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第8話 変なプレイ

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「昼飯は食べた?」

 仕事終わりに颯也を迎えに行き、車に乗り込んだ彼に俺は開口一番そう訊いた。
 大学生活初日の感想ではなく、まず食事の心配だ。

「いいえ」

 彼は困ったような顔で首を横に振った。

「まさか、食べさせてくれる人がいないから……なんてわけじゃないだろう?」
「その、まさかです」
「なんてこった」

 心配していた通りだった。

「お腹が空きました」

 屈託のない口調で彼は言い、胃の辺りに手を当てている。

「当然だろ」
「お腹と背中が入れ替わりそうです」
「ええっ?」

 空腹で腹と背中がくっ付くという歌はあるが、その状態を通り越して、入れ替わるとは! どんだけ腹が空いているんだ!? 否、もうそれは人の身体ではない。というかホラーだ。
 あっ、颯也は人間ではなかった。エンジェルだったんだ。……って、ボケている場合ではない。

「まだ成長期だろう。それに、あんまり痩せ過ぎたら姉さんたちが心配するよ」

 そして俺は非難されるだろう。痩せ細ってしまった弟を見た麗羅の様子が目に浮かぶ。『理仁亜、ひどいわ! 颯也に満足に食べさせてないのね』とか言われそうだ。

「夕食は何ですか?」
「ファミレスに直行だ」

 昼食を摂っていない颯也にすぐに食事をさせてやりたかった。今から食材を買って調理するより、外食の方が断然早いはずだ。

「はい!」

 嬉しそうに颯也は頷いた。



 自宅方向に車を転がしながら、最初に見つけたファミリーレストランに入った。

 四人掛けのテーブルに案内されたが、食べさせなければならないので隣り合って座ることにした。
 若い男が二人で隣り合って座る。それだけでも傍目には十分おかしな光景に映ったかもしれない。
 しかし、そんなことをいちいち気にしていては颯也の世話は務まらない。

 手っ取り早く同じものを注文した。ファミレスといえばハンバーグが定番だ。

 まず、サラダを食べさせ、次にスープを飲ませ、それからハンバーグを一口大にカットして颯也の口に運ぶ。そしてライスを……。時折り、唇の周りに付いたソースをナプキンで拭く。
 こういった慣れない行為はかなり苦痛だった。メイドのような自分が情けなくもある。しかし、麗羅をはじめ桐島家の人たちとの約束は絶対だ。

 嗚呼! 俺は己の人一倍強い責任感と義理堅い性質に縛られる。

 颯也は上機嫌で口を開け、咀嚼して飲み込む。そして、食事にありつけた歓びを十二分に満喫していた。

「真田さんに食べさせてもらったら、どんな料理も五つ星レストランの味ですね」

 にこやかにそう言う颯也の顔は幼い子どものようにあどけない。俺は不覚にもその笑顔に釣られて表情を緩めた。

「はい、あーんして」
「あ~ん」
「よく噛んで飲み込むんだよ」
「はい (かみかみ、ごっくん)。真田さん、食べさせるの上手ですね。こういう経験あるんですか?」
「ないよ。はい、次、あーんして」

 あるわけがない。赤ん坊に触ったこともなければ小さな子どもに関わったこともない。
 近い親戚にもそういう年少者はいない。従兄弟たちが結婚して子どもが生まれれば別だろうが、今のところは皆、独身貴族を謳歌している。それに、俺の両親は共に長男長女なので近しい親類の中ではむしろ俺は年長の部類だった。

 それにしても、またしても『上手ですね』と褒められた。しかも、俺に食べさせてもらったら、どんな料理も五つ星レストランの味になるとは! 俺はそんな所には全く無縁だが。よくそういう言葉がすらすら出て来るものだと感心する。それに、食べさせるのが上手いと褒められたところであまり嬉しくもないはずなのだが、何故か頑張ってしまう。

 とにかく、颯也は人を乗せる達人だ。これにまんまと嵌まり、心ならずも俺はつい全力で奉仕してしまうのだ。彼は人を籠絡する天才なのかもしれない。もっとも、本人は自覚していないだろうが。

 若い男が二人で隣り合って座り、食べさせるという光景はしかし、誰がどう見ても奇異に見えないわけがない。
 水を注ぎ足しに来たウエイトレスが目を点にしていた。気の所為か、周囲の女性客の多くがチラチラとこちらを窺っているようにも感じられる。そして、何やらヒソヒソと笑いながら話している。
 おそらく、否、確実にあらぬ誤解をされただろう。男同士の変なプレイに見えたかもしれない。
 穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。恥ずかしくないと言えば嘘になる。こう見えて神経は繊細なのだ。

 俺は決心した。今後いっさい外食はしないと。




つづく
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