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#25.もう一人の息子
しおりを挟む事故の当事者であり、かろうじて一命を取り留めた男子高校生が降谷青樹の弟だと知り、宇都宮は妙な胸騒ぎを覚えた。
彰の葬儀から数日が経ち、青樹の弟・タケルがICUから特別室に移ったことを聞いた。家族以外の面会は許可されない中、宇都宮は青樹の計らいで病室を訪ねることができた。
「降谷くん、大変だったね。弟さんの容態は?」
「安定していますが、意識はまだ戻りません」
高級ホテルのスイートルームを思わせるような贅を尽くした一人部屋の奥まった場所。そこに降谷タケルは眠っていた。
「弟さん……タケルくんだったね」
宇都宮は患者の顔を覗き込んだ。
「……え……っ!?」
その瞬間、宇都宮の時間は凍りついた。
彼はそこに信じ難いものを見た。十五年に亘り背負い続ける十字架。謝罪を請うその対象者たる存在を。
「宇都宮さん!」
驚愕と動揺によろめく身体を青樹に支えられ、宇都宮は昏倒を免れた。
「すまない」
「大丈夫ですか? なんだか顔色が優れないようですが」
「あ……あぁ、大丈夫だ」
気遣ってくれる青樹の声が意識の彼方を通り過ぎて行くようだった。愕然としながら、宇都宮はタケルから目を逸らすことができなかった。
「……降谷くん、つかぬことを訊くが、弟さんは、あまり君とは似ていないようだけど……その……」
非礼は覚悟の上で、宇都宮はどうしても確かめずにはいられなかった。
「ええ、よく訊かれます。俺も慣れっこですから、訊かれたらいつも本当のことを言ってます。弟も気にしていません。……タケルは養子です。ハーフだと聞いたことがあります。家は両親が共に一人っ子で、しかも早くに親を亡くしていて近い親類もいなくて、その上、俺まで一人っ子だったら可哀想だということで、このタケルを養子に貰ったんです。女の子は嫁に行ってしまうので、男の子がいいと」
「そうか。やはり、彼は……タケルくんは……」
間違いない。宇都宮は確信した。
亡き妻、ローレライの面影を留めるその顔は、瞳が閉じられていてさえも疑いようもない事実を告げていた。
降谷青樹の義弟・タケルは、十五年前、自分が捨てた息子に他ならない。
宇都宮がタケルの母と出逢ったのは、フランスに渡った直後のことだった。
傷心の彼を優しく慰めてくれたフランス人の女性がいた。
その名も、ローレライ。
目を奪う美貌、長いプラチナブロンド、濃いブルーの瞳、透き通る白い肌、豊かな胸、くびれた腰。それら全てがお金を生んだ。彼女は、『飾り窓の女』だった。
宇都宮はローレライと恋に落ちた。
貴水章三からの援助金を全て注ぎ込んで彼女を身請けし、ひっそりと日本に連れ帰って結婚した。
そして、タケルが生まれた。
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しかし、幸せは長続きしなかった。
宇都宮は自分から幸せを手放した。安住に刺激はなかった。彼は己が芸術のためにローレライとタケルを置いて流浪の旅に出た。赴くままの魂の彷徨こそが創作の糧だった。
そんな宇都宮は未熟で若過ぎたのだ。妻子を捨てたことは大きな過ちだった。
ローレライは慣れない異郷の地で頼りとする夫に見捨てられ、精神を病んでいった。そして、自ら命を絶った。
自分と関わった女が皆不幸になる。
もう、誰も愛さないと宇都宮は誓った。
「宇都宮さん?」
蒼い顔をして黙り込んでしまった宇都宮に、青樹が心配そうに声をかけた。
「あ……いや、なんでもないんだ。……ところで、タケルくんは、どうして貴水彰さんの車に?」
「その人はタケルの同級生の子のお兄さんだったそうです。どういう関りがあったのかは、今のところわかりませんが」
「そう、ですか」
貴水彰と降谷タケル。ふたりは紛れもなく血を分けた兄弟であり、自分の息子たちだった。
この数日間に、思いも寄らぬ形で彼らと逢うことになろうとは。もっとも、ひとりは遺影であったけれど。どちらも母に似て、美しく成長していた。
到底出逢うはずのないふたりが、何処かで接点を持ち、共に死へ向かった。
兄・彰は命を落とし、弟・タケルは生き残った。何が生と死の分水嶺だったのか、知る由はない。運命の糸によって引き寄せられたふたつの魂。互いに兄弟であることを知らず、彰は逝った。残されたタケルも、今後それを知ることはない。父親と名乗る資格など自分にはないことを宇都宮は承知していた。十字架は、贖罪の証としてこれからも背負い続ける覚悟だった。
宇都宮はこの奇しき因縁を感慨深く受け止めた。
偶然通りかかった街角で降谷青樹を見かけたことが始まりだった。精悍な佇まいの彼に嫋やかな聖母のイメージが重なった。その顕界と霊界のアンバランスな魅力に惹かれ、裸の彼を描き始めてようやく実相が見えて来た。
妻・ローレライと寸分違わぬ姿の女、それが降谷青樹の過去世。
その名もまた、ローレライ。遠い異国の彼の岩に名を残す伝説の魔女。
赤子の頃に手放した息子・タケルが、その青樹の義弟になっていた。
つづく
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西条ネア
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