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第18話 休日の朝は ①

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 ブラインドの隙間から射し込む朝の光で俺は目覚めた。
 枕元の時計は午前六時半を示していた。結局、いつも通りの時刻に起きてしまった。習慣に忠実な自分の身体が恨めしい。
 もっとも、颯也と一緒に暮らすまでは今より三十分は長く寝ていた。俺の身体はすっかり颯也と共にある生活に慣れてしまったのか。もう颯也なしでは生きていけないのかもしれない。

「真田さん……? おかえりなさい」

 颯也が目を覚ました。

「ただいま。昨日は悪かったね」
「いいえ。真田さんこそ、お疲れさま。……あ、そうだ。麗羅姉さんは? 昨日、突然来たんです。会いましたか?」

 そう言うと颯也は身体を起こして辺りを窺った。

「会ったよ。麗羅はすぐ帰った」

 言葉少なに答えながら俺も上体を起こした。

 久しぶりに姉と会えて颯也は喜んだだろう。しかし、自分はどうだったか? 互いに持論を戦わせただけで指一本触れ合うことはなかった。曲がりなりにも恋人同士なのに。それに、飲酒の勢いも手伝って強く言い過ぎた気もする。

「麗羅姉さんは何だか機嫌が悪そうでした。僕が初めて作ったカレーをご馳走しようとしたんですが、いらないって断られました」
「その指……」

 颯也の左手の中指と人差し指に絆創膏が不器用に巻かれていた。

「ああ、これは大したことありません。指先の皮を少し切っただけですから。念のためにこうしているだけです」
「ならいいんだけど」
「麗羅姉さんが一緒にお風呂に入って身体を洗ってあげると言ったんですが、僕はここでは真田さん以外の人とは入らないので断りました。郷に入れば郷に従え、ですから」

 颯也は得意げにそう言った。

 麗羅が言っていたことは事実だったのだ。

『真田さん以外はもう必要ない』

 面と向かって言われ、麗羅は傷ついただろう。最愛の弟が離れていく。そして、恋人である俺までもが離れたら、麗羅は……颯也と俺を引き合わせた麗羅は、あまりにも報われない。

「真田さん? 僕、また諺の使い方間違ってました? 郷に入れば……っていう」

 黙ってしまった俺を心配するように颯也が顔を覗き込んで訊いた。

「いや、今のはだいたい合ってると思うよ。颯也、やればできるじゃないか。一人で何でも」
「真田さんにそう言われると嬉しいです。それで、麗羅姉さんが添い寝しようとしてくれたんですが、僕はここでは真田さん以外の人とは寝ないので断りました」
「そうか……」

 麗羅の不機嫌の原因がはっきりした。彼女は俺に弟を盗られたという認識なのだ。
 だとしたら、弟と恋人の俺。麗羅はどちらに重きを置いているのだろう? 比較の対象ではないとわかっていても、やはり考えずにはいられない。
 そして願う。俺のことなど軽くても良いからと。

「昨日は怖い夢も見なかったし、トイレにも起きませんでした」
「それは良かった」
「トイレに起きなかったのは、たぶん昨日は朝食以外は何も飲んだり食べたりしなかったからかもしれません」
「ええっ!」
「真田さんと一緒に食べたかったから。またふぅふぅしてもらいたくて。あのふぅふぅする時の真田さんの唇がとてもセクシーで、僕は魅入られたようにキスをしたくなるんです」
「食事中じゃなくてもいいだろう」
「食欲と性欲のコラボが萌えるんです」
「……颯也、少しヘンタイだな」
「エヘヘッ、僕ヘンタイなんですゥ」
「あははははっ」

 ひとしきり俺たちは笑った。
 そして、愛おしげに指先で頬を触れ合った。

「笑った顔、特に素敵です」
「笑った顔も可愛い」
「いつも、あなたの笑顔を見ていたいです」
「いつも、君が笑顔でいられるように」

 二人の想いは一緒だった。

「これからは、俺が遅くなる時は先に食べててくれ」
「僕は真田さんと食べたいです。夕食だけは真田さんに食べさせてもらえるから。それに、不思議なもので限界を超えてしまうと、セカンドウインドっていうか、通り過ぎてしまって空腹感ってなくなるんですよ。昨日は片山くんと会えなくてランチも食べなかったですから」
「片山くん……! その片山くんがいなくても昼飯くらい食べた方がいいよ。第一わざわざ片山くんに食べさせてもらわなくても良くない? 颯也、自分で食べろよ」

 忘れかけていた片山歩の存在が、俺の中で再びクローズアップされた。目の届かない所で颯也を甘やかす気懸かりな存在だ。




つづく
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