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#22.夜明け
しおりを挟む宇都宮崇には、『エクスタシーの燃えさし』と並行して描いているもう一つの作品がある。
その制作を青樹が訪れる前に少しでも進めておこうと、その日も夜明け前から絵筆を執っていた。
彼がカンバスに描いているのは――
ひとりの美しい女だった。
長いプラチナブロンドを風になびかせ、濡れて煌めく印象的な濃いブルーの瞳で久遠を見晴るかす。そして、妙なる声で子守唄を口ずさむ。
哀調の歌声さえも、その絵から聞こえて来そうだった。
女の正体は、降谷青樹の霊界たる過去世。
この作品のタイトルは、『ララバイ』。
「うっ……!」
ふいに、筆先の線がぼやけた。
宇都宮は筆を置き、涙が滲む目頭を押さえた。
「やはり、そうだったのか」
女の姿は十五年前に他界した妻、ローレライに酷似していた。
宇都宮の筆が著わした青樹の過去世は、妻と同じ姿をした伝説の女だったのだ。
青樹との邂逅は偶然ではなく、引き寄せられたものであったと宇都宮は確信した。見えない運命の糸に手繰り寄せられるように。
「私の……ローレライ!」
* * *
貴水千鶴を乗せた車が、彰のマンションの駐車場に停まった。
いつものように千鶴はインターフォンを鳴らさず、合鍵で部屋に入った。
鍵を当人以外で所持しているのは、父と妹だけである。但し、父が持つ鍵はかつて一度も使われたことはなかった。
その日、千鶴は彰の専任スタッフに理を入れ、自ら朝食を用意して来た。
久しぶりに、妹の手作りを兄に振る舞おうと考えたのだ。実は、いろいろと話したいこともあった。
抱え持って来た食材をテーブルの上に置くと、千鶴は寝室へ向かった。
「お兄ちゃん……まだ寝てるよね」
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窓が少し開いて、そこから冷たい外気が流れ込んでいたのだった。
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千鶴の鋭い感性は、澄んだ空気の中に微かに混じる、もうひとりの愛しい存在の残滓をキャッチした。
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「お兄ちゃん、天使に会えたのね」
その時、窓から一陣の風が吹き込んで、千鶴の髪を乱した。
千鶴は振り返り、はっとして風に顔を向けた。
つづく
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