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第16話 新しいこと

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 その夕食後、いつものように颯也は一緒に風呂に入ろうとしたが、俺は断った。

「何か、問題でもあるんですか?」
「言わせるなよ」
「いいんですよ、僕なら。真田さんの好きにしても」
「……しない。俺は君のお姉さんの彼氏だ」

 麗羅と恋人同士である限り、他の人間と一線は越えられない。ましてや恋人の大事な弟だ。なおさら越えてはならない。
 なのに、身体は抑えるべき感情を露呈する。

「だから何だと言うんですか?」
「麗羅を裏切りたくないんだ。彼女とその弟の君を二股架けるなんて、できるわけがない」

 これまでにも入浴中に颯也の裸の身体を抱きしめたいと何度思ったことか。しかし、そんな感情が湧き起こる度に麗羅を思い自戒してきた。

「真田さん……確かに、あなたはそういう人でしたね」

 颯也は頷いて一人で浴室に入った。

 思いがけない形で夜のルーティーンの一つが欠けた。



 寝る時は、物語は必要なくなった。
 これでまた一つ、ルーティーンが消えた。

 互いの気持ちを知り、同じベッドで眠ることの意味が変わるのは自明の理だった。
 物語に替わって、新しいことが始まった。

「真田さん」

 灯りを消してベッドに入ると、颯也の腕が身体に巻き付いて来た。

「今夜は君が腕枕をしてくれるのか?」

 彼の腕の中で、そのしなやかさと力強さに驚かされる。

「それもたまにはいいかもしれませんね。あなたを好きになっていくほどに僕は一人でできることが増えていく。さっきだって、一人でお風呂に入ったでしょう。ねっ、ご褒美ください」

 俺は何も言わず颯也にキスをした。
 ご褒美は何がいいかと訊いたところで、要望によっては応えられないものがあるかもしれないと思えた。期待しているわけではなかったが、もしもキス以上のものを求められたら本当に麗羅を裏切ることになりかねない。自分の意思の脆さはよく知っている。

 しかし、厳密にはこんな行為さえも裏切りになるのだろう。危ういボーダーラインだ。当然、キスは更なる欲望を誘発する。

 不意に颯也の手が俺のパジャマをたくし上げ、肌に直に触れてきた。

「よせ」
「僕は限界です。あなたは欲求は溜まらないんですか?」

 颯也がここに来てからというもの、俺は一度も性的な発散はしていなかった。それどころではなかったというのもある。颯也だって同じだろう。欲求が溜まっていないと言えば嘘になる。

「君はエンジェルだろ」
「人を好きになったエンジェルは人間になるんです。あなたを好きになった僕は正真正銘の人間の男ですよ」
「男は厄介だからな。いろいろ溜まるから」

 だからこうして同じベッドで寝ることの限界を感じてしまう。身体が、あってはならない反応を示す。自分の理性がいつまで保たれるのか、自信が揺らぐ。
 拠り所だった麗羅への思いが次第に薄れていく。それに引き替え、颯也への想いは弥勝っていくばかりだ。

「真田さん、あなたの手で僕の性欲を処理してくれませんか? 僕があなたのものを処理しますから」
「えっ!」

 大胆過ぎる提案だった。風呂で背中を流し合うのとはわけが違う。

「どうですか?」
「手で、やり合う……ってこと?」
「その程度のことなら麗羅姉さんを裏切ることにはならないでしょう」
「そう、かな」

 その程度のことなら……と、またしても俺はボーダーラインを下げた。

「もう我慢できません」

 颯也が俺の夜着のズボンをトランクスごと下げた。

「……っ!」

 快感の在り処を握られ、俺は抗う術を失った。

「真田さんも、僕に触って下さい」

 そう言うと颯也は自ら下肢を露わにし、俺の手を引き寄せた。

「颯也……」
「やっぱり僕たち、同じ気持ちなんですね」

 包囲網が狭められていく。恋人への背信の危機を感じながらも俺は颯也に従った。
 身体が止まらない。暴走が始まる。

「颯也、俺、こらしょうがないから……」

 久しぶりの発散行為に、少しの刺激だけで俺は早くも達しそうになっていた。

「僕も……ですっ」
 
 体温が上がっていく。吐息が熱い。いつもとは異なる温度の中で、俺たちは寝物語を演じた。
 俺が颯也なのか、颯也が俺なのか、クロスした手が錯覚を起こす。混沌としたまま摩擦が生み出す愉悦に身も心もトリップする。確かなことは、俺が颯也に、颯也が俺に、恍惚をもたらしているという事実だった。

「あ……あっ、もうっ……!」
「まだ……もっと、真田さん」

 颯也の顔が艶めかしく顰められる。今までに見たどの表情よりも美しく、婀娜めいて。
 男同士だからこそわかり合える快感の度合い。そこを捉えて刺激する颯也の指が、時に速く時に緩くしごき上げていく。
 俺もまた応酬する。颯也の口からもれる喘ぎで快感のきざはしを知る。

 もう、まだ、もっと!

 貪婪な欲求に駆り立てられる二人。
 与え合う官能のシンクロニシティに、つかの間、超新星の閃光が垣間見えた。




つづく
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