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第12話 リクエスト
しおりを挟むその日の就寝時。
「真田さん、昨日の昔話の続きをお願いします」
ベッドに入るなり颯也が寝物語のリクエストをした。
「どんな話だったっけ……?」
当のストリーテラーが内容をほとんど憶えていない。それもそのはずだ。思いつくまま適当に喋っていただけである。文脈も怪しければ設定もいい加減だ。
「悪い子どもたちから亀を助けようとしたヨタロウさんが亀の身代わりになってボコられていたところを、通りすがりの武闘派の鶴に助けられたのでヨタロウさんが鶴に恩返しをすることになるかもしれない、というお話でした。以後の展開が気になります」
颯也が淀みなくあらすじを述べた。
「僕は真田さんの声が心地良くて、いつも途中で寝てしまって残念ながら結末を聴いたことがないんです。だから今日は続きが聴きたいです」
自分でも結末まで話したことなどない。というより、そこまで考えて話しているわけでもない。どう完結するかは不明だ。
「その続きは……えーっと、その夜、ヨタロウの家に一人の美しい女性が訪ねて来ました」
「その女性は鶴の化身ですよね?」
不服そうな声で颯也が口を挿んだ。
「まあ、そういうことになるかな」
「女性なのに武闘派なんですか?」
「う、うん、そうだね」
「武闘派というからには男性のはずだと思いますが」
「えー? どっちでも良くない? 現に君のすぐ上のお姉さんの真凛さんだって武闘派だろう」
「それはそうですが、昔話のイメージとしては不自然な感じがします。武闘派の鶴が美しい女性に化身するなんて」
「不自然も何も……リアリティなんて最初から追求してないから。第一そんなこと言ってたら話自体が成立しないだろう。あのね、質問や異議は受け付けません」
そして俺は颯也を黙らせる伝家の宝刀を抜いた。良い子でありたいはずの彼はこの一言で口を閉じるはずだ。
「良い子は静かにお話を聴いてね」
「僕はやはり鶴には男性に化身して欲しいです。今からでも設定を変えて下さい。でないと眠れそうにありません」
あにはからんや、何故か今夜に限って伝家の宝刀が通用しない。良い子でありたい以上に設定にこだわる颯也って、いったい……?
聞き手ファーストを旨とする俺としては彼に速やかに眠ってもらうためにも、ここは譲歩すべきと判断し、要望に応えることにした。
「じゃあ……その夜、ヨタロウの家に一人の美しい男が……いや、美しいというよりは、武闘派だから『逞しい』にしようか」
「完璧です」
颯也は満足そうに頷き、ようやく目を閉じた。
「一人の逞しい男が訪ねて来ました。夜更けに見知らぬ男の訪問とあって、ヨタロウは警戒してチェーンロックを掛けたまま応対しました。綺麗な女性の訪問とあれば、ほいほいチェーンを外したでしょうが。
『誰だ? こんな夜中に何の用だ?』
『ワシは悪ガキにボコられているおまえを助けた鶴だ。恩返しをしてもらいに来てやったぞ。さっそくワシに恩返しせいや』
『何だと? 鶴の分際で恩返しを請求するとは、なんて恩着せがましい厚かましいやつ。そもそも俺は助けてくれなんて頼んだ憶えはない。そっちが勝手にやったことだろう』
『恩人(鶴)に対してその言い草は何だ!?』
『やかましい! だいたい俺はガキ相手に本気になって喧嘩する気なんてなかったのさ。だからボコられてやってたんだ。弱い者いじめは俺の趣味じゃないし、子ども相手にマジ喧嘩するなんざ大人のすることじゃないからな』
『ふんっ、負け惜しみだな。くだらん屁理屈こきおって』
『俺は本当はかなり強いぜ。なんなら勝負してみるか、鶴野郎』
ついにヨタロウは表へ出て鶴男と対峙しました。
『おう! やったろやんけ。聞いて驚け。ワシは鶴界の格闘技世界王者だ。ワシは格闘王だぞ』
『……おまえ、さっきから自分のことをワシと言ってるが、本当は鷲なのか?』
『ワシは鶴だっちゅ~うの! 人間に変身してさえも隠すことのできない鶴特有のこの優美な雰囲気がわからんとは!』
『どっちだろうとかまわん。能書き垂れてないで、さっさとかかって来やがれ』
『ちょこざいな人間め! ぶちのめしてやる。吠え面かくなよ』
『それはこっちの台詞だ』
というわけで、人間 vs 鶴のバトルが始まりました。
さて、勝敗の行方は――」
「超クールです! ヨタロウさんと鶴の台詞回し。なんだか一昔前の少年漫画みたいで。僕もいつかそんなクールな台詞を現実に言ってみたいです」
「そんな現実は滅多にないから。……って、まだ寝てなかったんかいっ!」
つづく
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