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第32話 救世主

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 いっさいの希望が潰えようとしたその時、

「そこまでだ! 黒縁眼鏡の熊野郎、今すぐ片山くんから離れろ」

 聞き慣れた懐かしい声が倉庫にこだました。

「誰だ!?」

 熊店長が振り返った。

「僕はたまたま通りかかった彼らの友人で恋人だ」

「桐島くん!?」

 片山歩が驚きの声を上げた。

 颯也? 何故、ここに……!?

「友人? 恋人? 誰がどっちで、どっちが誰の? しかも、普通にこんな倉庫の中をたまたま通りかかるなどあり得ないはずだが?」

 突然の闖入者に怯む様子もなく、熊店長・大門輔は余裕たっぷりだった。腕に覚えがあるというのは、如何なる場面に出くわしても冷静でいられるということか。

「僕の発言を網羅してツッコんでくれてありがとう」

 颯也の方も余裕ありげだ。

「おかしなやつめ。まぁいい。君も縛り上げてやるよ」
「僕は本当はかなり強いよ。なんなら勝負しようか、熊野郎」
「ふんっ、小僧、聞いて驚け。私は元学生横綱だ。角界にもスカウトされた学生横綱だぞ。命が惜しくば、とっととここから立ち去れ」
「そんなものは所詮、過去の栄光。今のおまえはただの肉の塊だ」


 何だ、これは? 角界……? 鶴界の間違いか?
 またもや俺の脳裏をデジャヴが駆け抜けた。

『僕もいつかそんなクールな台詞を現実に言ってみたいです』

 そう言っていた颯也の声が甦る。
 これは俺が適当に喋ったあの昔話の続きなのか? それとも夢を見ているのか。だとしたら俺はいつから夢の中にいるのだろうか。熊店長に吹っ飛ばされた時からか?

 確か、ここは、鶴……ツルヤ。亀は……出歯亀ならいた。熊もいる。

 そして、颯也の願望は叶った!?


 俺がデジャヴに翻弄されている間に、睨み合っていた両者は動いた。
 突進して来る熊店長を颯也は最小限の動きでゆらりと躱し、素早く背後を取って相手の腕を捻り上げた。
 勝負は一瞬で決着した。
 颯也の一連の動きは流麗でさえあり、闘い慣れている感があった。彼は完全に熊店長の動きを見切っていたのだった。

「いたたたたっ!」

 熊店長の悲痛な叫び声が倉庫中に轟いた。

「抵抗すると、もっと痛い目に遭うよ」

 逃れようとして無理に動こうものなら、あらぬ方向に曲げられた腕が折れてしまいかねない体勢だ。熊店長はもがくことさえままならない。

 颯也って、いったい……?

 俺は呆気にとられ、床に転がったまま彼を見上げていた。

「うっ……は、放せ。放してくれ。頼む」

 不利な体勢で動きを封じられている熊店長が、苦痛に顔を歪めながら声を絞り出すように哀願した。

「放してもいいが、また暴れたりしないだろうな」

 熊店長の巨体を抑え込む颯也の方は息一つ上がっていない。それどころか余力十分といった感じだ。

 そこには今まで見たことのない颯也の顔があった。纏うオーラは俺の知る穏やかな彼のものとはかけ離れ、冷徹なその表情にはどこか非情なダーティーヒーローを彷彿とさせるものがあった。まるで少年漫画、もしくはアクション映画に出て来そうなキャラクターの佇まいだ。

「参った。私も格闘家の端くれだ。力の差はわかる」

 元学生横綱の熊店長が颯也の強さを認め、あっさりと降参した。

 颯也は熊店長を放し、片山歩と俺の縛りを解いた。

「理仁亜……片山くん、何されたの?」
「俺は大丈夫だけど、真田さんが……たぶん脳震盪を起こしてたと思う。ちょっと気絶してたんだ」

 破かれたブラウスの胸元をかき合わせながら片山歩がそう答えた。

「理仁亜、僕がわかる?」

 颯也が俺の目を見て訊いた。

「あ、あぁ……」

 頭ははっきりしていたが、ガムテープで口を塞がれている間に呻き声を出し過ぎて喉が嗄れていた。
 颯也にはいろいろと尋ねたいことがあった。しかし、意に反して俺はただ唇を震わせるばかりで、会話を成立させるまでには至らなかった。

 片山歩の説明で事の経緯と俺たちの惨状を確認した颯也は、瞋恚の眼差しで熊店長を睨みつけた。

「よくも僕の恋人と友人を酷い目に遭わせてくれたな。誠意を込めて謝罪しろ」

「この通りだ!」
 颯也の圧力に怯え、熊店長は床に平伏し額をこすりつけて謝った。
「ごめんなさいっ!」

 全ての事情を知った颯也は、何か言いたげな面持ちでしばらく片山歩を見つめた後、再び熊店長に鋭い視線を向けた。

「片山くんは僕の高校の時からの同級生で最初から男だ。性転換手術などしていない。修学旅行で一緒に寝た時、筋肉他いろんなところが硬かったので根っからの男性であることは疑いようがない。これまで嫌というほど女体に接してきた僕が言うのだから間違いない。ちなみに、一緒に寝たと言っても僕と片山くんが恋愛関係にあるというわけでない。ただ添い寝をお願いしただけだ。
 片山くんは単なる友人で、僕の恋人はおまえが吹っ飛ばしたこのカッコイイ男性だ。僕の愛する真田理仁亜だ。彼は僕の恋人であり、断じて片山くんの恋人ではない。事実と反する部分はこの一点のみだ。
 片山くんはおまえの捻じれ曲がった変態的な思い込みを解きたいがために苦肉の策として僕の恋人・真田理仁亜に恋人役を頼んだに過ぎない。したがって、ベロチューなどできなくて当然なのだ。真田理仁亜の僕への愛と忠誠心は金剛石よりも硬いのだから。わかったか」

 俺のことはフルネームで呼び捨てだ。
 まさに舌先三寸。理路整然と語る颯也の弁に誰も反論を差し挟むことはできなかった。

「わかった」
「ならばよい。では今後いっさい、片山くんにセクハラ行為をしないと約束しろ」
「約束する」
「その言葉に二言はないな。もしも約束を破るようなことがあれば、その時こそ容赦しない。何処までもおまえを追いかけ、必ず再起不能にしてやる」
「はひぃ~っ!」

 少年漫画のヒーローを地で行くような凄みのある颯也の声と貌に、熊店長は可哀想なほど怯えていた。
 その時、少し俺も颯也に畏怖に近いものを覚えた。それは片山歩も同じだったかもしれない。


 そうして、俺たちはツルヤを後にしたのだった。




つづく
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