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第30話 貞操の危機
しおりを挟む「やはり、君もそう思うだろう」
熊店長はしたり顔で俺の反応を窺った。
「全くもうっ、真田さんまで何を言ってるんですか。ただ顔が似てるってだけで、どうして俺が巨乳のAV女優になるんですか?
よく見て下さい。この作品は五年前のものですよ。この時、升岡きっこが二十歳くらいだとしたら、当然現在は二十五歳になってますよね。だけど俺は十八歳。つい最近まで学ラン着て高校に通ってたんですよ。年齢だって全然違うでしょう」
「そ、そうだよね。ごめん、あまりにも似てたから」
冷静に考えれば片山歩と升岡きっこが同一人物であるはずはなかった。
「われわれ熱狂的ファン、否、信者の間では、升岡きっこは密かに性転換手術を受けて、すっかり青年の姿になって地味に暮らしているという神話があるのだ。決して男のものにならない道を選んだのだと。つまり、オナベとして生きていると。
われわれ信者は、升岡きっこのそういう生き方を支持したい。否! 他の男のものになるくらいなら、いっそ男になって! と願った」
「だから、さっきから言ってるでしょう。オナベの恋愛対象は女性でしょう? 俺の恋人はこの真田さんなんです。見てわかる通り、彼はれっきとした男だし、俺も男。つまり俺たちはホモなんです。俺はオナベじゃないんです。ということは、俺は升岡きっこではないっていう立派な証明になるでしょう」
「なるほど。そういうわけだったのか」
熊店長と片山歩のやりとりを聞いて、俺は小さく呟いた。
自分が片山歩の恋人だという設定の意味がようやく理解できた。甚だ回りくどい弁明だが、苦肉の策と言えるだろう。熊店長を納得させるために証拠を提示する必要があったらしい。つまり、俺自身がその証拠というわけだ。
では、何としても熊店長の誤解を解かねばなるまい。
そう意気込んだ矢先、不意にデジャヴが頭をかすめた。
この熊店長と颯也の姉たちがオーバーラップする。
『颯也を何処の誰とも知らない女に盗られるより、真田くんの方が断然いいわ』と言った沙耶。
『もし颯也が恋人だとか言って知らない女なんか連れて来ようものなら、私、頭に血が昇って何しでかすかわからないわ』と言っていた真凛。
その愛し過ぎるが故の想いを、俺は非難する気にはなれない。
颯也への愛を知り、俺は変わった。心ごと身体ごと、こんなにも深く同性である彼を愛してしまうとは。
それにしても、片山歩が颯也ではなく俺を指名したのは何故なのか? やはり俺が頼りになる大人の男性だからか。俺ならこの武闘派オタクの熊店長に対抗し得ると看做されたのだろうか。
それとも、ただ、片山歩に気に入られたとか?
いずれにせよ、こうなったら彼の恋人役を見事に演じきってみせる。オスカーをゲットするくらいの勢いで!
「なぁ~んか信じられないんだよね。君たちが恋人同士なんて。ウソっぽいっていうか、雰囲気からして、この人、ただの知り合いのおにいさんなのでは?」
しげしげと俺のつま先から頭頂まで値踏みするように見渡しながら、熊店長は言った。
演技力を発揮する暇もなく見破られてしまったというのか!?
オタクの観察眼、侮り難し。否、オタクでなくとも察知するだろう。実際、片山歩と俺はついさっき初めて逢ったのだ。
「最初はただの知り合いのおにいさんだったけど、今は恋人同士なんです!」
必死で片山歩が訴える。
俺も隣でうんうんと一所懸命に頷いてみせた。
「どうだか……疑わしいな」
熊店長の慧眼が俺たちに注がれる。
「俺が一目惚れして……真田さんに、恋人になって下さいって頼んだんです。そしたら、彼は受け入れてくれたんです」
片山歩が台詞とは思えない切なげな含羞の口調で語った。心なしか、頬にほんのりと赤みが射しているようにも見える。これはなかなかの演技力だ。聞いていて、俺は本当に彼に一目惚れされたかのような錯覚に陥った。
「じゃあ、君たちが恋人同士である証拠を見せてもらおうか」
「証拠?」
訝るように片山歩が訊くと、熊店長はいやらしく唇の片端を上げながら答えた。
「私の前で、恋人の証であるベロチューをしてもらおうか。お約束だろ?」
「ええっ!?」
俺は反射的に首を振って叫んだ。
「無理無理無理っ!」
「躊躇も無しのドン引きするくらい激しい拒否。それは何故かな? 本物の恋人同士ならできるはずだが。いや、むしろ喜んでするだろう。なのに、それができないということは……」
「真田さん! 恥ずかしいのはわかりますが、問題解決のために協力して下さい。俺とベロチューしましょう。いつもやってるように。さぁ!」
片山歩が正面から俺を見つめ、キスを迫る。
意外と積極的だ。
「え……」
「さぁ……!」
急き立てる片山歩。
「さぁ…… (ゴクリ) 」
生唾を飲む熊店長。
絶体絶命のピンチだ。
俺の貞操が脅かされようとしている!
つづく
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