンやリーフの言葉が離れなくて。言望葉を使えない自分を許して良いのだろうか?アミナは首を振る。
 それはどうにも受け入れることが難しかった。

 パンを齧るシオンが「あんた飯係なんやって?」と目の前に座るアミナに話しかける。
 キッチンの前に配置されたダイニングテーブルにはリーフ、アイリス、アミナ、シオンの図書館に住んでいる四人が座っていた。大きな窓から入る朝の太陽の光にリーフが眩しそうにしている。その手には新聞が握られていた。

「うん...」

 アミナは玉ねぎのスープが入っている木皿から目を離さないで頷いた。
 アイリスが「食事中に新聞はやめてくださいと言っているでしょう」とリーフを叱っている。

「パンも?」
「うん」
「ほおー!すごいやん!」

 アミナは目を丸くしてシオンを見つめる。昨日アミナを嫌いだと言っていたのに褒められたことに驚いたのだ。シオンはそんなアミナの様子に気付くこともなく「うまい」とスープをすすった。

「昨日...」

 昨日は資料室であんな事があったのに普通にしていられるシオンについ言いかけ、アミナは口をつぐんだ。

「昨日?」
「………っ」

 アミナは愕然とする。シオンのきょとんとした口調から伝わってきた。彼が昨日の事など全く気にしていないといことが。きっと彼は気に入らないから、言いたかったから言った、はい終わり。とすでに片付けてしまっているのだ。アミナの気持ちなど知りもせずに。

 こんな人がいるのか......。

 アミナは今まで周りにいなかったタイプに呆然とする。こんな風に、感情のままに言いたいことを言って、それが周りにどう影響を及ぼすかなど気にもせずに生きている人間を初めて見た。人間ではなく、竜族なんだっけ、とアミナは頭の中で訂正する。
 こういう人、なんていうんだっけ...。そうだ。

「自分勝手...自己中心的...」
「ああ!?」

 口が勝手に動いてしまった。
 リーフはコーヒーを吹き出し、アイリスは目を丸くする。シオンはパンを片手に額に青筋を浮かべた。
 アミナははっとして口を両手で覆った。

「あっ...えと、」
「俺が自己中やと!?」
「え、え、自覚、ないの...?」

 アミナの信じられないという表情にシオンはさらに怒り、アミナに掴みかかろうとした。

「俺の、どこが、自分勝手なんやー!!」
「ちょっと落ち着きなさい!」
「ほっほっほっ」

 アイリスはシオンを抑え、リーフは髭にコーヒーを付けたまま腹を抱えて笑っている。

 心外だと怒るシオンに、こうも感覚が違う人がいるなんて...あ、人じゃなくて竜なんだっけ...と恐怖はどこへやら、ただただ不思議に思うアミナだった。




 図書館の営業時間になり、資料室で椅子に座るシオンの前でルカが手を叩いて笑っている。

「本当にアミナがそう言ったのか?くくく!言うじゃんか!」
「その笑いをやめい!腹立つな!どいつもこいつも!」

 シオンは苛立ち、ルカを黙らせようと足に力を入れ拳を握った。「やめとけよ」ルカが笑いながらシオンを片手で制する。

「今のお前に俺をどうにかできると思わない方がいい」
「......クソ、」

 ルカの目は確かに本気を宿していた。シオンは椅子に座り直し、悪態を吐く。

「人間の分際で」

 昨日のリーフの怪我が自分のせいでなかったらこんな所、さっさと出て行っていた。自分の拳が老人の手の骨を砕いた感触は、後味が悪いものだった。
人間の狩りで襲われた時や、コロシアムではもっと人間を酷い状態にさせた事もあるし、殺したことも幾度となくある。
 けれど、リーフの右手に巻かれている包帯を見るたびに何故だか心がざわざわと落ち着かなくなる。
 シオンは自分がこんな風に感じる事に驚いていた。それは今まで感じたことのないもので、シオン自身この感情がなんなのか分かっていなかった。

 罪悪感。
 感情の名前を知る必要など、今までなかったのだ。

「さてと、今日は昨日シールを貼ってもらった本をそこの本棚に置いていってほしいんだ。本棚にジャンルの札が付いているから、まず本をジャンルごとに分けて、さらに作者を五十音順に並べて棚にしまってくれ」

「ジャンルは本の裏表紙を捲って...ここに大体記されてるから。......聞いてる?」

 ぽかんとしているシオンを見る。シオンは眉間に皺を寄せ、唇を尖らせた。

「文字、読めんし...」
「...ああ」

 そうか、とルカは顎に指を添える。竜族は人間の文字を知らないのか、と彼は思い至った。それは当たり前の事なのだが、シオンが竜族というのをルカは忘れがちだ。シオンの見た目は、今はどうみても人間なのでどうしても人間として接してしまうのだ。
 じゃあ、どうしようか。他に何か仕事を...と思った時に、資料室の扉が開き、おずおずとアミナが顔を覗かせた。

「ル、ルカ...」
「アミナ。どうした?」
「アイリスが男の人にナンパされてて...しつこいみたいで...」
「なに!?」

 美しいアイリス目当てに図書館を訪れる輩は多い。しかしほとんどの男はアイリスを高嶺の花として眺めるだけで、気安く話しかけられる者はあまりいない。しかしこうして、時折身の程知らずにもアイリスに言い寄る男がいるのだ。そんな男達からアイリスを守るべくルカは即座に部屋を出て行った。

 ものすごい速さで廊下を駆けていくルカの背中を見送り、アミナも自分の仕事をしようと資料室を後にしようとした。が、シオンに「おい根暗女」と呼び止められてしまった。
 アミナはむっとするが、表に出す勇気もなく、「...はい、」とだけ答えた。

「文字、教えろや」

 ぶっきらぼうに放たれた言葉に内心嫌だと思った。二人きりになりたくないし怖い。けれど逆らった方が怖い。

「......文字って...なんの?」

 何か読めなかった文字でもあったのかと聞けば「なんの、とかやなくて、文字の読み方教えろや」と言われた。アミナは少し考え「......えっと、...」と言葉を選ぼうとしたが、結局うまく選べなかった。

「…文字、読めないの?」
「...、そうや」

 いつも真正面から話してくる男の子が少し下を向いた。アミナにはシオンが今文字を読めない事を恥じているのだと分かった。それは自分にも身に覚えのある感情だからだ。言望葉が使えないことを恥じる気持ち。
 けれど、とアミナは思う。
 文字を読めない事は恥じる事なのか?と。

「......馬鹿にしとるんやろ」

 シオンの声が低く唸った。

「竜族は文字も読めない。戦うしか能がないって、お前ら人間がどう思っとるか俺は知っとるんや」
「そんな事思ってない」

 前髪で覆われた水色の髪の間から覗く瞳が真っ直ぐシオンを見つめる。

「私だって、最初は文字なんか読めなかった。教えてくれる人がいたから、読むことができるだけ」

 なんやこいつ。いつも下ばっか見とるくせに。
 シオンは陽の光を受けてきらりと輝く瞳に一時、見惚れた。
 こんな瞳を俺に向けた人間は今までいなかった。
 ここに来てから、ここにいる人間達のシオンを見る瞳が今までの人間達と違う事に彼は戸惑っていた。

「シオンは…どうして文字を読みたいの?」

 ここの人間達は俺を名前で呼ぶ。竜族や竜のガキ、商品、等と今まで散々呼ばれてきた。
 当たり前のように俺をシオンと呼ぶ。

「あいつに言われた仕事をする為や」

 あいつ、ルカの事を頭に描きながらアミナに答える。アミナは頷いた。

「…分かった。...ちょっと、待っててね」

 アミナは小走りで奥の本棚の方に向かい、目当ての本を手にすると再びシオンの元に戻ってきた。

「ち、ちょっと、座ろう」

 作業用の木製テーブルに二人並んで座ると、アミナは持ってきた本を開いた。中身は表のようになっており、一文字ずつきれいに並んでいた。
 アミナはドキドキと緊張する胸を抑え、小さく一つ深呼吸をした。

「……こ、これは五十音表っていってね、ひらがなで全部表記されて、るの」
「ひらがな?」
「う、うん。一番基本の文字、だよ。…文字はね、今世界共通で使われているのが、二種類あってね。英文字と、和文字の二種類なの。…で、でね、ひらがなは、和文字に分類されるんだけどね…」

 アミナは今開いている本の裏表紙を捲る。先程ルカが開いて見せたページと同じように文字が配列されている。

「こ、このページはね、この本の題名とか作者とか、ジャンルとかの、本の情報がまとめられてるの。…それでね、和文字の場合も英文字の場合も、必ずひらがなが振られてるんだよ」
「...和文字って、ひらがななんやろ?」

 なぜあえて和文字にひらがなが振られる、という言い方をするのかシオンは不思議に思った。

「えっとね...。和文字はひらがなだけじゃなくて、か、漢字とか、片仮名とか、があるの」

そこまで話した所でシオンの頭から煙が出てきた。

「と、とりあえず!ひらがなを覚えちゃえば図書館の仕事はできると思うから!」

 アミナは慌てて両手で握りこぶしをつくった。

「あ、あのね、リーフが言ってたの。最初は皆、同じ所から始めるんだって。始めようとする気持ちが大事なんだって!」

 シオンは「.........ふうん」と頭を掻いて、腕を組んだ。

「よっしゃ!はよ教えんかい!ひらがなとかいうやつ!」
「う、うん」

 紙とペンを棚から出し、アミナはひらがなで三文字書いた。

「こ、これで、しおん、だよ」
「俺の名前や」
「うん」

 シオンはアミナの手元の紙を食い入るように見つめる。

「しおんって、こういう文字やったんやな。なんや不思議や...俺の名前が人間の文字になっとる...」
「......不思議?」

 シオンの指が自分を意味する文字をなぞる。

「ここにおる、って感じ」

 アミナにはシオンの言っている意味がよく分からなかったので、何も言えなかった。

「お前の文字は?アミナってどう書くんや?」
「アミナは...こう...」

 アミナは紙にあみなと書いていく。

「これであみなって読むの」
「なんや丸っこいな」

 くくく、と笑うシオンは年相応の少年にしか見えなかった。ルカに教えてもらったが、シオンはアミナと同じ十五歳のようだった。
 シオンがペンを握りこんでアミナの手元の紙に書こうとする。距離が近くなってアミナは少し気まずく感じた。

「ぺ、ペンの握り方は、…こう、だよ」

 アミナは自分の指でお手本を示す。

「そんな決まりあるんか?面倒やなぁ」

 シオンは見よう見まねで真似ようとするがうまくできない。アミナは見かねておずおずとシオンの指に自分の指を重ねる。身長は同じくらいなのに自分の手より少し大きくて、なんだかゴツゴツしている。先程とは違う緊張がアミナの胸を叩いた。

「こ、こう」
「うおお...!握りにくい!」

 シオンは全く気にしていないようで、ペンの握り方に四苦八苦していた。ぷるぷると震える指で紙に何か書こうとしている。『あみな』の文字の横にミミズのような線で書いていく。

あみな

「.........」

 アミナはじっと食い入るように見つめる。書かれた文字から目が離せなかった。「簡単や!」横で得意気に笑う少年がなんだか眩しかった。
 次にシオンは『しおん』の文字の横にぷるぷると同じ文字を書いていく。「『し』なんかほぼ棒やな」と笑っている。

 先程まで苛立ったり、怒ったりしていたのに、ペンを片手ににこにこしているシオンにアミナはつい笑ってしまった。
 空気の入れ換えの為に開けた窓から冬の冷たい風が流れ込んでくる。風はカーテンを踊らせ、アミナの顔を覆う長い髪をふわりとさらった。

「ふふ。単純だなぁ」

 冬の午前中。外から届く淡い光に包まれたアミナの雪のような白い肌が空色の髪に彩られて現れる。
宝石のようにきらめく瞳は細められ、薄く小さな桃色の唇の端がきゅっと上がっている。

 シオンは目を細めてアミナを見つめた。
 可愛い。感覚で思ったが、アミナの一言が気に触り、すぐに忘れた。

「俺が単純やと!?」

 アミナの肩を勢いよく掴むが、「うお!?」とすぐに放した。
 アミナはシオンの素早い動きについていけず、呆然としている。ただ、自分の言った言葉がシオンを怒らせてしまったようだと気付き青ざめた。

 肩ほっそ......。
 シオンは自分の手で掴んだ少女の肩の細さに驚いていた。先程の怒りはどこかに飛んで行ったようだった。
 やりにくい。そう思った。

 扉が開きルカが笑顔で戻ってきた。

「今日も任務果たしたぜー!アイリスさんにありがとうって言われちゃった!」

 浮かれたルカに二人の様子がおかしいことなど気づけるははずもなかった。
 ルカがアイリスをどう救ったのか詳細に話している横でアミナは自分の文字とミミズのような文字が書かれた紙を丁寧に四つ折りにしてポケットに入れようとした。「あ!」とシオンがこちらを指差し目を丸くしている。

「それ、俺にくれ!」
「え...」

 アミナは紙を両手で守るように胸に抱き「や、やだ...」と反抗した。

「なんでや!俺はそれが欲しいんや!」

 アミナはむっとする。私だって...。

「私も欲しいの!」

 普段よりも幾分かはっきりと意思表示をするアミナにルカが驚く。そして何やらよく分からないが、アミナとシオンが言い合いをしている様は普通の十五歳の子供にしか見えなくて、つい笑みを溢した。
最初、リーフが少年を図書館に置くと言った時は少し不安を覚えたが、良かったのかもしれないと思う。
 元々ルカは情に厚い男だ。シオンの教育係として少年に関わるうちに弟がいたらこんな感じかな、などと思うようにまでなってしまっていた。
 かなり生意気な部類に入る弟だが。
 アミナの事も同じように、可愛い妹のように思っていた。しかし、同じ年頃の女の子達のように学校に行かず、友達もおらず、図書館に籠ってばかりの彼女を心配していた。
 二人の言い合いを眺めながら、良い風向きになってきているのかもしれないと思えた。
 さすが、館長だなぁ。と右手にわざとらしく包帯を巻いた老人を思い苦笑する。

「まあまあ。シオン、男ならお前もレディーファーストをさらっとできるようにならないとな」

 ルカはシオンの肩に手を添える。

「れ、れで...?なんじゃそりゃ!クソ...」

 シオンは未練がましくアミナの手元をじとっと睨むが、アミナは泣きそうになりながらもそれを手放す気はないようだった。

 なんやねんこいつ。おどおどびくびくしとるくせに、妙な所だけはっきりしおって。

「おい!チビガキこらぁ!」
「ひっ!」

 自分だって同じくらいの身長ではないかと思いながらもアミナは肩を強ばらせる。

「お前に、俺に文字を教える義務を与えるぅ...」

 地を這うような声で恐ろしいことを宣言されたアミナは衝撃的な内容に顔を真っ青にした。

「な、なん、で...」

 私が。と続ける声はシオンの気迫に圧されて紡げなかった。

 こんなことになるなら。
 アミナは手の中の紙を握りしめた。
こんなことになるなら、初めから渡してしまえばよかった....と後悔した。

 だって。と思う。
 震える指でぎこちなく一生懸命書かれた文字はアミナの胸を温かくした。
 へたくそな『あみな』が宝物のように思えたのだ。








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