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1話 カフェ通常営業しています

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 カランとドア鈴が鳴る。

「カナ、カレーとメロンソーダ」
 トーリが勢いよく入ってきた。
 草原で遊ぶものの彼は体の小ささを有効に使い、チームでは斥候役をしている。

「ビール。大ジョッキ」
 続いて入ってきたのはドワーフのドルイン。
 両手用戦斧をカウンターに立てかけて、その横に腰を下ろす。
 彼はそれ以外の注文をしたことがない、私はトーリが見えた時点でビールを注ぎ始めていた。

 遅れてロティナが店に入る。
 彼女はゆっくり、元気な彼女にしては珍しい。
「カナ、私にはナポリタンとアイスコーヒー。砂糖、ミルク多めで」
 と注文すると、トーリの横にうつ伏せた。

「いらっしゃいロティナ。久しぶりね」
 私はこの街でカフェ・ヒナタを開いているカナエ。
 ロティナ達はこの街の冒険者だ。

「交渉団の護衛でハンピルクスへ行ってた」とひたいをカウンターに付けたまま教えてくれた。
 彼女のパーティは火力が足らないのでモンスター退治は苦手だと、本人たちが自虐ぎみに言っていた。
 彼女達はモンスターを相手にしないかわりに、護衛の依頼をよく受けている.
 トーリは短弓を使いロティナの魔法と一緒に離れた敵を狙い、ドルインが護衛対象を守るスタイルだと聞いた。
 依頼が続いているというのは、依頼人が彼女達の仕事ぶりに満足しているという事だろう。

 ハンピルクスは峡谷の鉱山都市で、徒歩で4日と近くの街だ。
 ジョッキをカウンターに置きながら、横にいるロティナに
「ずいぶん落ち込んでいるようだけど、何かやらかしたの」
 護衛対象を守りきれなかったのなら、のんびり食事なんかしている場合じゃないから、大きな失敗じゃないと思うけど。

「私達は何もやってない。ヘマしたのは交渉団よ」
「今回の護衛の相手、商隊じゃなかったんだ。交渉団って言うと役所仕事?」
 トーリにカレーを出しながら思った事を口にする。
 彼はいつも2皿頼むから、アイスを乗せるメロンソーダは、2皿目が食べ終わりそうになったら用意する。

「そう、クルディアナの交渉団の護衛。魔鉱晶がもっと欲しくてハンピルクスに行ったんだけど結果は交渉決裂、何も解決できないままの帰還だよ」
 トーリが甘口のカレーを口に入れながらしゃべる、食べるか話すかどちらかにして欲しい。汚い。

 クルディアナとはこの街の名前で、私は始まりの街と認識している。
 この街は魔法道具制作を主な産業としていて、国内どころか世界一の技術を誇っていた。
 おかげで、このカフェにはコンロと冷蔵庫が有る。
 それに今は私の案を取り入れて作られたクーラーさえ設置されている。

 その魔法道具の材料として魔鉱晶が絶対必要だったはず、魔鉱晶はハンピルクスで多く採れる。
 今はいくらでも欲しいだろうな。

「でも何で、その交渉失敗でロティナが落ち込んでるの?」
 基本、交渉の推移と護衛の仕事とは関係ないはずだけど。

「依頼内容はキチンとこなし、契約の金額ももらってるよ。けどな~」
 ナポリタンを置くスペースを開けてくれながら、ロティナが後を続けてくれた。
「契約に無いけど、こんな仕事はうまく行った場合は私達も"おこぼれ"があるものなの、街を代表しての交渉だから契約金は安かったけど今回はそれ狙って受けたのよ」
 なるほど、当てにしていた臨時収入が無くなったのか。でも臨時収入を当てにするのはどうかと思うけど。

「まあ、無理を言うんだから価格が少しは高くなるのはクルディアナ側も覚悟はしていたさ。だがハンピルクスの奴らいきなり三倍の値段要求してきやがったらしい。足元見るにも程があるだろう」
 トーリが怒っている。ハンピルクスの人達に対してか、もらえなかった臨時収入のせいなのかは判らなかったけど。

 スーッと、空になったジョッキが前に置かれる。ドルインはただ飲む。
 それを見たトーリがスプーンを口に運ぶ回転を上げた。そこを競うんじゃない。そしてしゃべるのを止めろ、2人の愚痴が続いている。

 カラン。
「トーリそのへんにしとけ、誰が聞いてるかわかんないんだぞ」
 中年男性が入ってきた。

「「工房長!」」
 トーリとロティナが声をそろえて驚いている。ドルインも一瞬止まった。

 もう一人、連れがいた。
「ここが皆さんの行っていた、カフェ・ヒナタですか。本当に良い所ですな」
 室内をキョロキョロと見回して言う。

「トミ殿が来たいと言われたのでご案内したのだ。お前らの声は外にまで聞こえたぞ。案内してきた客人への悪口が聞こえてきた場合どうすれば良いと思う。教育がなってないな」
 工房長と言われた男が苦言を言い始めた。最初のほうはトーリへだが、最後の一言はカウンター奥で一人飲んでいた女性に向けてだ。

 カウンター奥で一人、ロゼの発酵ワインを飲んでいたのは綺麗な女性。長い髪、着ているワンピースと高いハイヒール全てが白い。
 店の常連で、街の冒険者ギルド長ーのマヌレフルスさん。
「冒険者ギルドで教えているのは死ぬなってだけだ。他に何教えても死んだら意味がないからな」
 生き延びる意味でも処世術は必要だと思うけどな。

「ここをトミ殿に教えたのはティナ達だと聞いたぞ。その時は随分自慢していたらしいじゃないか、羨ましがっていたトミ殿が、ヒナタに来る事くらい想像出来るだろうが。それにトミ殿が交渉継続のためクルディアナに来たのは、護衛をしていたお前らなら知ってたよな」
「私達、街に帰ってきてそのままここに来てるんですよ。そんなにすぐに来るだなんて思わないですよ」
 ロティナの言い分は'言い訳にならない'、私の元上司ならそう怒鳴られていただろう。

「良いお店を教えていただいたお礼として、店の外で聞いた話は忘れましょう。それに三倍は私もどうかと思っていますし」
「それなら」トミ殿の言葉に、工房長が反応した。
「まぁまぁ、落ち着いて。個人的には三倍は確かに高いと思いますが、残念ながら今のハンピルクスでは適正価格なんですよ」

「あの人達はだれ?」
 ロティナに身を寄せて小声で聞いた。彼女も小声で答えてくれる。
「工房長と呼ばれてるのは魔法道具工房のエレデ・ヌネさん。トミ殿は今回の交渉の相手だったハンピルクス側の一人。話し合いは続けたいとクルディアナについてきた」
「お店の宣伝してくれてたみたいね、ありがとう。一杯目はおごるね」
 慌ててトーリが終わった皿を見せる、やはり追加注文するみたい。でもカレーはおごりじゃないからね。

「ここで、開放者様にお会いできるなんて光栄です。ハンピルクスに住む者の代表として最大の感謝をマヌレフルス殿へ」
 トミ殿は奥にいるマヌレフルスさんの元へ進み、丁寧な礼をした。
「リ教形式じゃないですか。勝手に神様なんかにしないでください」
「失礼した。私の知っている最大の謝意を表すものがこれでしたので。リ教は関係なく私達の気持ちとして受け取っていただけると嬉しい」

「気持ちはお受けしました。感謝してるなら、その開放者は止めてください、勇者じゃあるまいし。私は自分の出来る事をしただけ、現に彼に付いて行くことは無理だと理解してここに残っています」
 サンバレンド七都市同盟は魔王軍の攻撃に合い、いくつかの街は一時占領されていた。

 侵攻時マヌレフルスさんは今と同じ格好をしていた、それは亡くなった前ギルド長の夫の後を継ぐ時に、もう現場には出ないという意思表示だった。
 最初の戦闘に参加しなかったおかげで、マヌレフルスさんは大攻勢を生き延びた。
 その後、勇者が現れ共に戦う者を集った時、彼女は戦服に着替え武器を取った。都市同盟から魔王軍を追い払うため勇者と一緒に戦ったうちの1人だ。
 勇者は魔王を倒すためこの地を離れた、一緒についていったのは奇跡の使い手、神官のリリア。彼女は勇者の最初の仲間だ。

 そう、この世界には魔王がいて、それを倒す使命を持つ異世界から来た勇者がいる。
 そんな世界で私は勇者が最初に訪れた街でカフェを営んでいる。
 店名にヒナタなんて名前をつけて呑気に暮らしているのは、この街が安全なのを知っているからだ。

 何故知っているのか、ここは昔私が書いた小説そのものの世界だからだ。
 学生の頃ネット上に自由に物語を書けるサイトにハマった、初めは読者だったがそのうち我慢できずに投稿を始めた。
 だけど私に文才などは無く、書きたいネタもすぐに無くなってしまい、更新が止まった。

 この街への魔王軍の再来などという話しは書いていないし、裏設定も作っていなかった。
 だからここは絶対に安全だ。
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