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第22話 「理仁亜をください」
しおりを挟む「だって考えてもみてよ。颯也が何処の誰とも知れない女に盗られるより、真田くんの方が断然いいわ」
と沙耶が言うと、真凛も同意して続けた。
「そうよ。真田さんなら全然悔しくないもの。むしろ大賛成よ。
もし颯也が恋人だとか言って知らない女なんか連れて来ようものなら、私、頭に血が昇って何しでかすかわからないわ。よくも可愛い弟をたぶらかしたな! って、タックルしてテークダウンしてやるんだから」
真凛はかなり過激だ。相手が一般人の場合はレスリングの技をかけるのはさすがにNGだろう。
「それは……それは私だってそうだけど。でもっ! 私だけ貧乏くじだわ。弟に彼氏を盗られて……とんだピエロだわ。道化だわ。まるで喜劇よ」
「いいえ、立派なキューピットよ。そして、確かにこれは喜劇。麗羅、あんたもここで器の大きいところを見せなさいよ」
労わるように麗羅の肩に手を置きながら沙耶はそう諭した。
「麗羅姉さん」
颯也は真正面から次姉と向き合った。
「本当にごめんなさい。そして、今までありがとう。どんなに感謝しても足りないくらいに姉さんたちには深い恩を感じている。今後もそれを忘れることはない。
特に、麗羅姉さん……麗羅姉さんのおかげで僕は理仁亜と出逢えた。麗羅姉さんに似ている僕だから……言い訳にもならないかもしれないけど、麗羅姉さんが理仁亜を好きになったように、僕も理仁亜を好きになった。
知っての通り、理仁亜は優しくて温かくて寛容で何もかもが素敵な最高の男だ。僕は彼のようになりたいと思った。生まれて初めて人生の目標を見つけたんだ。これからは理仁亜と共に人生を歩んで行きたい。理仁亜を愛することが僕の生きる糧であり、生きている証。そう思えるほど彼が尊い存在になった。
麗羅姉さん、どうか最後の我儘を聞いて下さい。僕に、理仁亜をください」
そう言い終えて、颯也は審判を待つかのようにじっと麗羅を見つめていた。
沙耶と真凛が瞳を潤ませていた。おそらく、弟の成長を喜ぶ気持ちと自分たちの元から巣立って行くことの寂しさで。
思わず俺も目頭が熱くなった。颯也にこれほど想われていたとは。
ようやく、麗羅が口を開いた。
「颯也……あんたにそこまで言われたら……」
そして、俺に確認を求めた。
「理仁亜、私たち、これでもう終わりなのね?」
麗羅をさらに傷つけることになるとわかっていても、俺には自分の意思を明確に示す義務があった。それがけじめというものだ。
「颯也を真剣に愛している。だから、俺は君と恋愛関係を続けることはできない。
だが、颯也と俺にとって、君はこれからもずっと大切な人であることには変わりない」
言葉を選ぶ余裕はなかった。俺はありのままの思いを吐露した。
「わかったわ。心情的に、結構きついけど……立ち直れるよう努力してみる。颯也と、あなたのために」
その口調からは怒りも憎しみも感じられなかった。ただ、哀しみだけが伝わって来た。
「すまない」
心変わりして自分を捨てた男を簡単に許せるはずはない。ましてや、可愛い弟まで奪われたとあっては。
俺の所為で麗羅は二重の喪失を味わうことになったのだ。謝罪の言葉など何の慰めにもならないだろう。
「謝らないでよ。余計にみじめになるわ。こう見えても、私、わりと努力家なの。知ってた? 理仁亜」
「……うん。知ってたよ、麗羅」
「じゃあ、帰るわ」
麗羅は精いっぱいの笑顔でそう言って、くるりと背中を向けた。
「颯也……エンジェル、真田さんほどの男はそう滅多にいないわよ。あんた幸せ者だわ。可愛がってもらいなさいね」
愛おしげに颯也の頬を撫でながら真凛が言った。
「じゃあね。仲良く幸せにね、真田くん、颯也」
「真田さん、颯也、幸せに!」
沙耶と真凛が口々に祝福の言葉を述べた。
『さよなら』は、なかった。麗羅からも。
つづく
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