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第19話 休日の朝は ②
しおりを挟む「真田さんがそう言うのなら、以後そうします」
「俺が言わなくてもそうすれば? ……気がついたんだけど、何でも俺を絡めるのはやめようよ」
颯也の話の中には、二言目には『真田さん』が出て来る。他人が聞いたらどう思うだろうか。
おそらく、昨日は颯也が『真田さん』を連発し過ぎて麗羅を不愉快にさせたに違いない。
「僕、無意識のうちに真田さんを中心に物事を考えるんです。誰よりも一番大事な人だから」
「俺にとっても颯也は一番大事だ」
それは偽らざる想いだった。
颯也が一番大事。いつからそう思うようになったのだろうか。最初はあれほど厄介だったのに。
「真田さんの一番が僕だなんて、嬉しいです。今にして思うと、初めて逢った時から……高校生の頃から、僕はあなたを意識していたのかもしれません」
大学時代、幾度となく桐島家に夕食に招かれた。しかし、颯也とは会話を交わすことはなかった。
「そういえば、同じ食卓に着いたこともなかったな。君はいつもすぐに部屋に籠ってしまってたから。俺はてっきり嫌われているんだと思ってたよ。姉さんの彼氏なんて、弟にしてみれば敵みたいなもんだからな」
「あの頃は何だか知らないけど、恥ずかしくて……でも、真田さんが来てくれた時は嬉しかったです。カッコイイ人だなって、ずっと憧れていました。今も……今は、それ以上の気持ちであなたを想っています。好きです、真田さん」
「俺も好きだ」
愛しくて堪らず、颯也を抱き寄せた。
颯也は俺の背中に腕を回して胸に顔を埋めた。
「温かい。あなたの懐は広くて温かい。真田さん……あなたのことを『理仁亜』って、呼んでもいいですか?」
「いいよ。だったら敬語は堅苦しくないかな」
「それはこれから徐々に。理仁亜……本当はもっと早くそう呼びたかった」
「呼べばよかったのに」
「うふふっ、理仁亜、素敵な名前です」
「親父がリニアモーターカーが好きで、それでこんな名前に」
「スマートな感じで、あなたにぴったりだ」
「ありがとう。颯也って名前もクールだよ。外人にもいそうな名前だね」
「僕のは海外ドラマの登場人物から取って、母が名付けたそうです」
「君のお母さん……美穂さん、海外ドラマが好きなの?」
「ええ。サスペンスやSFものが好きみたいです」
「へぇ、あの美穂さんが。……あっ、そうだ。SFっていえば、今面白そうな映画が公開されてるんだ。観に行かないか? 今日か明日にでも」
「行きましょう! 二人で映画なんて、デートみたいですね」
たわいもない話を俺たちはベッドの上で延々と続けていた。
休日ならではのまったりとした穏やかな時間が流れて行く。弟でもなく、未だ恋人でもない年下の同性と同じシーツに包まって朝の光の中で睦み合う。危うさと心地良さと切なさが渾然と混ざり合い、気持ちの落とし処も見えないままに。
「理仁亜……しましょう」
「もうすっかり日課になってるな」
俺たちは快楽に倦むことはない。前夜にできなかったことは今朝に持ち越された。
「理仁亜の掌、大きくて……いい、感じです」
「そう……か。君の……」
お互いの手の中で瞬く間に快感が生まれる。
「うふふっ……んっ、あ、あ……っ」
颯也の甘い笑い声が俺の手の動きで切ない喘ぎに変わる。
その声に、俺はますます煽られる。
「……っ!」
颯也の指使いは巧みだった。彼はかなりの手練れだ。
「理仁亜、キス……して」
クライマックスに颯也が唇を重ねてきた。
「う……んっ」
俺たちは舌を結び合って、その瞬間を迎えた。
ドラスティックなエクスタシーに身体中が振動した。
「僕たちは、いつまでこんな子どもじみたことを……」
「子どもはこんなことはしないと思うけど、まぁ、確かに『ごっこ』だよな」
颯也の額にかかる髪を指で払いながら、俺は自分たちの児戯に等しい行為に思いを馳せた。相手の手を借りた単なる放出。ただそれだけだ。
しかし、こんなことさえも本当は麗羅への裏切りになるのだろう。そうだとしたら二重の背信だ。俺を信頼して弟を預けたはずなのに、その弟と俺は性欲の処理をし合っている。
そして、麗羅の恋人としての俺の心は、もう彼女にはない。
「僕たちのやってることって、マス掻きごっこ、ですかね」
「ほんと、子どもの遊びみたいな響きだな」
「こんなぎりぎりの寸止め状態って、空腹で目の前に御馳走があるのに食べられないという状況に似ていますね。僕たち、我慢強いのを通り越して、ドМかもしれませんよ。さらに僕は少しヘンタイでもあるけど。……真田さん、いつになったら僕たちは結ばれますか?」
「彼女がいるのに他の人と一線を越えたら、ただの浮気になってしまう。颯也とのことは、そんなふうにしたくないから」
「理仁亜……あなたって、救い難いくらい律儀な人ですね」
そう言って颯也はため息をついた。
昨日、麗羅に全てを話して許しを請うことができたら良かったのかもしれない。
しかし、『君より、君の弟の方を好きになってしまった。だから別れよう』などと、どの面下げて言えるだろうか。彼女には何の落ち度もない。俺の一方的な心変わりだ。
ましてや麗羅との別れは、とりもなおさず颯也との別れを意味する。彼がここにいる理由がなくなってしまうのだ。俺が麗羅の恋人だからこそ、彼女は自分の大事な弟を託したのだから。
だが、きっぱりと麗羅との恋人関係を解消しない限り、俺は颯也との関係を進めることはできない。
つくづく、不器用な自分の性分が息苦しい。
「待ってくれるか? 麗羅と話をつけるまで」
「待ちますよ。……はぁ、なんだか義理と人情の昭和任侠伝みたいな人ですね、理仁亜って」
「何だ? それ」
「特に意味はありません。ノリで言っただけです。ねぇ、今日は何も考えずに一日中ベッドにいましょう」
「それもいいか」
懸念事項は先送りにして、だらだらと休日を過ごすのも悪くない。
「理仁亜、もう一度……」
再び、颯也の手が伸びて来た。
「タフだな」
俺も応えて手を伸ばした。早くも颯也が回復していることを知る。
「こうなったら、いっそ何度でも」
放出の余韻が残る心地良い気怠さの中で、とりとめもなく喋りながら肌をなぞり合って戯れるうちに、またぞろ欲しくなって相手の下肢をまさぐる。
せめて、その手で慰めて。
いっそ何度でも。
つづく
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