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第3話 二人きりの夜 ①
しおりを挟む桐島家の面々が去った後の二人残された部屋で、俺は桐島颯也の取扱説明書を何度も読んで頭に叩き込んだ。
まるで新型家電を初めて使う前のように。もっとも、新しい電化製品を買ったところで取扱説明書などほとんど読まないが。
「えーっと、ここに書かれてることには少し誇張が入ったりしてない?」
ちらりとある期待が俺の頭をかすめた。もしかしたらこの取扱説明書は俺を揶揄う手の込んだ冗談で、麗羅一流のジョークなのではないかと。
そんな一縷の望みを抱いて訊いてみたのだった。
「例えば、どういうところでしょうか?」
甘やかされて育ったというわりには、きちんと敬語を使った明瞭な口調だった。
そういえば、颯也とまともに会話をするのは、これが初めてだ。声は高からず低からず耳に心地良い。麗羅の甘い声音に似ていなくもない。
「服くらい自分で着れるよね?」
「その日着る服装を決めてもらえれば大丈夫だと思います。僕は服のセンスがないんです。制服なら良かったんですけど」
言葉の終わりにもう一度、本当にセンスがなくて、と付け足して颯也は照れるような笑みを浮かべながら髪に手をやった。
その所作に俺の心拍が一瞬トクンと大きく跳ねた。
髪に手をやり人差し指で毛先をくるんと回す仕草が麗羅と同じだった。
俺はまじましと颯也を見つめ、改めて感心した。彼は俺の恋人・麗羅と声や仕草が似ているだけでなく、容姿までそっくりなのだ。麗羅はロングの巻き毛だが、颯也の髪は肩にかからない程度の長さでふわりとした緩いウエーブがかかっている。見た目にはそこが違うくらいで、二人とも薄茶色の柔らかそうな髪質だ。他にも、色白の肌や夢見るような優しい目元、小さめのぽってりした唇。そして、可憐な細身の体型。俺を魅了してやまない麗羅そのものではないか。
しかし、いくら何でも自分の彼女と間違うことはない。決定的に異なるのは性別だ。彼は麗羅の弟で、当然、男。どれだけ似ていようと男女の区別はつく。俺は颯也に恋人の面影を重ねながらも自分にそう言い聞かせ、はからずも高鳴った胸のときめきを打ち消した。
「俺だってそんなにセンスいい方じゃないけど」
というよりファッションに興味がない。清潔でさえあれば良しとしている。ワードローブはスーツなので頭を悩ます必要もない。私服は学生時代からそうだったように母が季節ごとに送ってくれる衣類で事足りている。したがって、洋服屋を覗いたこともない。
なのに、その俺にスタイリストになれと?
「でも、麗羅姉さんを恋人にするくらいですから、真田さんはセンスがいいです。今着ているその服だって、とても素敵でよく似合ってますよ」
「あはっ、そう、かな?」
何も考えないで身に着けた普通の白シャツとチノパンを褒められた。
先ほど麗羅が颯也を連れて来た時に、慌ててパジャマからこれに着替えたのだ。センス云々など論外の代物である。
それでも何だかいい気分になった。根が単純であることは自覚している。俺は褒められて伸びるタイプなのだ。というか、おだてに乗りやすいとも言える。こうなったら服のコーディネートは任せてもらおうと俄然やる気が出て来た。
「じゃ、俺が毎日服を着せてやるよ。それから、風呂だけど……一人で入れるだろう? まさか、お姉さんたちと一緒に入ってた、ってことはないよね?」
「日替わりで姉たちに身体を洗ってもらっていました。一人で入ったことはありません」
「ええっ! 姉といえども女性。君は毎晩女体を拝んでいたのか!?」
「女性である前に僕にとっては姉ですから」
颯也は平然とそう言ってのけた。
彼にしてみれば姉と女性は全くの別物ということか。
しかし、男としてどうなのだろう? 俺の頭の中を妄想の嵐が吹き荒れた。年頃の姉と弟。浴室という密室。当然、麗羅もそのローテーションに入っていたわけだ。
「なんとうらやましい。……あっ、ということは、俺が君の身体を洗うってことか」
「はい。そうしていただければ」
他人の身体を洗う。何だか特別な職種のような雰囲気がしなくもない。何より、俺は男の裸など見たくもないし触りたくもないのだが。
「銭湯でもないのに他所の男と一緒に狭い風呂に入るのって、嫌じゃないの?」
「他所の女性ではさすがに問題だと思いますが、真田さんは同性なので何も問題はないと思います」
「え……まぁ、そうだね。異性じゃないしね」
颯也があまりにも平然と言うので、自分の方が考えすぎなのではないかと思えてきた。男同士で意識する方がおかしいのは確かだ。
ならば何処だって洗ってやる。男の身体は自分ので慣れている。
俺は腹を括った。
つづく
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