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#18.懺悔
しおりを挟む「千鶴は君を称えていた。普通、自分をふった男のことを褒めたりはしないだろう」
「それは、貴水さんが……千鶴さんが、思いやり深い性格だからだと思います」
『じゃ、降谷くん、受験勉強がんばろうね。……あ、これからも普通に接してね』
タケルは、電話でそう話した千鶴の声を思い起こした。
いつもの明るい声に聞こえた。だが、それが精いっぱいのものであることは想像できた。
途中で切られても仕方のない通話を、彼女は最後まで誠実に続けてくれたのだ。その深い思いやりには感謝しかない。
「そうなんだ。千鶴は本当にいいやつなんだ。いつも俺に同情してくれる。そして、『私がお兄ちゃんを守ってあげる』って、小さな頃から言ってたんだ。ある意味、俺なんかよりも漢らしい。女なのに漢気があるんだ。
だけど、妹が無意識のうちに抱く俺への同情に、わずかばかりのプライドが傷つけられる。自分は無力だと思い知らされるようで。
しかし、その同情心に慰められていることも事実だ。俺にとって千鶴は棘で糾われた命綱だ。掴めば傷つくが、放せば命はない。その千鶴にさえ顧みられなくなったら、俺はたぶん生きていけない。最近、特にそんな思いにかられる。どういうつもりか知らないが……君にふられて自棄になったとは思わないが、千鶴は俺の反対を押し切ってとんでもない男と付き合い始めた。君を襲った主犯の男だ」
「えっ……?」
あのおぞましい男の顔がタケルの脳裏に浮かんだ。忌まわしい記憶は、決して消すことのできない刻印のように、これからも生涯にわたり影を落とし続けるのだろう。それは酷い苦しみでしかない。
人生に苦しみをもたらした男と、自分に好意を寄せてくれていた千鶴が交際を始めたという事実は、タケルには到底受け入れ難いものだった。
そして、それ以上に、千鶴のことが心配でならない。
「信じられなくなった。妹も、親父も……」
彰はタケルの反応も眼中にないかのように語り続けた。
「親父が俺と寝てくれなくなった。俺は遠ざけられた。高校生の頃まで、俺は親父と一緒に就寝していた。親父の懐で、いつも安寧の眠りに就いていた。幸せだった。本当に幸せだったんだ。自分がこの世に生きていてもいいのだと安心できるほどに。だが、その幸せを終わらせたのは、俺だった。安心以上のものを求めてしまったから」
彰はそこで言葉を区切り、グラスにワインを注ぎ足すと、一気に呷ってさらに懺悔を続けた。
「俺は貴水章三の実の子じゃない。亡き母が不倫して出来た子だ。俺がその事実を知ったのは、母の死の直前だった。『――彰、ごめんなさい』と最期に言い残して母は逝った。事実を隠してきたことの謝罪なのか、それとも、これから俺が背負うであろう苦悩に対しての謝罪なのか。ともあれ、母は自らの積年の負債の荷を下ろし、安らかに息を引き取った。
しかし、その負債はそっくりそのまま幼い俺に引き継がれた。子どもながらも、どういうことなのかはわかる。自分が父の子ではない。突きつけられた残酷な真実が、俺の全人格を、未来をも、粉々に打ち砕いた。まさに青天の霹靂だった。母はどうして黙ったまま逝ってくれなかったのかと毎日恨んだ。そして、自分という人間が貴水家に居られる理由がないように思えた。
だが、そんな不安を解消してくれたのが、なさぬ仲の父、貴水章三だった。親父は俺を抱きしめて、『今までと何も変わらないのだ』と言った。『彰はかけがえのない息子であり、自分の跡継ぎなのだ』と。母の死後ひとりで眠れなくなった俺を自分の床に迎え入れ、安らぎの眠りを与えてくれた。
そんな親父に、いつしか俺は自分の身体を提供することで恩返しができるかもしれないと真剣に考えるようになった。いや、恩返しだけが全てじゃない。本当は、俺が、親父を……貴水章三を欲したんだ。ひとりの人間として愛してしまったから。
子どもの頃から親父が好きだった。その思いは成長するにつれて別の意味を持ち始めた。抱いて、抱かれて、身体を交えたいと思うようになっていった。そんな俺の妄執に親父は勘づいていた。同じベッドの中で互いに身体を熱くし、寝付けない夜もあった。男同士だからわかる。
それでも親父は決して一線を越えようとはしなかった。強い理性で、親父は親であることをやめなかった。俺はとうに息子であることをやめていたのに。血で繋がれないのなら、せめて身体で繋がれて、恋人同士になりたかった。その思いはずっと変わらない。今でも、俺は親父を、ひとりの人間として愛している」
『ひとりの人間として愛している』
その言葉を、今一度タケルもまた、銘として心に留めた。
つづく
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