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最終話 『愛している』
しおりを挟む学生寮に到着し、片山歩を部屋まで送るために俺たちは車を降りた。
「言っとくけど」
颯也が真顔になって片山歩に言った。
「理仁亜に用がある時は今後は必ず僕を通してくれ。いくら友だちだからって、頭越しは失礼だと思うよ。理仁亜は僕の大事な人なんだ」
「颯也、どうしたんだ?」
いつになく颯也のきつい口調に俺の方がたじろいだ。
「だって! 片山くんに変な気を起こされたら困るから。それに、理仁亜がぶっ飛ばされたり縛られたり、他の人の恋人の真似をさせられたり……その上、片山くんに誘惑されようものなら僕は気が狂ってしまうよ」
「君から真田さんを奪う気なんてないよ」
颯也に気圧され、困惑ぎみに片山歩は反論した。
「第一、俺はソッチの気はないし」
「僕だってなかったよ。同性が恋愛の対象になるなんて全く考えたこともなかった。但し、理仁亜と出逢うまでは。理仁亜は特別なんだ。ソッチの気がなかった僕だって惹かれた。今じゃソッチの気の権化だよ。
彼を見ればわかるだろう。精悍で超美形。性格は義理人情に厚く、優しくて誠実。少しシャイなところがあって不器用で、それがまた、とても魅力的なのさ。まるで高倉健だよ。本人は『グラディエーター』のラッセル・クロウのつもりかもしれないけど、僕は高倉健の方が近いと思っている。
理仁亜ほど素敵な男はこの世に二人といない。誰だって理仁亜を好きになる。それはもう男女を問わずだ」
颯也がまたしても熱く俺を語っている。いくら何でも熱すぎるだろう。照れくさくて、どんな顔をして良いかわからない。
嗚呼、穴があったら入りたい。
それにしても、俺がラッセル・クロウを気取っていることを颯也はどうして知っているのだろうか?
「わかるよ」
片山歩は感心したように深く頷いた。
「高倉健もラッセル・クロウも俺はあまりよく知らないけど、真田さんが素敵な人だっていうのはわかる。
だから、迷わず真田さんに恋人役をお願いした。こんな素敵な人が本当に自分の恋人だったらいいなと思ったのも事実だ。……もっとも、俺が変な気を起こしたところで、どうなるというものでもないけど。真田さんは桐島くんだけを見ているから。
あ、この辺でいいよ。送ってくれてありがとう。真田さん、ありがとうございました。上着も……」
「もういいの?」
「おかげさまで、とても温かかったです」
上着を受け取りながら、片山歩の開けた胸元に俺は思わず目を止めた。
ブラウスのボタンが全て吹っ飛んで、アンダーシャツまでもビリビリに破かれていた。彼が美少年だけに視覚的にいっそう危ない雰囲気だった。
不意に、升岡きっこの『天の岩戸開き partⅡ』のジャケット写真が脳裏に甦ってきた。否応なく、目の前の片山歩とオーバーラップする。
あれは堪らん! 突然、俺は眩暈を覚えてよろめいた。
「理仁亜、浮気は許さないよ」
俺の心を見透かすように颯也がキッと睨みつけた。
もはや敬語ですらない。否、これからは敬語を使うべきなのは俺の方かもしれない。何より、颯也の戦闘能力の高さは実証済みで、あの剛腕熊店長を易々と捻じ伏せるほどなのだから。
だったら……嗚呼! 俺が颯也に言った身の程知らずの言葉が、今となってはただただ虚しい。
『いつ如何なる時も、俺は君を守る義務がある』
これを撤回したい!
「桐島くん、安心していいよ。もちろん信じてると思うけど、真田さんは決して浮気なんかするような人じゃない。たとえ演技だとしても、真田さんは断固として俺とのキスを拒んだ。それはもう、速攻で激しい拒否だった。あの店長もドン引きするくらいの。そして俺は赤っ恥さ」
笑いながら語る片山歩の表情に、倉庫の中で見せたような落胆の色が一瞬浮かんだように感じた。
しかし、すぐに元の快活な笑顔に戻って続けた。
「あははっ、桐島くんには敵わないよ。君は無敵だ。いろんな意味で」
その無敵の男を取扱説明書に従ってせっせと世話をする俺は……やはり下僕か? 否、奴隷だ。グラディエーターだ。ラッセル・クロウだ。せめてカッコイイものに喩えさせてくれ。
* * *
長い一日だった。
俺たちはようやくベッドにたどり着いた。
「理仁亜、今夜は寝かせないよ」
本来なら、それは俺が言うはずの台詞だった。
いずれにせよ、俺たちの一日はまだ終わりそうにない。
「エンジェルだった頃の颯也が懐かしい」
そう呟く俺に、かつてのエンジェルが唇を寄せてきた。
「もう、戻る気はない」
「うん。戻らなくていい。颯也、俺は、ありのままの君を……」
言いかけた言葉ごと唇が奪われた。
『愛している』と、言いたかったのに!
了
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